85話 第三部・完
「いやー、目標まであとちょっとって所なのに、参ったなぁ。お前らの方が一枚上手だったかぁ、いやー参った参った」
私ことシラヌイは、杖を突きつけながら、ワイルに最大限の警戒を払っていた。
ワイルは降参宣言をしているけど、表情が全然焦っていない。この程度ピンチでもなんでもねぇやと言わんばかりに肩をすくめて、飄々とした態度を崩さなかった。
「これでも結構頑張ったんだけどなぁ。なんで俺の居場所が分かったんだ?」
「僕の気配察知だ。ちょっと裏技を使って魔導具の力を突破させてもらったよ」
「へぇ、そう。随分面白い技術だな、教えてくれよ」
「そんなの教えるわけがないでしょう」
炎を出して威嚇すると、ワイルは大げさに驚いた。
なんだろう、道化を演じているような気がする。目当てのお宝は目の前だってのに、全然悔しそうなそぶりもない。
まるで、私達をここへ集めるのが目的だと言わんばかりの表情だ。
「大人しく捕まるなら、手荒な真似はしない。だが抵抗すれば、命はないと思え」
「おー恐い恐い。そんな顔したら意中の彼に逃げられちまうぜ? ワード大臣って奴にな」
「なっ!? なぜそれを!?」
「俺の「サーチ」は心も読めるのさ」
いや嘘でしょ。こっちは世界樹でネタバレしてんのよ、だからそんなあからさまに狼狽えないでよラズリ……。
とりあえず、おふざけはここまでにしなくちゃ。我慢しきれず出てきた子も来ちゃったし。
「ワイル様、お久しぶりです」
「おっ、美女が来たから誰かと思えば、ラピスじゃん」
祈祷場からラピスが出てきて、上気した顔でワイルを見つめている。あんたねぇ、空気読みなさいよ、この状況で何乙女の顔してんのよ。
……世界樹の巫女姉妹のせいで、緊迫した場面なのにほっこりした空気が漂ってんだけど。何この状況。
「ああ……どれだけ、どれだけ貴方に会う事を希ったでしょうか……! 寝て見るのは貴方の夢ばかり、こうして出会えたことに、運命を感じえません」
いや昨日会ったばかりでしょうが、あんた眠ったの一晩だけでしょうが、何何年も待ちわびてました的な空気かもしてんの。
「はは、昨日会ったばかりなのに大層な熱烈だ。……視線熱すぎて背筋が寒いんだが、何この悪寒」
ほら、流石のワイルもちょっと困惑してんじゃない。つーか本当になんなのこのグダグダ感、話進まないんだけど。
「……ここは僕らで仕切ろう。ワイル・D・スワン、世界樹の涙窃盗容疑で逮捕する」
「よーやっと緊迫感が戻ってきたか。衛兵どもも来てるみたいだな」
ワイルは余裕を崩さず、迫ってくる衛兵を眺めていた。
状況は絶体絶命なのに、こいつはまだ切り札があるって言うの?
「言っておくが、祈祷場へ向かうのは無駄だぞ。居場所がはっきりしている今、ガラハッドの「ステルス」は機能しない。祈祷場への道に入れば、その瞬間世界樹が貴様を殺すだろう」
「巫女様が言うのならそうなんだろうなぁ。んー、そんじゃあ仕方ねぇや」
ワイルは耳をほじると、デフォルメした顔になり、
「じゃあ盗むのやーめた」
そう言って、「シャッフル」で衛兵と位置を入れ替え逃げてしまった。
「なんだって? ワイルが獲物を前に、逃げ出した?」
「ちょ、何なのよあいつ、目的は世界樹の涙じゃないの?」
とにかく捕まえなくちゃ。私達は急いでワイルを追いかけ始めた。
◇◇◇
「へいへいへーい! こっちだこっち、ほっほーう!」
ワイルは「シャッフル」を駆使して距離を離し、あっという間に外へ逃げてしまった。
入れ替わるだけってシンプルな能力なのに厄介だわ、どれだけ距離を詰めてもあっという間に離されちゃう。
「ハヌマーンの力で防げない?」
「無理だ、ハヌマーンは触れないと効果がない。距離を離されると無力化を使えないんだ」
「うー、やっぱり極端な能力ねっ」
覚醒したら、離れた場所の魔導具も無力化できるようになりなさいよ。
ワイルを追ってバルコニーに出ると、奴は軽い足どりでエルフ城を上り、そのまま「シャッフル」を駆使して世界樹を登っていく。石を投げては能力を使う、この繰り返しであっという間に世界樹の頂上へ消えてしまった。
「魔導具の力を熟知しているな、僕よりも遥かに熟練した使い手だ」
「感心している場合? 早く追いかけないと!」
「分かっている、ラズリ様」
「うむ」
ディックはラズリと頷きあうなり、私を抱き上げた。
驚く間もなく、二人は世界樹を駆け上がる。ラズリは素の脚力で、ディックは煌力で引力を発生させて、なんだけど……!
高い所恐いっ!!! 私高所恐怖症なのにぃ!
思わずディックに抱き着いてしまう。大地がぐんぐん後ろに流れて、小さくなっていく。
ダメ、下を見たら気絶しちゃう。目を閉じておこう。
「枝の中に入るよ!」
ディックの警告後、全身を枝が打ち据える。歯を食いしばって痛みに耐え、枝葉のエリアから抜けるのを待つ。
やがて抜け出し、目を開けると、日光がまぶしく突き刺さる。眼下に広がる雲海に足をすくませつつ、ワイルをにらんだ。
「いやー、いい天気だなぁ。こんだけ快晴だと気分よくないか? なぁ」
「世間話に付きあうつもりはないよ、ワイル。君の目的を教えて貰っていいか」
ハヌマーンを装備し、刀を突き付けて、ディックは問いただした。
「君の目的は、世界樹の涙じゃないのか? なんでいきなり盗みをやめた? 狙った獲物は逃がさない、ワイルらしからぬ行動だ」
「へぇ、俺のキャッチコピー知ってんの。嬉しいねぇ、もしかしてファンかな?」
「違う」
「あ、そ……」
ワイルはがっくりとへこんでしまった。
「私達世界樹の民を混乱させ、何が目的だ。同じエルフとして、貴様のような恥さらしがいると思うと虫唾が走るな」
「おいおい、そんな邪険に扱わないでくれよ。悪かったって、だってこうでもしないと、守れないもんがあるからさ」
「守れない物だと?」
「エルフの国、世界樹。俺がこうしなきゃ多分、今日で消えていたぜ」
……言っている意味が分からない。なんで世界樹の涙を奪おうとしたワイルが、エルフの国を救うの?
「怪盗ってのは嘘つきさ。嘘を吐かなきゃ、本当に奪いたい物を奪えないからな。自分の目的を達成するために、大勢をペテンにかけるのが、怪盗のテクニックだ」
「……回りくどいな、結論を言え」
「あいよ。俺が奪おうとしたのは、時間さ」
ワイルは両手を振り、芝居をするように語りだした。
「もうすぐここに、嵐がやってくる。入念に計画を練り、不要な破壊をもたらすでっかい嵐がな。俺が奪いたかったのは、その嵐の時間なんだよ」
「……嵐……」
ディックは顎に手を当てた。何か、気づいたの?
「俺が世界樹の涙を奪うと宣言すれば、当然エルフ軍総出で守ろうとするだろ? 世界樹の巫女様と、元勇者パーティの剣士様が戦ってくれたのはいい演出になったぜ。おかげで想定以上の体勢が整ったところだ」
「つまり、この厳戒態勢の事か?」
「その通り。俺が欲しかったのは、国を挙げての防衛体制だ。こうすりゃ少なくとも、嵐で無駄な被害が出る事はなくなるからな」
「さっきからよく分からないなぞかけばかりして……嵐とはなんだ! 一体この国に、何が起ころうとしている!」
「……! ドラゴン……」
急に、ディックが顔を上げた。
「……シラヌイ、魔王がどうしてエルフの国と同盟を組もうとしたか、覚えているかい」
「え? 戦力増強のためでしょう。人間が、ドラゴンと手を組もうとしているから……!」
点と点が、線でつながった気がした。
もし、人間とドラゴンの同盟が、予想より早く結ばれていたとしたら?
もし、人間とドラゴンが、エルフの国を襲う計画を立てていたとしたら?
もし、人間とドラゴンの作戦が……今日、決行されたとしたら?
「嵐の正体、わかったみたいだな」
ワイルは険しい顔になると、後ろを振り向いた。
「そろそろ来るぜ、でかい嵐が。エルフの国始まって以来、最大級の危機が。俺一人が喚いたところで、どうせ誰も信じやしねぇ。だから俺は、俺のやり方で世界樹を守ると決めた。俺という脅威で国を脅し、全戦力を無理やり引っ張り出す。卑怯なやり方で悪いな、後輩」
「後輩?」
「呆けてる場合じゃねぇ、戦う支度をしておきな」
「……嵐が来る」
ディックが駆け出した。急いで追いかけて目を凝らすと、空に黒い点が浮かんでくる。
……凄い数だ。多分、五百は来ていると思う。
人間を乗せたドラゴンが、まっすぐこっちに来ている。しかも、先頭に居るドラゴンに乗っているのは……!
「フェイス……! また、お前か……!」
ディックは刀を、力強く握りしめた。
◇◇◇
「あれがエルフの国か。近くで見ると成程、でかい木だな」
俺ことフェイスは、目を凝らしてエルフの国を眺めていた。
奇襲を仕掛けたはずなのに、エルフ城に大勢の兵士が群れている。街には人っ子一人見当たらねぇ、避難を済ませていたのか。
連中にばれないよう、綿密に計画したんだがな。どっから情報が漏れた? この女どもか? 振り向いて、ドラゴンにしがみついているパーティを見渡した。
「な、なんでしょう勇者様? 何か、ありましたか?」
「……いいや、なんでもない」
違うな、こいつらに俺に逆らう度胸はない。ちっ、エルフどもが戦闘準備を整えていたとなると、楽な仕事にはならなさそうだ。
『ばっはっは! どうやら、つまらん戦にはならないようだな、勇者よ!』
俺達の足元に居る、どでかい龍が話しかけてきた。
全長百メートルもの巨大なドラゴンだ。全身に無数の古傷を携え、動くたびに筋肉が激しく軋みを上げる。筋肉の密度が凄まじいかららしいが、耳障りでたまらねぇ。
『我らドラゴンは貴様を認めた、強き者の指示には喜んで従わせてもらうぞ』
「へっ、ドラゴンのプライドとやらは、随分と薄っぺらなようだな。……龍王ディアボロス」
俺が従えているのは、ドラゴンを束ねる、地上最強の生物。
世界で最も強いドラゴン、龍王ディアボロスだ。
「……そこに居るんだろ、ディック。分かるんだよ、なんとなくな」
俺がドラゴンを味方にしたように、お前はエルフを味方に付けたか。
お前らしいな。愛情を力に変えるってんなら、情の深いエルフとは相性ばっちりだろうしよ。
だがな、この世は結局、力が全てなんだ。
「いい構図だぜ。力その物の存在であるドラゴンと、愛情に満ちた存在であるエルフ。俺達が証明しあう命題に沿っているじゃねぇか」
人間がどうなろうが、魔王がどうしようが関係ない。俺はお前さえ……ディックさえ殺せればそれでいい。
俺がお前の生きる意味を否定したように、お前も俺の生きる意味を否定した。この討論を結論付けるには、どっちかが死ぬまで殺り合わなくちゃならねぇんだ。
「俺達の命の理由を賭けて……勝負だ、ディック」
俺は新たな剣を握りしめる。ディックが持つハヌマーンに対抗するべく手にした、竜の力。
龍王剣ディアボロス。こいつでディック、お前を殺してやる。




