別に怖くないしっ!
暗闇の中で俺の腕をつかんだのは、なんと梨奈だった。
俺が驚いて見つめていると、梨奈もこちらに気がついて目を丸くする。
「あ、冬樹さんじゃないですか!」
「お、おう」
偶然出会って気まずいので、俺が何か喋ろうとしたその時、
反対側で玲菜から叫び声が上がった。
「ああ!後ろに!後ろに!」
後ろを振り向くと、振り切ったかに思われたあの怪物が
物凄いスピードでこちらに迫ってきていた。
玲菜はそれを見てガタガタと震え、がっちりと俺の腕を抱きかかえている。
こいつ、意外と怖がりなんだな。
梨奈もぎゅっと俺の腕をつかんでいる。この子が怖がりなのはわかる気がした。
「とにかく、走るぞ!」
俺は二人にそう伝え、暗い通路を駆け抜けた。
途中には、空中から現れる生首などの様々なトラップが存在していた。
「きゃああああ!!」
「いやああああ!!」
梨奈と玲菜が同時に悲鳴を上げる。
そりゃそうだ。生首と目線が合うように作られてるから、俺でも怖い。
玲菜は本当に怖かったのか、目に涙を浮かべ俺に全力で抱きついてきた。
普段はクールなのに、今はビビリっぱなしだ。
「もうやだ!私帰る!」
「オイオイオイオイ」
「帰るっていったら帰るから!」
俺のそばで、大学生なのに駄々っ子のようにごねる玲菜。
涙目でこちらを心細そうに見上げてくるその姿を見ていると、
ちょっと可愛い……と思わないでもない。
これが「ギャップ萌え」ってやつか。
もともと顔はモデルが出来るんじゃないかってくらい美人だし、スタイルもいい。
腰まである艶やかな黒の長髪と相まって、外見は整っているのだ、この女。
ただ、いつもはその毒たっぷりの喋りと、絶対零度の無表情のせいで
その魅力も半減しているのだが、今日は違う。
お化けに怖がっていることで、毒を吐く暇がなくなっているのだ。
「冬樹!早く出ましょうよ!」
「わかったわかった」
今にも泣きそうな玲菜を、よしよしとなだめる。
だが口をへの字にした玲菜は、俺から一切離れようとしなかった。
心細そうにこちらを見上げたり、時折キョロキョロと周りを警戒している。
なんというか……父性本能がくすぐられるっていうのか?
普段のこいつを知っている俺は認めたくないが、かなり可愛い。
こういうのを、守ってやりたくなる可愛さっていうのかも知れないな。
「ふーゆーき!」
「はいはい」
玲菜が俺を急かすので、俺たちは再び薄暗い道を歩き始めた。
もう片方の梨奈は何も声を発さず、借りてきた猫のようにおとなしい。
……こっちも、怖がりなんだろうな。
後ろを振り返ると、さっきまで追ってきていた怪物はいなくなっていた。
俺は心の中で「お仕事ご苦労様です」と呟く。
「そういえば、冬樹さん」
「はい?」
俺が足を止めると、梨奈は不思議そうな顔でこちらを向いた。
「京香ちゃんは?」
「ああ……その事か。京香とは一緒に来てるんだが、はぐれてしまってな。
おそらくこの先にいると思うんだが……」
「なるほどですね」
梨奈はそう納得したように相槌を打つ。
疑問があった俺は、逆に梨奈に質問することにした。
「あのさ、梨奈」
「何でしょう?」
「梨奈はどうして一人でここに?」
俺がそう問いかけると、梨奈は恥ずかしそうにはにかんだ。
「いやあ……怖がりなのを直そうと、一人でお化け屋敷に入ったんですが……」
「なるほどな」
やっぱり怖くて、それで思わず近くに居た俺の腕をつかんじゃったって事か。
でも、怖がりなのを克服しようとするのはすごいな。
俺は梨奈を励まそうと、その肩を優しく叩いた。
「折角だし、一緒に遊園地ってのはどうだ?」
「え、いいんですか。うれしいです!」
こうして、俺たちの仲間に梨奈が加わった。
「早くここから出してよ冬樹ぃ!」
はいはい。




