case022:巨大な影
男は大通りを抜けると、そのまま駅には向かわなかった。
住宅街を抜け、さらに外れへ。人通りが減る。
建物もまばらになる。山の方向だ。
『人が少なくなってきたから、もう少し距離取ろうか』
マリリンが小さく言う。
尾行は続く。距離を詰めすぎず、離れすぎず。舗装された山道を歩いていく。
するとやがて、舗装の粗い脇道に入る。
『アララン、スコープ持ってる?』
マリリンは嵐司に尋ねる。
『持ってる』
『こっからは、アラランに任せよう。アラランはスコープで見失わない程度で距離を十分とって尾行して。アメリンはわき道前、脇道の上側、マモルンは下側でそれぞれ不審者が来ないか見てよう』
マリリンの指示に皆了解を返す。風祭、雨宮、マリリンはそれぞれの持ち場に移動する。
嵐司は脇道に入る前、少しだけ頭を動かして、脇道の先を見る。人通りはない。
獣道とまでは行かないが、車は入れないくらいの道だ。遥か前方にチンピラが歩いているのが見える。
嵐司は、十分に距離を取りながら、スコープだよりに尾行する。
すると200メートルほどして、男の足が止まる。
それから5分ほどすると、もう一人別の男が嵐司の視界に入る。
向こう側の木々の影から、ゆっくりと現れる。反対側からも通れる道があるのだろう。
スーツ姿。整った身なり。年齢は五十前後。立ち姿に、妙な“圧”がある。
「誰か……男が来た」
嵐司が低く無線を流す。彼はすぐさま簡易収音機を男たちの方へと向けた。
チンピラは軽く頭を下げる。
「遅ぇっすよ」
粗雑な口調。だがどこか抑えている。目の前の相手に対して笑い声交じりでそう言った。
「予定より早く動いたのはそっちだろう」
落ち着いた声。無駄のない言い方。
『アララン、写真撮れる? 送ってくれない?』
「うっす」
マリリンの指示通り、嵐司はスコープ内蔵カメラで撮影すると、ホログラムで送信した。
『アララン、これ……』
小さく呟くマリリン。
『警視庁組織犯罪対策部の参事官だよ』
空気が、一瞬で冷える。
『警察?』
雨宮が顔をしかめる。
『組織犯罪対策部門のナンバー2。繋がっちゃったね』
マリリンが言う。声は静かだった。
定金合同会社。
警察上層部。
「処理は済んでるな」
参事官が言う。
「オケっす。問題ないっす」
「余計な痕跡は?」
「残してねぇすよ。一応俺らもそれで飯食ってんすから」
チンピラの言葉に、参事官は声を少し荒げた。
「なら、なんでお前んとこの者が殺されてんだ! 上も疑念を向けてる」
半グレの連続殺人。そのことを指しているのだろう。
“上”という言葉に嵐司は眉を動かした。警察上層部なのか、それとも別の組織の上のことなのか。
「いいか、和田。あのことが知れれば、俺もお前も地獄見るぞ」
「分かってるっすよ、そんなこと」
点と点が線で繋がる。しかし、参事官からもどこかに線が伸びている。
『アララン、引き上げようか』
マリリンの指示で、嵐司は走って戻っていく。
合流して山を出ると、マリリンは皆に言った。
「特異能力者、警察が犯罪に絡んでるんなら、私たち特対庁は監視機関として動かなきゃいけないからね。隊長に指揮伺いするよ」
マリリンはホログラムを開くと、屋敷に連絡を取り始めた。
マリリンの報告を終えると、皆は山中の舗装された坂道を下っていく。
誰も口を開かず、足音だけが一定のリズムで続いた。
さっきの会話。
参事官が口にした“上”という言葉。
全員の頭の中で、同じものが組み上がり始めていた。
そのとき。
坂の下からエンジン音が鳴り響く。
下はカーブになっておりその先は見えない。
しかし、全員が同時に止まり身構えた。
次の瞬間。
カーブの先から、黒色のワンボックスが現れる。フルスモークで中は見えない。
スピードを落とさず、そのまま道を塞ぐように横付けされた。
「……来たね」
マリリンが呟く。
勢い良くドアが開く。降りてきたのはスーツを着た男4人。
全員短髪で黒いマスクをしている。
無駄のない動き。目線。立ち方。間合い。
ただのチンピラや用心棒ではない。明らかに訓練された人間だ。
「何かかじってる感じか」
嵐司が低く言う。
男の一人が落ち着いた口調で言った。
「ここで見たことは、忘れていただきます」
抑揚のない声。
まるで機械が命令通りに動いているような印象を抱かせた。
「断ったら?」
雨宮が一歩前に出る。
男は一切動じない。
「処理する」
一拍もない即答。戦闘開始の合図はそれで十分だった。
「はい、交渉決裂」
マリリンが両手を上げた。
「やるよ」
次の瞬間、嵐司が銃を構えたかと思うと、銃声とともに消える。
ハンドガンで特製の銃弾を撃ち込み、先頭の男と自分の位置を入れ替えたのだ。
突然嵐司と位置を替えられた男だったが、一瞬で反応した。
すでに左から迫っていた雨宮のパンチをバックステップで躱すと、両拳を顔面の前で小さく構え、雨宮の懐へと踏み込んだ。
男は小さい右ストレートを雨宮の顔面目掛けて打ち込むと、彼女は両手でガードした。
しかし、それは囮だった。
男は右ストレートを戻すと同時に左のボディフックを雨宮の右レバーに差し込む。
雨宮はよろめきながらも、右のアッパーを繰り出し、なんとか反撃を繰り出す。
しかし男は、その苦し紛れのアッパーをギリギリのところで避けて次の攻撃を繰り出そうとした。
……はずだった。
男の顎をこするように雨宮のアッパーが入る。掠っただけだったが、雨宮の特異能力による打撃の威力はすさまじく、口から出血していた。おそらく下の歯が上顎に刺さったのだろう。
「おかしい……ですね。避けたつもりだったのですが……」
男は少しよろめくが、すぐに体勢を立て直した。
雨宮はというと、彼女自身も当たったことに驚いていた。
男は状況を把握しようと辺りを見回す。
風祭は嵐司の援護に向かっている。彼の能力ではない。
……となると……
金髪のギャル、マリリンは煽るように舌を出していた。
――あの女の能力か――
雨宮は空手の打突を繰り出すが、男は横に飛んで躱す。
そして彼女の追撃。その瞬間、男の前に嵐司が現れた。
離れたところで、雨宮が別の男を殴り飛ばしていた。
「いった~い!!」
敵を殴り飛ばした彼女は、嵐司に撃たれた太ももを押さえている。
やわらかいBB弾とは言え、当たれば激痛は避けられない。
「嵐司、あとで覚えときなさいよ!」
「先に敵!」
風祭の声とともに、雨宮は打撃を繰り出す。
嵐司は目の前に立つ男にハンドガンを向ける。
「お前、厄介な能力を持っているな」
男は構えながら射線を外そうとしている。
「一応、特対庁なんでな」
嵐司も逃がさない。銃口はなおも男を捉えていた。
しかし、打ち込んだところで、BB弾によるダメージしか与えることはできない。軍人ならばその程度の痛みならば屁でもないだろう。
すると嵐司は、道の外側に生えていた木に銃口を向ける。
そして数発撃った。
その瞬間、嵐司の目の前には、松ぼっくりが現れる。
松ぼっくりに銃弾を撃ち込み、男の位置を入れ替えたのだ。
さらに入れ替わった位置は、崖になっており、10メートル近くの落差があった。
「松ぼっくりの気持ちになるのは初めてだろ?」
男は崖下へと落ちていく。
もう一方でも、マリリンの能力によって感覚を狂わされた敵は、風祭と雨宮に一網打尽にされる。
「おっつ~……」
マリリンの声。
「なかなか強かったですね」
風祭は殴った手を痛そうに振っている。
マリリンはガードレール越しに崖下を確認している。
「ちょっとアララン、無茶しないでよね! 死んでたらめんどくさいことになってたんだからね!」
「正当防衛っしょ」
嵐司は軽く言うと、ハンドガンのセーフティをかけてホルスターに収める。
「こいつら、定金? それとも警察側のやつ?」
雨宮が伸びた敵を見下ろしている。
するとマリリンは、靴の先で敵のわき腹を恐る恐るつついた。
「多分、参事官が言ってた“上”ってやつの手先じゃない?」
「とりあえず公妨で逮捕しますか?」
雨宮がマリリンに問う。
「そうだね~。でも能力使ってないし、警察に引き渡すからもみ消されないかな~?」
腕を組んで悩むマリリン。すると風祭が一歩出た。
「僕が見ましょうか?」
「見るって?」
「僕、即時潜心できるんです」
風祭の申し出にマリリンは目を丸くした。
「即時潜心って……この場で潜心するってこと?」
そんなことは見たことも聞いたこともない。
仰々しい機器を付けてやっとできる潜心。その潜心ですら選ばれた人間にしかできない芸当だ。
「ただし、断片的な情報しか見れませんし、ほんの数秒心を覗く程度です。もちろん証拠としては使えません」
そう言って風祭の掌が男の額に触れる。
即時潜心。世界が反転する。
記憶の断片。
どこかの豪勢な事務机。女性秘書。
一人の男。60歳以上の高齢。目つきが悪い。スーツ。無機質な目。
その高齢男性と何かを話している。声までは即時潜心では聞こえない。
風祭の意識が戻る。
「……っ!」
膝がわずかに落ちる。
「風祭!」
雨宮が叫ぶと、彼の肩を支えた。
風祭は息を整えながら言う。
「雨宮さん……検索、岡本一族……!」
風祭を支える雨宮の代わりに嵐司がホログラムで検索した。
岡本正義、岡本ケミカル社長。
「違う……」
岡本公久、政治家。
「違う」
岡本幸次郎、彼らの父で政治家。
「こいつだ……!」
風祭は目を見開いてそう言った。
彼は潜心をした男を指さす。
「こいつらは、岡本幸次郎と会ってます……!」
マリリンは顔をしかめた。
「岡本社長とかの父親じゃん。これは一筋縄じゃいかなくなるかも」
「逮捕はまた後、とにかく早く特対庁に戻ろ」
マリリンの指示に、風祭たちは走り出した。
~特対庁特務隊執務室~
特務隊の執務室に駆けこんだ一行。
「タイチョー! 今回の件……」
マリリンが報告を上げる前に、屋敷が割り込んだ。
「長官室に来い」
短い指示。全員が顔を見合わせる。嫌な予感しかしない。
長官室。
ドアを開けた瞬間、空気が違った。重い空気だ。
張り詰めている。
そこにいたのは――
政治家。岡本の父親、幸次郎。
その隣に、組織犯罪対策部参事官。
そして。
日比谷美波。
全員の視線が、一斉に風祭たちに向く。
「……遅かったな」
岡本幸次郎が口を開く。ねっとりとした声。だが、圧がある。
「君たちが、妙な動きをしていると聞いてね」
誰も言葉を発さない。
屋敷も、何も言わない。
「尾行」
一言。
「山中での接触」
「華園院鞠子くん、雨宮凛くん、嵐司右月くん、風祭衛くん」
完全に把握されている。逃げ場はない。
さらに岡本はマリリンを見てにやけると続けた。
「まさか、華園院がこんなところで遊んでいるとはな」
「そして日比谷くん」
岡本が、美波に視線を向ける。
「君の前で言っておこう」
ゆっくりと、風祭たちを見る。
「これ以上の詮索は、やめてもらう」
命令ではなかった。
「そして」
軽く指を鳴らすと、参事官が一歩前に出る。端末を操作すると映像が表示された。
担架。
血まみれの男。
病院への搬入状況。
「……っ」
雨宮が息を呑む。
「これはね、君たちに協力していた刑事だ」
淡々とした説明。
「さっき不幸にも事故にあったそうだ。フルスモークのワンボックスだって」
岡本は笑みを浮かべた。
「最近は、若者のマイカー離れが進んでいて、運転が上手くない人も多いみたいでな。怖いものだよ全く」
岡本の言葉に、参事官も同調している。
「最近は交通事故も増えたとかで、子供も安心して道を歩けないな」
岡本は再度、ホログラムに映ったその刑事の画像に目を向ける。
「彼には娘さんと息子さんもいるらしいからな。こんなに交通事故があるんじゃ、その子たちも心配だ」
静かな声。だが、完全な脅し。何も言えない。
屋敷が目を閉じる。
「仕事熱心に動き回るのはいいが、車に轢かれてしまう可能性が上がるのなら、あまり動かない方がいいこともあるな」
岡本が言う。
「同じことが起きないように」
風祭は歯を食いしばる。
嵐司は何も言わず、ただ岡本を睨みつけている。
そして。
屋敷が口を開く。
「……本件の捜査は、ここで打ち切る」
それが、特対庁の答えだった。




