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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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小さな僕へ2

 タダシと弥生を見送ると、私は、みのりんと小林が来るのを待った。ほどなくして、2人はやって来た。


 小林は、いつもと変わらずの、落ち着いた雰囲気だが、みのりんは文化祭を満喫した満面の笑みで、「サーちゃーん。来たよー。こうたーい」と叫び、てを振りながら、こっちへ向かって来た。


「やあ、高山さん。楽しんでるね」


 若林先生が、みのりんにそう声を掛けると、彼女は「だって、お祭りだもん」と屈託の無い笑顔を継続して、そう答えた。


「あっ、そうだ。藤村さん、さっき木村君とすれ違ったよ」


 無邪気に笑うみのりんの横で、小林が、少し深刻な顔でそう言うと、みのりんも、急に慌てた表情に切り替えて、「そうそう、キム、さっき知らない女の子と歩いてた」と、早口にまくしたてる様に、そう言った。


「知ってるよ。彼女が、タダシの昔好きだった人だから」


 私が淡々とそう言うと、彼女は、「エッ?どう言う事?」と言って、その場で固まった。


 そんな彼女に、私は、これまでの経緯いきさつをかいつまんで話した。


「サーちゃんはそれでいいの?」


 私の気持ちを案じて、みのりんがそう言ってくれた。


 正直、複雑だった。あいつが、私では無い他の女の子と一緒に居るだけで、胸が締め付けられる気がした。けれども、そんな自分を客観的に眺めた時、その痛みに耐える健気な自分が物凄く可愛く見えた。


「いいんだよ。私は、まず第一に、独りの友人として、タダシには笑っていて欲しいから。その為なら、どんな事でも耐えられる」


「藤村さんは強いね」


 小林が、優しい眼で、私にそう言った。もう、彼からは、吃音は綺麗に落ちていた。


「小林、君だって強いさ。どんなに苦しくても、そして、一時的に吃音を患っても、君は耐え忍び、友達を得た。そして、今は可愛い彼女だって居る。君は本当に頑張ったよ」


 小林が、少し照れたように頭を掻きながら笑った。その横で、みのりんも、「可愛い彼女だなんて、そんな・・・」と言いながら、頬を赤らめて、もじもじとしていた。そんな姿が本当に可愛らしくて、見ている私は、幸せな気分になった。


「不器用だ。だけど、真っ直ぐだから、藤村さん。君には、良い仲間が集まるんだね」


 若林先生が、優しく私にそう言ってくれた。


 とても嬉しかった。自分が認められる安心感が、嬉しかった。


「凄く有り難いです。だから、これからは、1つひとつの出会いを大切にしたいです。今までは、それが、上手く行かなかったから」


 私の言葉に先生が優しく頷いた。


「サーちゃん。これからも友達だからね」


 みのりんが、強くそう言って、私はそれに頷いた。


 彼らとの交代が済んでも、私は店に居座った。


「交代済んだんだから、サーちゃんも、遊んで来ればいいのに」


「みのりん算数出来ないから、ちゃんと店番出来るか心配で」


 私がそう、嫌味っぽく言うと、彼女は半笑いにふてくされて、「ひどいなー。足し算と引き算はできるもん。二桁以上の計算はできないけど」と返してきた。


「大丈夫だよ。計算は、僕がやるから。高山さんは呼子をやってればいいよ。高山さんの声、かわいいし、よく通るから」


 小林はそう言って、みのりんをフォローした。


「そうそう、人間、いざとなったら、他力本願って言うチームワークで乗り切ればいいから」


 小林のフォローを得たみのりんは悪びれる事なく、胸を張り、開き直った態度でそう言った。


 他力本願か。


 他人まかせと、今は殆どの人が解釈するが、本来の意味は、仏の力を借りるべく精進すると言う意味らしい。他力とは、仏の力で清く正しく素直に生きなければ、仏とやらは、その力を貸してくれないらしい。そして、仏教の思想、まあ、その他の宗教にもしばし見られる思想だが。神や仏は、人の心の中にいると言う考えがある。よって、他力本願とは、人の良心に響く行いをした、清く正しく素直な人にだけ許される他者の協力と言う事になる。


 自分に無い力を、他者から借りる。そのための信頼関係を築く事がチームワークになる。


 みのりんの開き直りの妄言は、あながち嘘では無かった。


「みのりん。貴女は、天才だ」


「えっ?何?サーちゃんいきなり」


「貴女は生きて行く才能だけはある」


「確かに」


 小林も納得した様にそう言って頷いた。


「なんか、よくわかんないけど、嬉しいや」


 なんか、よくわからずに、みのりんは頭を掻いて、喜んだ。


 そんなやり取りをしている所に、あの娘がやって来た。


 その娘は、小林と目が合うと、少し緊張した表情を作って、「卓ちゃん?」と声を掛けた。


「安藤さん?」


 小林も、彼女の問いかけに反応した。


 私とみのりんは、彼女の顔を見て、本人達以上に多分、緊張していた。


 その娘は安藤さやかだった。


「久しぶり。卓ちゃん。元気?」


 さやかは、大事なものを確かめるように、そう言った。


「うん、元気だよ。安藤さんは?」


 小林も、同じ様に確かめる様に聞き返す。すると、彼女も「元気だよ」と返した。それから、ほんの少し、沈黙が続いて、そして、さやかは、みのりんのほうをちらりと見ると、小林に「彼女?」と聞いた。


 彼女の問に、小林が返事をあぐねていると、みのりんが、彼の腕に絡みついて言った。


「そうです。ウチが、コバの。小林君の彼女です」


 強い口調だった。まるで、相手を威嚇するかの様な、そんな雰囲気で、みのりんはそう主張した。すると、さやかは、嬉しそうな笑顔で「へー。そうなんだ」と言って、改めて、みのりんの事を見ると、「良かったね卓ちゃん。可愛い彼女が出来て」と言った。


「うん。みのるは、僕の大事な人だから」


 今度は小林が、強い口調で、そう言った。


 するとさやかは、満足したように頷いて、「本当に良かった」と言ってまた笑った。その笑顔に涙が滲んでいたのを私は見逃さなかった。


「じゃあ、私、もう行くね」


 そう言って、安藤さやかは、その場を立ち去ろうとした。


「安藤さん。落ち着いたら、今度ゆっくり話そうよ。僕、中谷君とも友達だから。その、今度みんなで遊ぼうよ。彼と付き合ってるんだら?」


 小林がそう言うと、どこか寂しげだった彼女の顔に、“本当の笑顔〟が咲いた。


 そして、さやかはその笑顔のまま、黙って頷いた。


「コバ、知ってたの?中谷君とあの娘が付き合ってるの」


 安藤さやかが去った後、みのりんがそう聞くと、小林は、平然とした顔で、「うん」と頷いて、「中谷君、僕に全部話してくれたんだ」と言って、こう続けた。


「始めは、びっくりしたよ。中谷君と、安藤さんが付き合ってるって聞いて。でも、僕の昔の事と、中谷君の今とは関係のないって思ったてたから、正直どうでも良かったんだけど、中谷君、僕の昔の事理解したいって言ってくれたんだ。そして、安藤さんを許して欲しいって。本当に、あの娘が好きなんだって、言ってたんだ」


「それで、コバは許せたの」


 みのりんがそう聞くと、小林は、はにかんで、「マダラナーダを読んで気が付いたんだ」と言った。


「マダラナーダ?」


 みのりんが聞き返す。私も、私が書いた、あんな駄作に、彼が何を見出したのか、知りたかった。


 そんな私達の疑問に小林は、こう答えた。


「マダラナーダは、多分、暗闇の中にいたんだ。それをクリスが救い出したんだけど、彼は、暴君に捕まって死んでしまう。彼を死に追いやったのは、ユダを思わせるあの罪人だ。だけど、マダラナーダは、舌を噛み切って死んだ、その裏切り者の罪人にも涙するでしょう。それって、クリスに救われた時に貰った優しさが彼女の中に芽生えたからなんだ。僕も、木村君や、高山さんや、藤村さん、それに中谷君と出会った事で救われたんだ。だから、僕の中にも、マダラナーダみたいに、優しさが芽生えているような気がしたんだ。だから、せっかく芽生えた優しさを、誰かの為に使いたかったんだ」


 小林がそう言うと、みのりんが、いきなり彼に抱きついた。


「コバ、大好き」


 全てが終わった。


 みんなが幸せになって行く。


 私の大切なものが。


 そう思った時、感覚時間が突然、私を包みこんだ。


「彩子」


 感覚時間の中で、誰かに呼ばれて振り返ると、そこには、懐かしい姿が立っていた。


「みお?」


 みおが、死んだと思っていたみおが、そこにいた。


「今まで、どこにいたの?ずっと会いたかったのに」


 私がそう言うと、みおはクスクスと笑って、「ずっといたよ。彩子の側に、彩子がサイコになってからも」と言った。


「嘘だ!ずっと、私はあなたを探して、でも、見つからなくて。そして、“この世界〟で人まで殺して」


 私がそこまで言うと、みおは頷いて、「うん、見てたよ」と言って、こう続けた。


「必要な事だったんだよ。私が、彩子に見えなくなる事が、大事な事だったんだよ。彩子が、これから出会う人々の中に、私を見つけられるようになるために」


 そう言って、みおは、みのりんや、小林の事を指さした。そして、その指で、私の額を突く。すると、タダシの笑顔が頭の中に浮かんできた。その笑顔に、私は胸が熱くなり、涙が出てきた。


「本当だ。ずっと側にいたんだね」


「もう、大丈夫。彩子は独りじゃないから」


 そう言って、みおは、ゆっくりと、私の中に帰って行った。


 とても幸福な気分だった。


 まだ少し残っていた行き場のない不安や、痛みが、全て消えて行った、


 もう、サイコである必要が無くなった。


 私は、藤村彩子に戻っていた。


 感覚時間が解けると共に、私の意識は暗転した。


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