第8話「神々の黄昏【ラグナロク】」
第8話目になります。この話も楽しんで頂ければと思っております。
第8話「神々の黄昏【ラグナロク】」
ウルズは、自分が選んだ者との密会を終えると、ため息を一つ吐いた。
先ほど、その少年にこの世界の片鱗を話し終えたばかりだった。
これで何度目なのだろうかと、一人呟いた。
神々の黄昏、それは、世界を壊滅に向かわせる神々の暇つぶしである。 そして、この異世界【ニルヴァーナ】は、神々の気まぐれで創り出された世界だった。神界で退屈していた神たちは、その暇を補うためにこの世界を創り、そして、最後には神々の黄昏
を引き起こして、あの世界を崩壊させた。そして、再び創り出し同じことを繰り返していた。
ウルズはそんな神々たちの暇つぶしに、見ていられず密かに女神の加護を授けて下界の人間を送り込み、その世界の神々の黄昏を防ごうとしていたが、全て失敗に終わっていた。それもこれもある一人の神のせいで妨害を食らっていたのだ。
ウルズは異世界【ニルヴァーナ】から、神界にある宮殿に帰るとそこでは一人の男神がウルズを待ち構えていた。
「性懲りもなく、未だに無駄な足掻ぎをしているのか?」
髪が紫色と白髪の長身細身の男神――ロキは、ウルズを見ずにそう問いかけた。ウルズもまた、ロキを見返すこともなく答える。
「私はあなたたちが行っていることは間違っていると考えています」
「だからと言って、下界からの少年一人で何が出来る?」
ロキは奇怪な刺青が施された顔を愉快そうに歪ませて笑う。
「あなたは精々笑っているといいわ。きっと、彼ならあの世界を救ってくれます」
「言ってくれる。言っておくが、俺が組織した暗黒騎士団を舐めるなよ」
「あなたこそ、彼を舐めないことね。彼は絶対にあの世界を救って見せるわ」
「はっ! 勝手に言ってろよ。お前がどんなに騒いだところで、絶対に俺の暗黒騎士団が敗れることはない。それに、お前がやっていることを他の神々達が知ったらどうなるんだろうな?」
ロキはそう吐き捨てると、そこから立ち去って行く。
ウルズはロキが完全に立ち去ったのを見ると、もう一度ため息を溢していた。
優人、どうか女神の加護があなたにあらんことを。
ウルズはそう願わずにはいられなかった。
ウルズと別れたロキの口元には、楽し気な笑みが浮かんでいた。それを見た他の神たちは、「ロキの奴がまた良からぬことを考えているぞ」と口々に口にしている。
はは、言ってくれんじゃねぇかあのバカ女神が! だったら、俺は俺であのガキで楽しませてもらうぞ! あのガキの実力も気になるしな。
ロキはさらに笑みを深くすると、自身が育て上げた騎士を一人、異世界【ニルヴァーナ】に向かわせた。
それはもちろん、優人が今過ごしている世界へと。そして、優人を殺しその世界も滅ぼすことを。
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『優人、この優人たちがいる一つ目の世界は後数日の内に滅びるわ』
女神と別れた俺の頭には、先ほど言われた女神の言葉が頭を付いて離れなかった。この世界が5つの世界からなっていると言う事にも驚きだが、さらに驚いたのが、数日中にこの世界が滅びてしまうと言う話だった。
俺は女神に滅びを止める方法はないのかと問い詰めたが、女神は首を横に振るだけだった。しかし、女神はある助言を俺に残して帰って行っていた。
『優人、災害を防ぎなさい。そうすれば救う方法が見つかるかもしれません」
災害を防げって、災害にも色々種類があるし、どうやって何の災害かも分からないものを防げって言うんだ? この時点で打てる手はなくないか。
だけど、このままだとアリスが、町のみんなが死んじまう。そんなことは絶対にあってはならないし、絶対に見殺しになんかにさせたくない!
俺はそう考えながら、家に向かい歩いていると気が付いた時には見慣れた家屋の前に立っていた。間違いなく俺とアリスが暮らしている家屋だった。
あれ? 俺っていつの間に帰って来ていたんだ?
それぐらい、考え事に没頭していたと言う事だろう。空を見てみるとさらに明るくなっていた。あれからかなりの時間が経ったことが分かる。
アリスの奴、怒ってなきゃ良いけど。
俺はそう思いながら、扉を開けて中に入った。そして、俺は固まる。だって、まさかアリスが裸でいるとは思わなかったからだ。慎ましいがしっかりと主張している胸とか、かわいらしいお尻とか、その中でも魅力的に映る太ももとか。何から何まで魅力的で俺はよそ見するのも忘れて、ただただアリスの綺麗な体に見惚れてしまう。
なので、俺はしばらくその場を動けなった。そして、俺に気が付いたアリスもその場で固まって動けないでいる。
数秒、俺とアリスは見つめ合う。そして、俺の視線に気が付いたアリスは、見る見るうちに、その白い肌を赤くしていき、両方の眦には涙が溜まっていく。
そして、アリスは冷たく言い放つのだった。
「ユートのエッチッ!」
俺はアリスに向かって誠心誠意の土下座をしていた。アリスはと言うと、ちゃんと服に着替えて今は椅子に座っていた。アリスは黒いミニ丈ワンピースに袖を通していた。
「それで、ユート反省していますか? 夫婦と言ってもいきなり裸を見るのはダメですよ」
自分よりも年下の少女に怒られると言う、何とも言えない状況が生まれていた。とは言ったものの、自分の奥さんなので何も言えないのだが。これが、惚れた弱みと言う奴なのか。
「ちょっと、ユート! ちゃんと聞いていますか!」
俺がくだらないことを考えていると、目の前からお叱りの言葉が飛んでくる。
「ああ、聞いてる、聞いてるよ。でも、どうしてアリスは裸だったんだ?」
「そっそれは! 服を忘れてしまったので取りに行ってたんです! でも、だからといっていきなり裸を見るのはいけませんよ」
「はい、本当に申し訳ありませんでした」
俺は再び全力で土下座した。理由はどうあれ見てしまったことは事実なので、俺には謝ることしか出来なかった。
「それで、ユートは何をそんなに考え込んでいたのですか?」
「えっ?」
俺は今聞かれた言葉に、思わず驚いて顔を上げアリスの顔をまじまじと見てしまう。どうして、彼女は俺が悩んでいたことを知っているのだろうと素直に思ってしまう。
「ふふふ、ユートがあんなことをする人じゃないってことは知っていますよ。それに、ユートの様子が少しおかしかったので。奥さんは夫の些細な変化にも気付いてあげるものですよ」
そう言って微笑むアリスの姿は、天使のようにも見えた。いや、天使か。
「ああ、アリス。実はアリスに話したいことがあって」
俺はそう言って立ち上がるが、長時間正座していたために、足が痺れ前のめりに倒れてしまう。
まずいと思った時にはもう遅く、俺の顔は何やら柔らかいものおかげで痛くしないで済んだのだが、その柔らかいものは妙にふにふにしていてとっても気持ちよかった。そして、その数秒後に俺はその正体に思い至る。すなわち、その柔らかい感触はアリスの胸であった。慎ましくもしっかりとその存在を主張していた。
そして、アリスは顔を真っ赤にして叫ぶのだった。
「ユートは変態です!」
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改めてアリスを落ち着かせてから、俺は先ほど考えていたことを正直にアリスに話した。家のルールでなるべく隠し事はなしで、2人で共有しようと言う約束になっているのだ。
最後まで静かに聞いていた。そして、俯いていた顔を上げた。
「ユートはそのせいで最近元気がなかったのですね」
アリスの言葉に、俺は再び驚いてしまう。アリスはそんな俺のことを見て、不服そうに頬を膨らませた。
「もう、ユートは奥さんを本当に何だと思っているのですか? ユートが元気がない事ぐらい分かっていましたよ。でも、ユートから話してくれるのを待っていたんです。無理やりでも聞いて、ユートが元気がなくなっても意味がありませんから」
そう言ってアリスは優しく微笑んだ。
ああ、この笑顔に俺は何回救われたのだろう。アリスがいなかったら、俺はとっくに野垂れ死んでいたことだろう。
「アリス、ありがとう。だけど、疑わないんだな」
自分でアリスに言っておいて、その自分が現実味がなくてスケールが大きすぎて全て理解しきれているわけじゃないのに、目の前の少女は疑うどころか、全然そんな素振りも見せず微笑んでくれている。
「私はユートを信じています。だから、私はユートのことを信じます」
「アリス……」
俺はこの少女を死んでも護り抜くことを、自分の中で誓った。
「それで、ユートはこれからどうするのですか?」
アリスは心配そうに、その薄桃色の瞳でこちらの瞳を見てくる。
「俺はこの世界の滅亡を阻止したい」
「ふふ、ユートならそう言うと思いました。だったら、奥さんである私の役割は一つですね」
アリスは、そう言って両手をグッと握った。
「私はユートのことを全力で支えます」
「本当に良いのか? 結構な危険が付きまとうかもしれないんだぞ。それに、俺としてはアリスには危険な目に合ってほしくないと思ってるんだけど」
「ユートはバカです。私だって出来ればユートには傷付いてほしくはありませんし、出来る事なら、ユートと静かにこうして幸せに暮らしていきたいと思ってます。ですが、ユートは【大宮殿】に行かないといけません。それに私だって生まれたこの世界を、私たちを温かく迎え入れてくれたこの町を黙って滅ばされるのを見ているのは嫌です」
アリスは今聞いた話を疑うこともなく理解して、そしてすぐさま自分の結論ややるべきことを出したのだ。
俺よりも年下のはずなのに、ものすごくアリスはしっかりとしていた。
俺は自分の情けなさやら、アリスに感心しているやらで、何も言えなくなってしまう。
アリスはアリスで、「それに」と呟いた後、俺の頬に両手を添えてキスをしてくる。
「私だってユートのことを護ります。絶対に絶対にです」
頬に添えられているアリスの小さな手に、俺は自分の手を重ね合わせた。
「ああ、俺もアリスにどんなことがあったとしても護ってみせる」
「頼りにしてますよ、あなた」
俺は頷きながら、自分の中でも決意を新たにする。
そうだ、俺はこの少女をどんなことがあっても護り抜くんだ。あの時誓ったように。
「それじゃあ、俺は町長の所に行くから、アリスは待っててくれ」
町長と聞いてアリスは嫌そうな顔をしたが、結局ついてくると言い張った。
う~ん、俺としては待っていて欲しかったところなんだけどな。
そう思いながら、俺はアリスと共に町長の家に向かうのだった。
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