第34話 -海鮮料理-
20170211 改訂しました。
「はーい。お客様、話の続きはまた今度ということで、あまり忙しくない時にでも来て下さい」
店は忙しくないと困るのでは、と疑問を抱かせるような言葉を残し、カミラは店の奥の厨房へと姿を消した。
今のグレン様とローテンベルグ家の関係を作ったとの言葉は、非常に気になる話だ。
しかし今はもっと気になるものがある。
そう考えていると、お目当ての料理が運ばれてきた。
少し深さのある皿に蒸した牡蠣が殻ごと四個と、透き通ったスープが牡蠣が半分くらい浸かる程度に入っていた。
牡蠣の上には、小スプーン一杯ほどの飴色をした玉ねぎが乗せられている。
「ますは、スープだけ軽く味見をして下さい。牡蠣にはほとんど味を付けていませんので、お好みの量のスープを牡蠣に浸けて、玉ねぎソースと一緒にお食べください。玉ねぎは結構甘辛いので、お口の中でその違いを楽しんで貰えれば、料理人も喜びます」
カミラの説明のとおり、リオンはまず透き通ったスープを味見した。
それはかなり鋭い辛味があったが、それ以上に深みのある塩味だった。
喉が渇くどころか、唾液がどんどん出て来る。
次に、牡蠣と玉ねぎとスープを一緒に味わった。
「牡蠣は初めて食べましたが、不思議な柔らかさがある食べ物ですね、すぐに消えてなくなりました。でもこの玉ねぎとスープの組み合わせは、本当に後を引く美味しさがあります」
「お気に召してよかったです。ゆっくりしていって下さいね」
彼女の言葉のとおり、彼はゆっくりと料理を堪能した。
結局、スープはパンにも浸して食べたので、皿は空になった。
そう言えば、今日一日でこんなにゆっくりと落ち着いたのは、ここが初めてかもしれない。
渚亭に似ているからだろうか、とリオンがたわいもないことを考えていると、夕食にやって来た客達で店が徐々に混み始めた。
彼は、満足な食事を終え、カミラに代金を払って店を出た。
大通りまで戻ると、まだまだ人通りは多く活気のある大きな町は違うなどと、田舎者らしい素朴な感想を抱きながら、リオンは屋敷への帰り道を歩き出した。
噴水がある広場まで戻って来た時、パンを焼くいい匂いがして来て、彼は朝食を準備しなければならないことを思い出した。
広場の中を見ると、先程まではなかった食べ物を売る屋台が増えていることに気づき、興味をそそられたが、かなりの時間を町で過ごしており、今日はパンだけ買い求めて帰ることにした。
よく見るとパンの屋台だけでも三軒はあり、どの屋台にするか決めかねていると、ある考えが浮かび、夜食にもしやすそうな小振りなパンが多く入った袋を三つ買い求め、屋敷への坂道を上った。
屋敷の通用門には、ヴォルトが外出した時と同じように守衛をしていた。
「おい、お前、明日忘れるなよ」
「・・・・・・午後ですね。わかっています」
「わかっているなら、通っていいぞ!」
満足そうに笑うヴォルトに首を傾げながら、リオンは守衛室に顔を出した。
「コーネルさん、いらっしゃいますか?」
「おや、リオン君、どうしたのだい? 町で用事はもう済んだのかな?」
「はい、大体は。それで先程のお茶のお礼に、パンでもと思いまして、足りるかわかりませんが皆さんでどうぞ」
彼は、パン袋を二つ渡した。
「気を遣ってもらっては困るよ、リオン君」
「いえ、色々教えて頂いたお礼です」
「そうかい。では今回だけ頂くことにするけど、もうこんなことはする必要はないからね」
「何だか無理にお渡しするみたいですみません」
「気を遣ってもらってもちろん嬉しいよ。でも失礼を承知で言うが、君はそんなに裕福ではないだろう? もっと自分のために使いなさい」
コーネルは、相変わらず息子を見るような優しい表情であった。
リオンは、父親がいればこんな感じなのだろうかと、不思議な温かさを感じた。
「これはみんなでありがたく頂くよ。ありがとうね、リオン君」
「はい。では失礼します」
彼はコーネルに別れを告げ、自分の部屋へと急いだ。
使用人建物の一番奥にある部屋なので、キーン達に会うかもと少し緊張しながら廊下を歩いたが、幸い誰にも会わずに部屋までたどり着いた。
まだ夕食時なので、使用人達は屋敷で働いている時間であった。
彼は、今まで使ったことがないしっかりした蒲団と寝台へ寝転がると、疲れから直ぐに眠りへと落ちた。




