01-12 救いの手
夜の森に、青白い光が瞬いた。
次の瞬間、ルシアとナイトの姿が野営地から消える。
そして、二人が現れたのは、深い森の一角だった。
「……っ!」
ルシアは思わずナイトを抱きしめる腕に力を込めた。
先ほどまで聞こえていた冒険者たちの声も、焚き火の爆ぜる音も、ここにはない。
代わりに響いてきたのは、魔物の咆哮と、金属が激しくぶつかり合う音だった。
「師匠、あれ……!」
ルシアが指さした先。
木々の間に、複数の影が動いていた。
その中心で、一人の少女が剣を振るっている。
年齢は十四、五歳ほどだろうか。
動きやすさを重視した服装の上から、胸元や腕などの急所を守る軽い防具を身につけていた。
冒険者にも見える格好だったが、その装備や剣の扱いには、どこか騎士を思わせるものがあった。
しかし、今はその姿も見る影がない。
衣服はあちこちが裂け、身体には無数の傷が刻まれている。
肩で息をしながらも、少女は剣を構え続けていた。
その背後には、大きな木の幹に背を預けた、もう一人の少女がいる。
年齢はルシアと同じくらいだろうか。
淡い金色の髪は乱れ、顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
身につけているのは、旅や移動に適した動きやすい服装だ。
衣服は泥や枝葉で汚れ、長い距離を逃げてきたことがうかがえた。
少女は苦しそうに息をしながら、両手を前へ伸ばしていた。
「……お願い、もう少しだけ……!」
その手から、柔らかな金色の光が生まれる。
光は前方で戦う少女を包み込み、身体に刻まれた傷を少しずつ塞いでいった。
だが、治ったそばから新たな傷が増えていく。
「姫様! もう魔法を使わないでください!」
剣を握る少女が叫ぶ。
「ですが、あなたが……!」
「私は大丈夫です! どうか、ご自身のことを!」
そう言いながら、少女は迫ってきた魔物の爪を剣で弾いた。
その足取りは重い。
全身に傷を負い、肩で息をしている。
それでも、背後の少女の前から一歩も退こうとはしなかった。
周囲には、すでに二体の魔物が倒れていた。
ハイコボルトとブラックウルフ。
どちらもまだ新しい傷口から血を流している。
そして、残る三体が二人を取り囲んでいた。
ホブゴブリンが二体と、ブラックウルフが一体。
どれも身体のあちこちに異様な血管が浮かび上がり、目を赤く染めている。
先ほど野営地を襲った魔物と、同じ特徴だった。
ナイトは金色の瞳を細めた。
(……やっぱり、同じ連中か)
通常の魔物とは明らかに異なる、不安定な魔力。
身体能力も、本来の種族からは考えられないほど強化されている。
そして何より、傷を負っても痛みを感じている様子がない。
ナイトは二人へ視線を移した。
まず気になったのは、後方の少女が使っている魔法だった。
(……神聖魔法か)
普通の回復魔法とは異なる、独特な魔力の流れ。
ナイトはその正体を確かめるため、二人に【鑑定】を発動した。
そして、表示された情報に目を留める。
(……)
木に背を預けている少女は、隣国の王女だった。
しかも、神聖魔法の使い手。
もう一人の少女は、その護衛を務めているらしい。
護衛でありながら、身の回りの世話も担当しているようだった。
だが、ナイトが気になったのは、王女の出身国だった。
(……おいおい。嫌な名前が出てきたな)
その国名には、はっきりと覚えがあった。
かつて遊んでいたゲームにも、まったく同じ名前の国が存在していたのだ。
人間と魔物が争っていた当時、ナイトたち魔物側のプレイヤーを何度も苦しめた、厄介な国の一つだった。
特に厄介だったのは、その技術力だ。
あの国には、妙な研究を好む連中が集まっていた。
効率や成果のためなら、倫理も道徳も平然と無視する。
そんなプレイヤーたちが次々と奇妙な技術を生み出し、魔物側を苦しめていたのだ。
(……あの連中、ろくなことをしなかったからな)
ナイトは、周囲の魔物たちへ視線を戻した。
異様に発達した筋肉。
赤く染まった目。
そして、身体の内側で暴れる不安定な魔力。
(……まさかな)
ゲームで知っていた国と、今目の前にある国。
名前が同じだからといって、同一のものだとは限らない。
だが、これまで目にしてきたものにも、ゲームとの共通点は少なくなかった。
そして今、あの国の王女が、明らかに普通ではない魔物たちに追われている。
偶然にしては、少々気になる組み合わせだった。
(……こいつは、少し話を聞いてみたいな)
ナイトは二人を見つめた。
もちろん、助けること自体は最初から決めている。
ただ、二人の素性を知ったことで、事情を聞くまでは自分のもとで保護しておこうと考えたのだった。
そのとき。
「グルアアッ!」
正面のホブゴブリンが、棍棒を振り下ろした。
護衛の少女は剣で受け止める。
だが、疲労の蓄積した腕では、その重い一撃を完全には防ぎきれなかった。
「ぐっ……!」
身体が大きく沈む。
そして、左側の茂みから、ブラックウルフが飛び出した。
「……しまっ!」
気づいたときには、すでに遅かった。
鋭い牙が、少女の左腕を捉える。
ザシュッ!
「ああああっ!」
血飛沫が夜の闇へ散った。
少女の左腕が、肘より上から切断される。
剣を握っていた右手は辛うじて無事だったものの、激痛に膝が折れた。
「いやああっ!」
王女の悲鳴が、夜の森に響いた。
「そんな……! 今、治します!」
王女は震える手を護衛へ向けた。
その手から、淡い金色の光が生まれる。
しかし、光は弱々しく揺れるばかりで、失われた腕が戻る気配はなかった。
「お願い……治って……!」
「姫様! 私のことは構わず、お逃げください!」
護衛は残された右手で剣を握り直した。
左腕を失った痛みと大量の出血で、意識が遠のきそうになる。
それでも、王女の前から退くわけにはいかなかった。
「グルアアッ!」
ホブゴブリンが棍棒を振り下ろす。
「くっ……!」
護衛は片手で剣を掲げ、どうにかその一撃を受け止めた。
ガキィンッ!
重い衝撃が腕を伝い、膝が地面につく。
それでも、剣だけは手放さなかった。
「……まだ……!」
護衛は歯を食いしばり、棍棒を押し返す。
だが、もはや次の攻撃を防ぐ力は残っていなかった。
「やめて……!」
王女の声が震える。
「お願い……もう、誰も……!」
王女は再び両手を突き出した。
すでに魔力は底をついていた。
頭は割れるように痛み、視界もぼやけている。
それでも、目の前で護衛が傷ついていく姿を、黙って見ていることなどできなかった。
「……治ってくださいっ!」
その瞬間、金色の光が一際強く輝いた。
切断された腕の傷口に、わずかな変化が生まれる。
しかし、それも一瞬だった。
光が激しく揺らぎ、途切れる。
「……あ……」
王女の視界が暗くなった。
身体から力が抜け、伸ばしていた両手がだらりと落ちる。
「……ごめん……なさい……」
かすれた声を最後に、王女はその場に崩れ落ちた。
「姫様!」
護衛が振り返る。
しかし、その背後では、すでに魔物が次の攻撃を繰り出そうとしていた。
もはや防ぐ術はない。
そのとき。
パキンッ。
乾いた音が、森に響いた。
魔物たちの動きが止まる。
振り上げられた棍棒も、地面を蹴ろうとした脚も、そのままの姿勢で固まっていた。
そして、その身体を覆っているのは、透き通った氷だった。
「……え?」
護衛の少女が、呆然と声を漏らす。
先ほどまで自分たちを追い詰めていた魔物が、突然、氷像へと変わっていたのだ。
さらに。
ピシッ。
三体の首元に、細い亀裂が走る。
次の瞬間、凍りついた魔物たちの頭が、ゆっくりと滑り落ちた。
ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ。
鈍い音が三つ、静かな森に響いた。
残された胴体は、立ったまま凍りついている。
「……いったい、何が……」
護衛は周囲を見回した。
魔法を使った者の姿は見えない。
詠唱も聞こえなかった。
ただ、突然、魔物が凍りついた。
理解できない出来事だった。
だが、今はそれどころではない。
「……姫様!」
護衛は剣を支えに立ち上がり、倒れた王女のもとへ駆け寄ろうとした。
しかし、左腕を失った身体は思うように動かない。
「くっ……!」
膝が折れ、その場に崩れ落ちそうになる。
それでも、どうにか王女のそばまでたどり着いた。
「姫様……! しっかりしてください!」
護衛は残された右手で王女の肩に触れた。
呼びかけても返事はない。
だが、胸は小さく上下している。
息をしていることを確認し、護衛はわずかに安堵した。
「……よかった……」
しかし、安心した途端、全身から力が抜けそうになった。
失った左腕からは、今も血が流れ続けている。
視界が揺れた。
耳鳴りがする。
それでも、王女のそばを離れるわけにはいかなかった。
そのとき。
カサッ。
近くの茂みが、小さく揺れた。
「……っ!」
護衛が顔を上げる。
木々の間から、一人の少女が姿を現した。
銀色の髪をした、小柄な少女。
その腕には、一匹の黒猫が抱かれている。
「……あなたたち……は……」
護衛は掠れた声を漏らした。
少女は心配そうな表情で、こちらを見つめている。
だが、護衛には分からなかった。
こんな夜の森に、なぜ子供がいるのか。
なぜ魔物に襲われていないのか。
そして、先ほどの不可解な魔法と、何か関係があるのか。
護衛は王女を背後へ庇うように、身体を動かした。
残された右手で剣を握り直す。
しかし、もはや構えることすら難しかった。
それでも、目の前の少女と黒猫から視線を逸らさない。
「……近づか……ないで……」
ルシアが足を止めた。
「……あの、私たちは……」
《ルシア、待て》
ナイトの声が、ルシアの頭に響く。
ルシアは口を閉じた。
ナイトは護衛へ視線を向ける。
そして、今度は護衛の意識へ直接言葉を送った。
《そう警戒するな》
「……っ!?」
護衛の肩が跳ねた。
声が聞こえた。
だが、目の前の少女は口を動かしていない。
周囲にも、ほかの人影はない。
《殺すつもりなら、あの魔物どもと一緒に片付けている》
護衛は目を見開いた。
目の前の黒猫が、じっとこちらを見つめている。
まさか。
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、確かめる余裕などなかった。
《少なくとも、今のお前たちに危害を加えるつもりはない》
「……な……ぜ……」
護衛は何かを言おうとした。
だが、言葉にならない。
確かに、相手が敵ならば、魔物を倒す必要などなかっただろう。
自分たちが力尽きるのを待てばよかったはずだ。
それでも、目の前の少女と黒猫を信用できるかといえば、話は別だった。
守るべき相手がいる。
ここで簡単に警戒を解くわけにはいかなかった。
護衛は剣を握りしめる。
だが、指先から少しずつ感覚が失われていた。
視界が暗くなる。
膝が震え、身体を支えることさえ難しくなっていく。
それでも、護衛は王女の前に立とうとした。
「……姫……様……」
最後にそう呟き、護衛の身体が崩れ落ちた。
「……っ!」
ルシアが思わず駆け寄ろうとする。
《大丈夫だ。まだ生きている》
ナイトが静かに告げた。
《ただ、かなり血を失っているな。早めに処置しておくか》
「……お願いします、師匠」
《ああ》
ナイトはルシアの腕から軽く飛び降りた。
護衛のそばへ歩み寄る。
左腕の切断面からは、今も血が流れ続けていた。
ナイトはそこへ視線を向ける。
すると、淡い光が護衛の肩を包み込んだ。
流れ出ていた血が止まり、傷口が静かに塞がっていく。
「……あっ」
ルシアが小さく声を上げた。
先ほどまで激しく出血していた傷が、見る間に落ち着いていく。
ただし、失われた左腕は戻っていなかった。
「……師匠、腕は……?」
《そんなもの後からいくらでも治せる》
「えっ? じゃあ……」
《だが、聞きたいこともあるからな。今はこのままでいい》
ナイトは護衛の顔を見下ろした。
先ほどまで、意識を失いかけながらも王女を守ろうとしていた少女。
あの様子では、目を覚ましても簡単には警戒を解かないだろう。
何より、二人が置かれている状況について、まだ分からないことが多すぎた。
《まずは話を聞いてからだ。治療の続きはその後でも遅くない》
「……分かりました」
ルシアは少し気がかりそうに護衛を見つめたが、ナイトが治せると言うのであれば、ひとまず安心してよさそうだった。
左腕の切断面はすでに塞がり、出血も止まっている。
命に関わる状態ではなくなったものの、失った血液と消耗した体力がすぐに元通りになるわけではない。
しばらくは眠っていてもらうことになるだろう。
ナイトは次に、地面へ落ちていた護衛の左腕へ目を向けた。
切断された腕が、ふっと姿を消す。
ナイトのインベントリへ収納されたのだ。
後で治療する際に必要になるかはともかく、わざわざ放置しておく理由もない。
「……師匠、あの子は?」
ルシアが王女のそばに膝をついていた。
王女は目を閉じ、静かに呼吸をしている。
外傷らしい外傷はほとんどない。
しかし、顔色は悪く、身体もひどく疲れ切っているようだった。
ナイトは王女へ近づき、状態を確認した。
《こっちは魔力の枯渇だな。限界を超えて魔法を使おうとしたらしい》
「……大丈夫なんですか?」
《ああ。少し無茶をしすぎただけだ》
ナイトは王女にも治癒の魔法を施した。
乱れていた魔力の流れが整い、青白かった頬に少しずつ血色が戻っていく。
ただ、長い逃走と度重なる魔法の使用によって、身体は相当に疲弊していた。
十分な休息が必要だろう。
「……よかった」
ルシアはほっと胸を撫で下ろした。
ナイトはそんなルシアを見上げる。
《さて、二人ともこのまま森に置いておくわけにはいかないな》
「そうですね……」
ルシアは周囲を見回した。
森の中は暗く、遠くからは時折、獣の鳴き声が聞こえてくる。
先ほどの魔物たちは倒したものの、ここが安全になったわけではない。
「……野営地へ連れていきますか?」
《いや、それはやめておこう》
「えっ?」
《こいつらは俺が預かる》
ナイトは王女と護衛を交互に見た。
《少し気になることがあってな。目を覚ましたら話を聞いてみたい》
「……気になること、ですか?」
《ああ。さっきの妙な魔物についても、何か知っているかもしれない》
「……なるほど」
《それに、ガルドたちへ説明するのも面倒だ》
ルシアは思わず苦笑した。
「……師匠らしいです」
《褒め言葉として受け取っておこう》
ナイトは尻尾をひと振りした。
すると、二人の身体がふわりと浮かび上がる。
「わっ……!」
ルシアが驚いて目を丸くする。
王女と護衛は、まるで見えない何かに支えられているかのように、ゆっくりと宙へ浮かんでいた。
そのまま、二人の姿が消える。
「……師匠?」
《ん? ああ。異空間に移しただけだ。出会ったときに乗った馬車の中みたいな空間だな。ベッドに寝かせてあるから心配するな》
「あっ、あの馬車ですか!」
ルシアは納得したように頷いた。
初めてナイトと出会ったときに乗った、不思議な馬車。
外から見た大きさとは比べものにならないほど広い室内を、今でもよく覚えていた。
「それなら安心ですね」
《ああ。ただ、目を覚ましたときに誰もいないのは困るな》
ナイトは少し考えた。
(誰に任せておくか……)
適任者は何人か思い浮かんだが、結局、一人の女性に行き着いた。
ナイトは渋りながらも、その眷属へ念話を飛ばした。
眷属を召喚できると分かってなお、これまで連絡を取らずにいた、特別な女性に。
《あー、あ、んん。ナイトだ。城の客室に少女を二人寝かせてある。面倒を見といてくれ。しばらくしたら向かう。そのとき、ゆっくり話そう》
しばしの沈黙。
やがて返ってきたのは、ひどくよそよそしい声だった。
《……かしこまりました。お待ちしております》
言葉遣いはいつも通り丁寧だった。
しかし、その声には普段の柔らかさがまるでない。
まるで、こちらが何を言おうと知ったことではないとでも言いたげな、冷ややかな響きだった。
(……怒ってるな、これ)
ナイトは思わず耳を伏せた。
無理もない。
彼女の立場を考えれば、むしろこの程度で済んでいることを喜ぶべきかもしれなかった。
(……まあ、後でちゃんと話すか)
そう考え、ナイトは念話を終えた。
「……師匠?」
ルシアが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「どうかしたんですか?」
《いや、何でもない。二人の世話を頼んでおいた》
「そうなんですね!」
ルシアは安心したように微笑んだ。
「二人とも、早く元気になるといいですね」
《……ああ、そうだな》
ナイトは小さく頷いた。
先ほどの冷ややかな返事が、まだ少し気にかかっていた。
《さて、そろそろ戻るぞ》
「……あっ、そうでした!」
ルシアが慌てて顔を上げる。
「ガルドさんたち、心配してませんかね……?」
《大丈夫だろ。まだ大して時間は経ってない》
ナイトは周囲を見回した。
先ほどまで響いていた魔物の咆哮も、剣戟の音も、今は聞こえない。
凍りついた三体の魔物と、地面に倒れた二体の魔物。
それらだけが、この場所で激しい戦闘があったことを物語っていた。
ナイトは、先ほど【鑑定】で確認した国名を思い返した。
(……まったく、嫌な名前を見たもんだ)
かつて遊んでいたゲームに登場した、あの厄介な国。
妙な研究を好むプレイヤーたちが集まり、次々と奇妙な技術を生み出していた国だ。
今の国が、ゲームで知っていた国と同じものなのかは分からない。
だが、その国の名を持つ国の王女が、明らかに普通ではない魔物に追われていた。
どうにも気になる組み合わせだった。
(……まあ、目を覚ましたら聞いてみるか)
今は考えても仕方がない。
ナイトはルシアへ向き直った。
《ルシア、しっかり掴まってろ》
「はい!」
ルシアはナイトを抱き直し、胸元へしっかりと抱きしめた。
次の瞬間。
二人の姿が、夜の森から消えた。
◇ ◇ ◇
野営地の片隅。
土壁の陰に、二つの影が現れた。
「……戻ってきましたね」
《ああ》
ナイトはルシアの腕の中で、小さく欠伸をした。
周囲には、先ほどと変わらず冒険者たちの声が響いている。
負傷者の手当てをする者。
倒した魔物を確認する者。
今後の見張りについて話し合う者。
誰もが戦闘の後始末に追われていた。
ルシアとナイトがいなくなっていたことに、気づいた者はいないようだった。
「……よかった」
ルシアが小さく息を吐く。
《ほら、戻るぞ》
「はい!」
ルシアはナイトを抱き直し、レオンのいる方へ歩き始めた。
すると、少し離れた場所から声がかかった。
「おーい、ルシア!」
レオンだった。
「ナイトの世話、終わったのか?」
「はい!」
「そっか。こっちはもう落ち着いたみたいだぜ」
レオンはそう言って、入口の方を見た。
ガルドとヴァルクが、何やら話し合っている。
シオンは引き続き周囲を警戒し、エルフィナは土壁のそばで休んでいた。
「……大変でしたね」
「ああ。でも、みんな無事でよかったよな」
「……はい」
ルシアは静かに頷いた。
その腕の中で、ナイトは目を細める。
野営地の戦闘は終わった。
そして、森の奥で起きていたもう一つの戦いも、ひとまず決着がついた。
だが、ナイトの異空間には、今も二人の少女が眠っている。
彼女たちがなぜ追われていたのか。
あの狂乱した魔物たちと、どのような関係があるのか。
その答えは、まだ分からない。
そして、ナイトにはもう一つ、気がかりなことが増えていた。
(……さて、どう説明したものか)
先ほどの、ひどく冷たい返事。
久しぶりの再会は、どうやら一筋縄ではいかなさそうだった。




