ある日、森の中で熊さんに出会った兄のせいで始まってしまった物語(フリア)
とある森。
とある伝承に記載されている特徴が似通っていることから『龍の森』とも呼ばれる前人未到の地。
伝承によればそこにはとある一族の末裔と、魔獣の最高位に属する『龍種』が住んでいるらしい。
王国ディスカフラとしても、国内にあるからには調査を進めようとした時期もあったが、強固な結界が張られており、なおかつ凶悪な適正 魔獣の巣窟と化しているため不容易に近付くことはできなかった。
そんな森の中心に、2軒の家が建っている。
外観と内装は全く同じであるが、住んでいる者達は根本的に種族からして違う。
片方は『墓守』であり『盟約者』の末裔である人間。
もう片方は『盟約』を交わした龍種。
その中の人間である少女は目を覚ました。
彼女の名はフリア。
エメラルドのような明るい緑色の髪を肩まで伸ばして、目は開けているか閉じているのか分からないくらいに細められている。
眠たいというのだけは伝わって、眠たそうにまぶたをこする。
「ふぁー。そう言えばお兄ちゃんどうなったんだろうねぇ」
昨晩、家を出て行った兄が帰ってくる前に眠ってしまったフリアは、そのあとどうなったのか知らなかった。とりあえずは親に聞けば分かることなので、ベッドから降りようとする。
「うぇー。まだいい気がするよぉ。もう少し寝……」
寝てからでいいやぁと言い終わる前に再び眠りに落ちた。
ちなみに今の時間は昼前だった。
次にフリアが目を覚ましたのは、二度寝から一時間も経っていない時間だった。
母親に起こされたのだ。
昼ごはんらしい。
フリアはしぶしぶといった感じでベッドから降りて、食卓へ着くため階段を降りる。
顔を洗おうと、外にある井戸に向かう。
「んぅー?なんでみんないるんだよぉ」
ちらりと目に入った居間には、フリアの家族の他に隣の家の龍達もいた。
今は人の形をしているが、普通に龍になれることを彼女は知っている。
彼らがここにいることを疑問に思っていたフリアに、父親が言った。
「早く顔を洗って来なさい。大事な話がある」
いつになく真剣に言う父親に、フリアは兄が関わっていると確信した。それは、全員が揃っているのに兄の姿が見えなかったから。
(うぇー。味方するとは言ったけど面倒事はごめんだよぉ。そもそもお兄ちゃんの味方をする理由がない気がする……)
フリアが兄の味方をすると約束した理由は、兄がフリアのやるべき事を肩代わりすると言ったからだ。家出した兄がそんなことできるはずがない。
それ以上考えるのも面倒で、フリアはとりあえず顔を洗いに行った。
ーーーーー
一つのテーブルに6人が腰掛けている。
いや、正確には3人と3体。
人間はフリア、父親であるバーニア、母親であるアルカニア。
対して龍は、まだ子供であるリィルゥ、その父でありバーニアと契約しているゼェドゥ、その番であるシェファ。
テーブルの中心にはパンやサラダと言った昼食が置いてあったが、気軽に手を伸ばせる雰囲気ではなかった。
人間側は蛇に睨まれたカエルどころではなく、文字通りドラゴンに睨まれた人間状態だった。簡単に言えば下手に動けば殺されそうな圧迫感。彼らの親や祖父母がいなくて本当に良かったと思う。
普段は優しいおじさんおばさんが放つ殺気にフリアは震えるのを必死に我慢していたし、さらにフリアを緊張させたのはいつも無邪気なリィルゥが無言だったことだ。昨日は元気にはしゃいでいたのに、同一人物とは思えない。
おおかた理由は分かっている。兄が逃げたからだ。
フリアの兄だが、リィルゥにとっても兄みたいなものだっただろう。なんだかんだで龍であるリィルゥが満足できるくらいには遊び相手になってくれていたし、リィルゥは生まれた時から兄と契約すると言われてきたのだ。
兄は聞いていなかったようだが、リィルゥにしてみれば裏切られたと同じことだろう。プライドなどまだよく分かっていないかもしれないが、龍の本能として持っている誇りが傷付けられたはずだ。
ふと、フリアはお腹が鳴りそうだと思った。
沈黙が支配するこの空間で音を出せばそれを切っ掛けに爆発するかもしれない。必死に抑えるも時間の問題だ。だがパンに手を伸ばすという選択肢も取れない。
(うぇー。なんでフーがこんな思いしなくちゃなんだよぉ。お兄ちゃんのバカぁ。自分のことくらい自分で責任とれよぉ)
幸か不幸か、フリアのお腹が鳴る前に、シェファが言葉を発した。
「今回のこと、どうケリをつけるつもりか」
綺麗な銀髪の下に隠れた瞳でバーニアを睨みながら言った。
バーニアはうっと喉を鳴らして、しどろもどろに弁明する。
「い、一応、ルーンの行き先の目星はついている。だから……」
「私は主と契約している訳ではないのだが。夫と同じ様に接しても良いと思っているつもりか。殺したくなるだけだ」
「ついています!すみませんでしたァ!」
テーブルに思い切り頭をぶつけて謝る父を、フリアは見たくなかった。龍怖い。思わずフリアも頭を下げそうになった。
「でですね。わたくしめと、契約をしているゼェダァは森から出られない訳でして、結界の維持のためにも妻も出られない訳でして、それで……」
ちらりとシェファを見るバーニア。それには人を殺しそうな目付きで睨み返された。
「私を顎で使うつもりか?命が惜しくないようだなニンゲン」
「そっそれで!とりあえずフリアに行ってもらおうと思っておりますはい!」
「うぇー!?」
思わず大声を上げてしまったフリア。そのせいで堪えていたお腹が鳴ってしまったが気にする余裕も無い。
「無理だよぉ。フーは一生をこの森で過ごすって決めてるんだよぉ。この森から出たら死んじゃうよぉ」
「ば、馬鹿!行かなかったらパパが死んじゃうよ!?フリアはパパが死んだら悲しいだろ!?」
「………………………………………………う、うん」
「長い沈黙がショック!パパの命と天秤に掛けて迷うほど行きたくないの!?」
「うるさい」
バーニアはフリアの頭を掴んで、自分の頭と一緒に無言で下げた。
「で、フリア。どうするつもりか?行くも行かないもお主が決めるのだ。お主は娘と遊んでくれることもあるからな。選ばしてやる。それとも、お主がルーンの代わりに『盟約者』となるつもりか?」
「えぇー。……っとぉ」
隣に座っているバーニアに小声で尋ねる。
「(そんなこともできるのならいい気がするよぉ)」
「(待て、早まるな!『盟約者』はともかくとして、『墓守』はルーンに継がせることになっている!もしお前が『盟約者』になれば、次の代のためにルーンとの子を産まなければならなくなるぞ!)」
「(……?子供ってキスしたらできるんだよねぇ。お兄さんが言ってたよぉ。お兄ちゃんとしてもできなかったけどぉ。それくらいなら……)」
「(ヴリトラァ!ってかお前ら何してんの!?そもそも子供は……)」
「雑音がうるさい」
ゴンッと二つの頭がテーブルにぶつかる音がした。
「結局、どうするつもりか?」
「むぅー。じゃあ継ごうか……」
「フリアはルーンを探しに行きまーす!決定!はい話終了!いただきます!」
バーニアが強引に決定し、話を終わらせた。どさくさに紛れてパンを食べ始める。フリアもそれに続いた。
シェファは決まったのならそれでいいのか、サラダをよそった。
ゼェダァとリィルゥは無言のまま下を向いていて、アルカニアは立ち上がってほかの料理を持ってきた。
なんだかんだで遅めの昼食が始まった。
ゼェダァとリィルゥが手をつけないまま半分ほどなくなった頃に、黙ったままだったリィルゥが口を開いた。
「……リィルゥも行くからな」
「いいのではないか?」
あっさり返したのはシェファだった。
彼女はパンを片手に言う。
「契約してしまえば外には外に出ることはほとんど無いからな。良い機会だ。存分に見て来い。フリアもいいな。娘を頼んだぞ」
「えぇー」
「まさか、断るつもりか?」
「まさかまさか」
睨まれてぶんぶんと首を振る。
シェファは満足したように頷くと、パンを食べるのを再開した。
「ゼェダァ、お前は何も言わなくて良かったのか?」
バーニアはずっとゼェダァが無言なのを不思議に思って聞いた。
「……ふるらろい」
「あ?」
「二日酔い、と言っている。昨晩、迅速に対応出来なかったのもこれのせいだ」
契術師と契魔獣は繋がっている。
契術師の状態異常が契魔獣に影響を及ぼすのも不思議ではない。
つまり。
バーニアがルーン達に飲まされたアルコールは、ゼェダァに流れ、ゼェダァは結界の異常に気付くも酔って動けなかったのだ。
「申し訳ございませんでしたァ!」
今日一番の大声で、バーニアは謝罪した。
ーーーーー
「これで仮契約は終了だ。『契証』はあるな?って見せる必要は無い!というか誰にも見せるな。……何故に胸元?」
「うぃー。仮契約でも魔力が凄く減ったよぉ。だるいよぉ。『盟約者』は無理だよぉ」
「そのためにルーンを連れ戻すんだ」
準備として三日後の翌朝、フリアはリィルゥと仮契約を結んだ。
これで、フリアにはほとんど恩恵は無いものの、リィルゥは万全以上の力を振るうことが出来るようになった。
「いいか、おそらくルーンはヴリトラに会いに行っているはずだ。それ以外知る由もないからな。王都ゼリアン。ヴリトラは多分面倒臭がってこっちに知らせずルーンを受け入れるだろう。だが、ヴリトラと同じく学園に通わせることは学費の都合で不可能だ。なら残る選択肢は一つ、養成所だ。そして絶対に……」
「あぁー。もう何度も聞いたよぉ。分かってるよぉ。途中で退学とか出来ないからフー達は入学しちゃダメ、でしょぉ」
「分かっていればいい」
「フリア!早く行くぞ!」
「うぇー。今行くよぉ」
リィルゥは彼女の両親としばしの別れを済ませ終えて、元気いっぱいにフリアを呼んだ。
「じゃあな。と言っても一ヶ月程度だろうが。金は持ったか?」
「うぃー。もちろんだよぉ」
手を振って両親と別れる。
森の道中では凶悪な魔獣が闊歩しているが、龍であるリィルゥがいるため、向こうから避けてくれる。
数時間歩いて森の外にでた時、フリアは疲れに疲れてへたりこんだ。
「ぜぇー。ぜぇぜぇ……。無理……無理……ごほっ」
普段インドアなフリアはグロッキー状態だった。
「フリア!まだ道は遠いぞ!」
「遠……過ぎるよぉ。もう帰ろうよぉ……帰りたくない……歩きたくない……」
「向こうに川があるぞ!」
「……じゃあ……そこまで……」
川辺で休んでいると、馬車が一台通った。
「リルちゃんあれ止めてぇ!」
「え?分かった!」
「何だァ!?」
強引に止めた馬車まで寄って、フリアは言った。
「うぇー。ゼリアンまで乗せてよぉ。……乗せてくれなかったらこの馬車を壊すよぉ」
「脅迫じゃねえか!てか、その言い方……」
「目付きの悪いお兄さんお願いだよぉ。お金ならあるよぉ」
「頼み方!まあ、金を払うならいいがな。どうせ行くところだ。荷物もねえしな」
「うぃー。ありがとうだよぉ」
フリアとリィルゥは荷馬車の後ろに乗り込んだ。
そこには先客がいた。
バンダナを頭に巻いた男だ。
「おや、お嬢ちゃん達も乗せてもらったのか」
「うぇー。よろしくだよぉ」
「その口調……っ。うっ頭が!」
話を聞くと記憶をなくしているらしかった。
その後、大体5日でゼリアンについた。
途中、適性 魔獣に襲われ、龍となったリィルゥを見た目付きの悪い御者が「まさか……」なんて呟いていたり、寄った村で盗賊に襲われたので撃退するとリィルゥが神龍として崇められたりといろいろあったが、ひとまず無事にゼリアンに着いた。
バンダナの男は何故か街に入る過程で衛兵に連行されたが気にするフリア達ではない。
魔獣撃退のお礼として馬車代は無しとなり、御者とは別れた。聞きたいことがあったようだが、それに気がつくフリアではない。
「えぇー。ここが養成所だよぉ」
「ここにルーンがいるんだな!」
門前で2人で達成感に浸っていると、話し掛けられた。
「む。入学希望者か。こっちへ来い」
「うぁー?違っ……力強いよぉ!?」
「リィルゥも離せないぞ!?」
紫色の髪をしている女性に引きずられ、書類に名前を書かされ、養成所の学生となった。
そこにルーンがいないと知るのはそれからわずか三日後のことであった。




