第一話 帝王達の宴
フォートヴ王国。
時の女神、クロノスを崇め奉る大国にして、その規模は世界に大きな影響を与えるほど。軍事力、財政力共にトップクラスで、大陸の中心とも言われる。一見、非の打ちどころのない完璧な国とも言える。だが光あるところに闇あり、数多の犯罪組織がこの国で暗躍している。
「ボス、準備は出来た」
「あぁ、ご苦労だった」
闇夜を月明かりが照らす中、黒衣を身にまとった部隊がボロ倉庫の中でたむろしていた。細身の男の報告をボスと呼ばれた大柄な男が頷きを返す。犯罪組織、【レイブン】。黒い翼がモチーフの軍団は、近頃このフォートヴ王国の王都で勢力を拡大していた。組織の行動理念は自由、法に縛れた世界を壊し、自分達が好き勝手暴れ回ることを目的としている。
そして、明日ついに公の場で堂々と名乗りを上げる。なにせ明日は年に一回しかない特別な祭り、『時空祭』の日だからだ。その祭りを襲撃し組織の名を王都に轟かせ、戦力の確保、組織の拡大をするのだ。
(準備は万全、この日の為に何度もシミュレーションしてきたのだ)
祭りの警備、逃走経路、王族共の位置。極秘の裏ルートから手にした情報や、現地に足を運んで得た知見を基に行動を起こす。
「始めるぞ、俺達は明日伝説になる!」
二十人近い部下が、一斉に雄たけびを上げる。湧き上がる戦意を前に、ほくそ笑んでいると外から足音が聞こえた。コツコツと、ゆっくりとした足取りでこっちに向かってきている。
(見張りの交代だったか?にしてはなんだか………)
扉が勢いよく開かれる。そこにいたのは、組織のモチーフだった黒い翼を付けていない男だった。俺達の持つ黒衣よりも黒い、漆黒とでも言うべき服装に身を包んだ男が、そこにいて当たり前のように立っている。
一瞬の静寂が場を包んだ、そして一斉に動き出した。構成員の中でも精鋭しか知らない本アジトがバレたからって、驚愕し動揺するような軟弱者はこの場にはいない。謎の侵入者へ剣が、槍が、斧が、槌が叩き込まれようとした時、血の嵐が舞った。仲間の腕が、足が、首が吹き飛ばされ血が噴き出したのだと、鍛え上げられた視覚が辛うじて捉えた。
(何が起きたッ!?男は何も動いてなんか―――)
何時の間にか、中央には灰色の狼の獣人がいた。銀の槍の矛先には鮮血が付き、勢いよく槍を回し血を吹き飛ばす。
(この男だ―――)
あの一瞬で自分の護衛として残った二人以外の部下を全滅させた。捉えることのできない神速で、一秒にも満たない時間で戦闘を終わらせた。
「あぁー!!フェルス!ズルいぞッ!俺の獲物は!?まだ残ってるだろ!!」
「喧しいんだよサバルト、そこにいるだろ」
「三人だけじゃないかッ!?俺も、戦いたかったっ!!」
サバルトと呼ばれた軽装の武装をした青年が、部屋の中に入るや否や喚き散らすフェルスと呼ばれた狼の獣人が、舌打ち混じりに槍を俺達に向ける。敵の前だというのに、緊張感の欠片もない二人に得体のしれない寒気が襲ってきて冷や汗が流れた。
(と言うか、待て)
フェルス、サバルト。この二人の名には聞き覚えがある。明日の襲撃で注意すべき存在として名が挙がっていて―――。
「なぁオーマ!アイツ等俺が斬っていいよなッ!!」
「おいサバルト、手前に居る二人はいいが奥のふんぞり返っているのはヤメロ」
「えッ!?」
「アレはここのトップだ」
「………あぁー成程、クソッ!それは駄目だなッ!オーマの獲物だ」
オーマ、その名を聞いて確信した。駄目だ、それは駄目だ。今この場で一番来てはいけない男達が、アジトの本丸に入ってしまっている。そして、王手をかけられている。
「………別に、気にしなくていいんだけど」
「駄目に決まってんだろ、ボスが殺るべきだ」
「そうだッ!大将同士の一騎打ちっ!そっちのほうがカッコいいだろうッ!?」
「………ウン」
ひどく疲れたような声で一歩後ろに下がろうとしたところを、二人に詰められて諦めたのように一歩前に出る。手を前にかざすと、水色のトライデントが光を輝きながら現れた。槍を掴み手の中で遊ぶように回しながら、こちらに近づいて来る。それと同時に残っていた二人の護衛が駆け出した。
「ボス、逃げろッ!」
「俺達が食い止める!」
「ッすまない!」
決死の顔で俺を逃がそうとする二人に、感謝と謝罪を述べて背後にある隠し通路に飛び込む。背中を向けた瞬間聞こえてくる、十秒にも満たない剣戟の音に涙が零れそうになりながら、仲間の死を無駄にはしないという気持ちで逃げる。
「ハァ…ハァ…ッこの先に、行けばッ!」
王国の外へと繋がる地下通路、元は廃棄された坑道を利用したこの道をこんなにも早く使うとは思っていなかった。息切れを起こしながら外に出る。夜風が吹き、最早熱いのか寒いのさえもわからない体を冷やす。膝に手をつき、息を整えている時に気楽そうな声が前方から聞こえてきた。
「おっ、来た」
「やはり来たな!このスロート・カフライドの読みに狂いはなかった!」
「いや、クラマスの読みっすよね?何でスロートさんが威張るんすっか?」
息が、出来ない。言葉の意味が理解できない。待ち伏せされている?読まれてた?この廃道をピンポイントで?必死に動揺を隠そうとするも、恐怖のあまり息が荒くなり、ぼやけた視界の中で前にいる三人組をみる。
群青色のスカートを着た剣士、ナルシストじみた盗賊、呆れた顔をした弓使い。全員、知っている。あの三人組を見た時から、そんな予感はしていた、なにせ奴等は―――。
「追いついたぞッ!!」
「チッ、テメェ等もいやがったか」
何時の間にか、背後から追って来た三人の姿もあった。息も切れていない二人と、完全に息の上がっているオーマ………?確かにこの距離を走るのは大変だが、様子がおかしすぎる。凄い量の汗を流し、敵である俺の姿を視界に捉えずにいる。走る事に手一杯で、敵前でありえない行動をする。
もしや………アイツそんなに強くない?少なくとも、この場にいる奴等よりかは体力もないし纏っている強者の風格も感じない。不意を突けば負傷させられるかもしれない。そうすればこの化け物軍団も動揺の一つや二つは見せて、ここから逃げられるかもしれない。
(やるなら早く―――)
その瞬間、全身から力が抜けた。
「………あ?」
それに気づいたのは、目の前にフェルスが立っていたからだ。怒りに染まった顔で、フェルスの持つ槍が心臓を貫いていた。意味が分からない、何でだ、俺はそっちを向いていただろう?全身の神経を研ぎ澄ませて、些細な変化にも対応できるように準備していたのに、何故。
「オイクソ野郎、テメェは警戒していたとか思っているだろうが、そんなので対応できるわけねぇだろ………そもそも、俺だけに攻撃されたと思ってる奴が、逃げられるわけねぇ」
「何を言って………」
腕が、脚がずり落ちた。 腹部から血が噴き出した。力を入れれずに、地面に倒れ伏す。
「エスとサバルトが腕を落とし、エレンが足を断ち、スロートが腹部に深くナイフを刺した」
上から何も知らない俺に教えるように、無機質な声色で告げられた言葉に言葉を失った。気付かなかった、何一つ誰の攻撃も見極めることができなかった。
「そんなんで………ボスに傷の一つ付けられるわけねぇだろ」
「オーマ、もう死にかけだけど止めさしたら?」
「本来ならこの【空蝉】スロート・カフライドの手柄にしたいが、貴方になら譲ろう我等がキングよ」
好き勝手騒ぐ化け物共の声が遠い、もう俺は死んでしまうのだろう。甘かった、認識が何もかも。俺達の動きなど『全てを見通す王』の前では、無力に等しかったのだ。
「【帝王】共め………」
クラン【皇帝の王】、略して【帝王】。
この王都で今最も勢いのある冒険者クランにして、クランマスターである男と幹部達はこの日新たな偉業として名を連ねるのだろう。
「ごめんよ………君達には悪いことをした」
辛そうな男の声が聞こえた。膝を付き、寂しそうに地面に倒れ伏す俺に向かって話す声。
「本来なら君達の作戦は成功したはずなんだ………ただ僕がズルって言うかチート行為をしたばっかりに、いやまさか本当にいるとは思わなかったんだ!あくまで確認ってだけで………」
声色だけなら憂いているような同情しているように聞こえるが、放たれた言葉は「いるとは思わなかった、確認に来ただけ」などと、ずっと前から俺達に気付いていたと述べ、挙句の果てに、そっちは気付かなかったのかと馬鹿にしているようにしか聞こえない。
男の名はオーマ・グライアンド、負け知らずの【帝王】のクランマスター、若くして王都最強と呼ばれる冒険者の一角。認識が甘かった、一瞬でも弱いなどと思った俺が愚かだった。冒険者は総じて我が強く負けず嫌い、強者であればあるほどその傾向は強くなる。だからこそ、自分達のトップがバカにされて黙っている冒険者などいない。従っている自分達を侮辱されているのも同然なのだから。
「殺したくないんだけど………ごめんよ、僕はこの生死が軽い世界で死にたくないんだ」
最後に聞こえたのはそんな命乞いじみた言葉、命を奪っているのはどっちだ。死に逝く者を最後まで煽る、その外道さと畜生さに心の中で中指を立てながら暗闇に落ちていった。
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