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第1話『電脳の夜明け、鴨川の龍』

千年の歴史を誇る古都、京都。

今やそこは、AR(拡張現実)の煌びやかなフィルターで補正された、世界一美しい電脳都市「ネオキョウト」へと姿を変えていた。


しかし、華やかな輝きの裏側では、サーバーの隙間に蓄積されたデータの澱みが「バグ」となり、人々の平穏を蝕み始めている。


特殊デバイス『呪眼』を操るの少女・イオ。

彼女は相棒の式神AI『K.U.D.Aクダ』と共に、デジタルな怪異――通称「ガラクタ妖怪」を闇に葬る日々を送っていた。


一方、多発する原因不明の「神隠し」を追うのは、普通の市役所職員・タカト。


本来出会うはずのなかった二人は、鴨川に現れた「機械の龍」の襲撃をきっかけに、ネオキョウトの最深部で蠢く巨大な陰謀へと巻き込まれていく。


「大丈夫よ、タカト。――この街の不具合バグ、私が全部消してあげる」


刀と電脳が交差する、新時代和風サイバーパンク、開幕!

挿絵(By みてみん)

 1. 経験値ゼロの戦い

 雨上がりの京都、26時。

 四条大橋のアスファルトは黒く湿り、街中に溢れる極彩色のネオンを乱反射させていた。

「……湿度がすごいですこと」

 肌にまとわりつくような、盆地特有の重たい空気。

 行き交う人々は皆、その不快さに気づかない。彼らの脳内は、ニューロリンカーが垂れ流すポップな音楽と広告映像でハッキングされているからだ。

 彼らにとっての世界は、ARフィルターで補正された「綺麗な京都」でしかない。

 けれど、その少女――イオの視界は違っていた。

 イオは左目を細め、装着しているコンタクトレンズ型デバイス『呪眼(JUGAN)』のリンケージを開いた。

起動ブート。ARレイヤー、同調開始』

 瞬き一つで、世界が裏返る。

 美しいネオンの看板はノイズの塊へと変わり、ビルの隙間には黒い霧のような「データの澱み」がへばりついているのが見えた。

 古都千年の闇は、今や「サーバーの隙間」に巣食うバグとなって、この街を蝕んでいるのだ。

『ピギッ!( 異常なし。……退屈で、回路が錆びそう)』

 短い電子音 と同時に、視界の中央に緑色のコンソールログが流れる。

 イオの視界にだけ常駐している相棒の式神AI、K.U.D.Aクダだ。

挿絵(By みてみん)

「静かに。頭に響くわ」

 イオがこめかみを押さえた、その時だった。

 路地裏の自販機の影から、バチバチというショート音と共に何かが飛び出した。

「ギ……ギギッ……!」

 バッテリーパックを肥大化させ、手足がケーブルの束で出来た痩せこけた小鬼――「餓鬼ガキ」だ。

 奴は通りがかりのサラリーマンの背中に張り付き、デバイスから直接電力を啜ろうと牙を立てていた。

「……また湧いたのね。羽虫のように」

 イオは懐から一枚のステッカー(霊符)を取り出すと、石畳を蹴った。

 音もなく人混みを縫い、餓鬼の背中にステッカーを貼り付ける。

急急如律令コマンド・エグゼキュート

 ステッカーの回路が赤く発光し、強制排除プログラムが走る。

 餓鬼は「ギギッ……(404 Error)」という断末魔のような電子音を残し、青い光の粒子となって霧散した。

 直後、K.U.D.Aがどこかで聞いたことのある、有名なRPGのレベルアップ音を電子音で真似て鳴らした。

『パララパッパッパ〜ン♪』

『ピューイ(駆除完了。獲得経験値:0)』

「……その騒がしいSE、やめてよね。」

『ヒュン( 推奨:ムード向上。)』

「大きなお世話よ」

 イオは小さく溜息をつき、夜風に揺れる黒髪を払った。

 こんな雑魚をいくら狩ったところで、根本的な解決にはならない。最近、この街の「澱み」は濃くなる一方だ。

 その時、視界のフレームが警戒色である黄色に変わる。

『ジジ……ッ! (感知。南、五条大橋周辺。大規模な空間歪曲反応)』

「五条? あそこは観光エリアでしょう?」

『キュイン!( 推定危険度:クラスS。生体反応ロスト。……人間が、いない)』

 観光客でごった返しているはずの場所から、人が消えた?

 嫌な予感が背筋を走る。

 イオはスカートの裾を翻し、南へと駆け出した。


 2. 沈黙の五条大橋

 五条大橋。

 かつて牛若丸と弁慶が出会い、刀を交えたという伝説が残るこの橋は、現代でも多くの観光客が訪れる京都の名所だ。

 けれど今、そこは墓場のような静寂に包まれていた。

 車の走行音も、酔っ払いの笑い声も、何もない。

「……何、これ」

 到着したイオが目にしたのは、サスペンスドラマの殺人現場よりも恐ろしい光景だった。

 人が、倒れている。

 一人や二人ではない。橋の上を埋め尽くすほどの数だ。

 観光客も、サラリーマンも、皆一様に地面に折り重なるように崩れ落ちている。

『ピピ……? ヴォォン……(警戒音)』

「生きている……のよね?」

 イオは近くに倒れていた女性の首筋に触れた。脈はある。呼吸もしている。

 だが、呼びかけても、頬を叩いても反応がない。

 まるで、魂だけがどこかへ引き抜かれてしまったかのような――「空っぽ」の肉体。

「神隠し……」

 都市伝説だと言われている「電脳神隠し」。

 肉体はそのままに、意識データだけがネットワークの彼方へ消失し、二度と目覚めなくなる現象。

 まさか、これほどの規模で起きているなんて。

『キュイン!(警告。このハードウェア、まだ外部と「接続」されている )』

 K.U.D.Aの鋭い警告音。

 直後、倒れている人々のデバイスが一斉に明滅を始めた。

 通常時の青いステータスランプではない。毒々しい赤紫色マゼンタの光だ。

 数百人の耳元で明滅するその光は、何かの通信を行っているようにも見えた。

「何が起きているの……!?」

 その時だった。

 ブォォォォォン!!

 周囲の空気が大きく揺れ、橋のホログラムにノイズが入った。

 イオが空を見上げると、夜空の星が隠れていた。

 無数の黒い点――ドローンだ。

 何百、何千というドローンが、まるで巨大な虫の群れのように旋回しながら集結している。

 ドローン群は不自然に有機的な動きを描きながら、一つの巨大な「骨格」を形成していく。

 そこへ、血のような赤紫色のホログラムが重なった。

 長い髭、鋭い爪、天を駆ける巨体。

 伝説の地・五条大橋に、皮肉にも「伝説の妖怪」が蘇る。

「……龍」

『ビープ( 識別不能。ドローン、流体、ホログラムの融合体。……質量、規格外)』

 システムが起動し、咆哮を上げる。

 それは獣の声ではない。激しい排気音と、幾重にも重なった電子ノイズの叫びだった。

 その瞳と全身のラインは、不吉なクリムゾン・レッドに輝いていた。

挿絵(By みてみん)


 3. 青き雷光の一閃

「シャァァァァッ!!」

 龍があぎとを限界まで開き、天を仰いだ。

 喉の奥で、タービンが過回転するような甲高い音が鳴り響く。口腔内に渦巻くのは、炎でもレーザーでもない。もっとおぞましく、重たい「質量」だ。

「来る……ッ!」

 イオは反射的に懐から防御用の霊符をばら撒いた。

「急急如律令――シールド!」

 空中に展開された半透明の碧い障壁。数式と梵字が高速回転し、物理衝撃を中和する盾となる。

 だが、それはあまりにも脆かった。

 ドォンッ!!

 吐き出されたのは、超高圧で圧縮された黒い磁性流体フェロフルイドのジェット噴流だ。

 バリンッ!

 ガラス細工がハンマーで叩かれたように、イオの障壁が一瞬で粉砕される。

「嘘でしょう!?」

 イオは倒れている人々を庇うように、石畳を蹴って横へ飛んだ。

 一瞬前まで彼女がいた場所。その欄干が、まるで豆腐のように音もなく切断され、ドロリと溶け落ちる。

 ジュゥゥ……という、鉄が酸で焼けるような不快な音が鼻をつく。

「水じゃない……工業用の切断液カッターそのものね」

 冷や汗が背中を伝う。

 物理的な質量を持った液体の刃。あんなものをまともに浴びれば、強化骨格ごと消し飛ぶ。

 それに、足元には意識のない人々が転がっている。彼らを巻き込むわけにはいかない。

『キュイン!(物理攻撃は無効。表面は流動的。刃が通らない)』

 K.U.D.Aのログが視界を埋め尽くすほどの速度で流れる。

 龍の全身を覆う黒い液体は、タールのように波打っている。こちらの斬撃を吸収し、絡め取ってしまうだろう。

 このままじゃ詰み(チェックメイト)まで秒読みだ。あのタールの内側、ドローンの群れの中に隠された「コア」を叩かなければ。

「K.U.D.A。構成データを洗いなさい。コアを見つけて」

『ピィッ!(了解)』

 K.U.D.Aは短い電子音を残し、ワイヤーフレームの身体を輝かせると、恐れることなく龍の懐へと飛び込んだ。

 黒い刃がK.U.D.Aを掠めるが、AR存在である彼はすり抜ける。龍の顔面付近を飛び回りながら、高出力のスキャニング光を照射した。

『ジジ……ジジジ……ピーン!』

『ピコーン(解析完了。喉奥。赤紫に輝くドローン、制御ユニットあり)』

 イオの視界(JUGAN)に、龍の喉元にある一点が赤くロックオンされる。

 ――深い。

 あそこまで届かせるには、敵の懐、死の領域キルゾーンまで踏み込む必要がある。

 失敗すれば、あの黒い液体に飲まれて終わりだ。

 だが、イオの唇には微かな笑みが浮かんでいた。

「……上出来よ」

 イオは走り出した。

 真正面からではない。橋の欄干を蹴り、信号機を足場にし、三次元的な機動で龍を翻弄する。

 タールのカッターが彼女を追って橋を切り刻む。

 その射線をジグザグに駆け抜け、舞い上がった瓦礫を空中で踏みつけ、さらに高く跳躍した。

 フワリ、と重力が反転する感覚。

 眼下には、次の一撃を放とうと口を大きく開けた龍。

 その喉の奥、心臓のように脈打つ不気味な赤紫色のコアが見える。

「……見つけた」

 背中の刀に手を伸ばす。

 鯉口を切った瞬間、鍔に刻まれた五芒星が青烈に発光した。

 刀身に幾何学模様の電子回路が浮かび上がり、バチバチと清浄な雷光を纏う。

 それは、あらゆるバグを物理的に、そして論理的に浄化する執行者の光。

挿絵(By みてみん)

 赤と青。二つの光が空中で交錯する刹那。

 イオは逆手に持った刀を、龍の口内へと突き立てて落下した。

「急急如律令・コード・パージ!!」

 ズドォォォォォン!!

 刀がタールの装甲を突き破り、中枢ドローンに深々と突き刺さる手応え。

 硬い金属を貫く感触と共に、刀身の回路から青いデータの奔流――ウイルス解除コードが龍の体内へと流し込まれた。

 龍の動きが凍りつく。

 身体を構成していた磁場の制御が失われ、結合部が次々とパージされていく。

『ギャァァァァァァァァァァ……(404 Not Found)』

 断末魔と共に龍は爆散し、無数のガラクタと黒い雨となって、鴨川へと降り注いだ。


 4. 残されたノイズ

 騒ぎが収まり、再び静寂が戻った河原。

 雨のように降り注いだ黒いタールで、イオのコートも、橋の上の人々も汚れていた。

 橋の上では、遠くからサイレンの音が近づいてくる。救急隊だろう。

 肉体は無事でも、彼らの意識がいつ戻るかは誰にも分からない。

 イオはずぶ濡れになりながら、龍だったものの残骸を見下ろしていた。

 破壊されたドローンのメモリから、煙のようなデータが漏れ出しているのを、K.U.D.Aが見つけた。

『ビービビ!( データ回収……待て。コレは……)』

 K.U.D.Aが困惑したような電子音を漏らす。

『ヒュコン( 感情パッチを検知。解析不能)』

 再生された音声データは、機械的なノイズではなかった。

 どこか人間の声のような抑揚とテンポ。

 助けを求めるような気迫。

「……嘘でしょう」

 イオは背筋が凍りつくのを感じた。

 ただのドローンの暴走じゃない。

 この妖怪のコードの奥底には、正規のプログラムではない、異質な何かが癒着している。

 イオは震える手でデバイスをオフにした。耳の奥に残ったあの咆哮が、どうしても、自分と同じくらいの子供の……いや、考えすぎだ。今はまだ、考えるのをやめておこう。

 イオは拳を強く握りしめる。

 橋の上で眠る大量の人々と、不気味に赤く明滅していたデバイスの光が脳裏に焼き付いて離れない。

「……一体、何が起きているの」

 得体の知れない悪意が、この街を侵食し始めている。

 その正体が何なのか、今のイオにはまだ分からない。

 ただ一つ確かなのは、この戦いはまだ始まったばかりだということだ。

 ネオ・キョウトの夜は、まだ明けない。

(第1話 完)


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