第35話 -朝寝坊-
20170211 改訂しました。
翌朝、彼は二度目の不覚を取った。
「―――オンさん、リオンさん、朝ですよ、起きてください」
「―――っ!」
「おはようございます。サーシャ様からのお言葉を伝えに来ました。リオンさん?」
彼は、自分がいる場所が一瞬分からなかったが、少しずつ記憶が呼び覚まされてきた。
「す、すみません、おはようございます」
「ボーっとされて大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。このカーテンは本当に凄いですね。朝がまったく分かりませんでした」
目の前に彼を覗き込むマリサの顔があり、今なお薄暗い部屋に若い女性といることを急に意識して、彼はすぐに窓際へ行きカーテンを開けた。
一気に部屋が明るくなると、寝台周りだけ雑然と荷物が散らかされており、何も片付けることなく寝たことが明らかであった。
その様子に、侍女としての性格からか何も言わずにマリサは、落ちてるパンが入った袋や、いつもは彼の腰に巻かれている革袋を拾い、壁際にある小さな机の上へ置いた。
「あっ、すみません。自分でやりますので、そのままにしておいてください」
「気にしないでください、もう終わりましたから」
彼女の言葉通り、彼の荷物は一箇所に集められ、来た時と同じように部屋は整理がされた状態になっていた。
「ありがとうございます。どうも疲れているようで、しっかりしないとダメですね」
「だとしたらリオンさんには良かったかもしれません。サーシャ様のご予定が変わりました。今日はミゼル様と外出されることになり、リオンさんには自由に過ごしてくださいとのことです」
「えっ? 同行しなくてよかったのかな?」
「はい。ローテンベルグ家の馬車で外出されますからご安心ください」
確かにそれならリオンの護衛は不要になる。
しかし、今日の予定はサーシャに聞いて決まると考えていたリオンは、調子が狂ったような気がした。
「リオンさん、このパンは朝食ですか?」
先程拾って机に置いた袋を指さして、マリサが尋ねる。
「はい、食事は自分で用意をすることになっていますので、昨日町で買って来ました。そうだ、マリサさん、サーシャに会ったら宿直室の鍵を借りれるように言っておいて貰えますか?」
「分かりました。ところでこのパンを、今からここでお食べですか?」
彼女には、この埃だらけの部屋で食事をしようとする、彼の気が知れなかった。
「そのつもりですけど」
「使用人用の食堂で食べたらどうですか?」
「僕には賄いがないので、使えないでしょう?」
「そのようなことを言っていたら、飲み水はどうする気ですか?」
ローテンベルグは水道が引かれており、屋敷内にも水場が数か所あることを確認済みだったので、適当に水差しにでも入れて来るつもりであることを告げた。
すると彼女は困ったような呆れたような表情になり、
「リオンさん、食堂へ行きましょう。食事は出されないでしょうが、飲み水くらい飲んでも、誰も咎めませんよ」
それはそうかもしれないが、単純にキーンと接触する機会はできるだけ減らしたかったリオンは、丁重にお断りをした。
「飲み水は何とかしますから。マリサさんこそ、お仕事に戻らなくて大丈夫ですか?」
「そうですね、そろそろ戻ります。今日はサーシャ様がお出掛けですので、この後は、屋敷内の掃除をやることになっていますが―――少し待っててください」
そう言うと彼女は、部屋を足早に出て行った。
彼は一人になり、自分が寝起きのまま彼女の相手をしていたことに気付き、慌てて髪や衣服の身繕いをした。
それから暫くしても彼女は戻って来なかった。
結局、彼女は何をしようとしていたのだろうと考えながら、空腹感を憶えたのでパンを齧り始めた時、招かれざる客が扉をノックもせずに入って来た。
「まったく、部外者は気楽で結構だな。今頃、優雅に朝食か? それとも、我々使用人如きとは、御身分が違うということか?」
「キーンさん・・・・・・」
せっかくのパンが急に不味くなった気がした。
「その上、侍女に水を汲みにいかせるとは、お前は本当に何様のつもりだ?」
「侍女に水を?」
「そうだ、サーシャ様は外出しているのに、水差しを持つマリサが食堂にいたので聞いたところ、お前の所へ持って行くと言うではないか。お前、水差しも自分では取りに行かなくていい御身分なのか?」
リオンは、マリサが勝手に取りに行ったと言おうとしたが、それでは彼女の好意を仇で返すことになると考えた。
「すみません、食堂は使えないとキーンさんからお聞きしていたので、マリサさんに食堂以外の水場を教えて頂いたのですが、まだよくわからない場所なので困っていたら、今回だけは特別に持って来て頂けるとのことでしたので、ご好意に甘えてお願いしました」




