第3話「アリス・バーリエル・続」
第3話目になります。よろしくお願いします。
第3話「アリス・バーリエル・続」
「ユート、私をとある場所に連れて行って下さい」
俺はアリスの言葉に固まってしまう。目の前の少女が何を言っているか分からなかったからだ。
どうして、俺のことを見ていたよなって質問をして、アリスがそのような言葉を口にしたのかが分からなかった。
しかし、彼女の薄桃色の瞳は強い意志が込められていた。
「ユート、私をとある場所に連れて行って下さい」
俺は戸惑いながら言葉を出した。
「えっと、それがどうして質問に繋がるのかが分からないんだけど」
俺が疑問に思っていることを口にすると、アリスはその質問に答えてくれる。
「実はそこの場所には強力なモンスターがいるらしんです。だから、腕の立つ剣士を探していたのです。それで、ユートのことをずっと観察していたのです。それで、今日はユートにこのことを頼もうと思ってあそこで待っていたのです」
なるほど、そう言う事だったのかと俺は一人納得する。
「それで、アリスはどうしてその場所に行きたいんだ?」
「えっと、理由は言えないんです」
理由は言えないか。どうして、理由は言えないのだろうか? と俺は疑問に思ってしまうが、目の前で困っている少女の姿を見て放っておけないと思ったのも事実だったりする。
「分かった、アリス。君は初めて会った時、見ず知らずの俺を助けてくれた。だから、そのお礼は返さなければいけないってずっと思ってた。だから、喜んでアリスの望む場所に俺は君を連れて行くよ」
「ユート、ありがとうございます」
アリスはそう言って再び優しく微笑むのだった。
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それから、アリスの希望ですぐさまその目的の場所に向かうことになり、俺とアリスは夜の森に繰り出した。
この街【パーナ】は4方面を豊かな森で囲まれているため、街から出て少し歩くと、すぐさま森に入ることになる。
この森は昼と夜とでは大きくその顔を変える。しかも、モンスターも日中で出るモンスター、夜間で出るモンスターと変わってくる。しかも、この暗闇では夜行性の特性を持つモンスターに軍配は上がる。だから、夜の森に入る場合は昼以上に注意が必要となる。
「アリス、夜の森は気を付けろよ。何があるか分からないからな」
「分かってます」
俺とアリスは手元にある明かりを頼りに、森の中を進んでいく。そのまま無言で森の中を進んでいく。
途中でモンスターの姿が見えるが、俺とアリスは上手く避けながらさらに奥に進んでいく。
しばらく歩いたところで、少し開けたところに出た。
「それでアリス。その目的の場所とやらは一体どこなんだ?」
俺は隣を歩いている銀髪の少女に問いかけるが、返事はいくら待っても帰ってこなかった。不思議に思い隣を見ると、そこにアリスの姿はなかった。
「アリス⁉」
いつの間にはぐれたんだ⁉ つうか、こんな夜の森を1人で歩くのはさすがに危険すぎる!
自分がもっとアリスの姿を見失わないように気を付けるべきだった! 俺はその後悔を今は頭の隅に押しやると、アリスを探すべく来た道を引き返そうとしたのだが、暗闇の中に怪しく光を反射する物体を見つける。そして、それは剣だった。俺がその正体に気が付いた時には、すでに間近に迫り俺に向かって振り下ろされそうになっていた。
俺は素早く剣を抜き放つと、その斬撃を真っ向から迎え撃った。
カキンッ! 静かだった森に金属がぶつかり合う音が響く。
「いきなり何しやがる!」
俺はいきなり斬りかかって来た奴に怒鳴るが、その相手は俺の言葉など無視するかのように、剣を力任せに振り下ろしてくる。
しばらくの間、お互いの力が拮抗していたため鍔迫り合いを強いられていたが、その謎の襲撃者が、剣を力任せに振り下ろしたことで、その拮抗は崩れ俺は地面を滑るように数メートル下がってしまう。
何とか足で踏ん張り斬り飛ばされるの防いだ形だ。
くそっ! こっちは早くアリスのことを探さなければいけないというのに!
俺は今一度、目の前に立っている襲撃者のことを見た。姿はフード付きのコートを被っているせいで良くは見えないが、かなり大柄な男だと言う事は分かった。そして、唯一の特徴はその手に握られている大きな両手剣だろう。
寄りにも寄ってグレートソードかよ。厄介だな。
しかも、その襲撃者は見た目や武器の重さに捉われずに、俊敏な動きでこっちを襲撃してきた。そのことから、この男はかなりのやり手だと言う事をうかがわせた。
ったく、こっちはまだこの世界に飛ばされて数日しか経ってないのに、どうして変な奴に好かれなければいけないのか。
俺は内心で毒づきながらも剣を構えいつでも迎撃できるようにしておく。とりあえず、こっちから無闇に突っ込むのは危険だろうと判断したためだった。
睨みあう時間が続いていたが、最初に動いたのは襲撃者の方だった。地を蹴り一気に俺との間合いを詰めて横薙ぎに剣を払ってくる。
俺はそれをバックステップで回避し、反撃にと片手剣を振り下ろす。が、男はそれを読んでいたかのように回避すると、その勢いを利用して俺の脇腹に回し蹴りを放ってくる。
「がっ……!」
腹から空気が抜けると同時に、俺は蹴り飛ばされ背中から木に激突した。
肺から空気が抜ける感じに陥るが、襲撃者が迫っていることに気が付き、俺はすぐさまその木から離れた。そして、俺の判断は正しく、俺がいた場所の木はコンマの差で斬り倒されていた。
俺は痛む体に鞭を打ち立ち上がると、再び襲撃者に対峙した。
強い。それも圧倒的に。しかも、完全に相手のペースに持っていかれてしまい中々反撃に移れずにいた。
襲撃者はゆっくりと歩き、こっちに近づいてくる。それはまるで出来るものなら、俺に攻撃を当ててみろとでも言うかのように。
舐めやがってッ!
俺は剣の柄を握り直すと、駆け出し跳躍。頭上からの斬り落としで襲撃者に攻撃を試みるのだが、襲撃者は月の光を遮るように片手で両手剣を構えると、俺の攻撃をそれで受けきってみせた。
嘘だろ! 片腕で防がれた……だと?
その襲撃者の腕力に俺は三度驚かされた。巨大な剣はその分の重量が伴うはずなのだが、この男はそれを片手で構えただけでなく、そのまま片手で攻撃を受けきっていた。これは誰それと出来ることではなかった。
「軽いな、攻撃も覚悟も」
襲撃者は口の中で何かを呟くと、剣を振りぬいた。その際に俺の剣は大きく弾かれそれは決定的な隙となってしまう。
襲撃者はがら空きになった腹に拳を叩き込んだ。あまりの威力に俺の意識は飛ぶ寸前まで持っていかれていた。そして、その後も襲撃者の容赦ない攻撃が俺を襲った。
「アリ……ス……」
その言葉を最後に俺の意識は途切れた。
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「アリスよ。良くやってくれた」
暗闇の中で今の死闘を見ていた男が、隣で同じく今の戦いを見ていた銀髪長髪の少女にそう声をかけた。
「いえ、これも任務の一環ですので」
男の言葉に銀髪長髪の少女――アリスは短くそう答えた。
「何も、そんなに謙虚になることなどないぞ」
男はアリスの頭を乱暴に撫でると、暗闇から出ていく。
アリスはその男の後ろに静かに付いていく。広間に出ると、そこには優人を襲った大柄の男と、全身に傷を負い意識を失っている優人の姿があった。
アリスは優人の惨状を見て小さく息を呑んだ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
アリスは心の中で必死に無惨な姿になっている優人に謝罪する。
アリスが優人に近付いたのには理由があった。それはいかにもカモになりそうな人間を誘い出して、この場に連れてくることだった。そして、それが優人だった。
その理由はこのアリスの隣に立つ男が原因だった。
「今日も実に呆気なかったな。そうは思わないかグライスよ」
「ええ、確かに骨も何もないと思いますね、ボス」
このボスと呼ばれた男――ジャルガンは、とある盗賊一味のボスを務める男だった。そして、この男の趣味は虐殺だった。弱い人間をこの場でグライスに半殺しにさせて、最後は自分でその命を絶つ。それがこの男の性格だった。
そして、アリスは自身の容姿を最大限に活用して、ここに人間を誘い出す役目を担っていた。
今日で何人目なのだろうと考えてしまう。
アリスが後悔の念で押し潰されそうになっていると、隣で剣を抜く音が聞こえてくる。
「さてと、今日はどうやってこのゴミの命を絶つことにしようか。まずは、目をくり抜いてからがいいか?」
ジャルガンは下衆な笑い声を上げると、優人の頭を持ち上げて目をくり抜こうと剣を優人の目に当てがった。
「待ってください!」
アリスはそんなジャルガンの姿を見て、思わず声を上げていた。慌てて口元を抑えるが、時すでに遅しだ。
「ああん! 何だよアリス! いくらお前でも俺の至高の時間を邪魔するのは許さねぇぞ!」
自分でもどうしてそんなことをしたかは分からないのだ。しかし、気が付いたらアリスは言葉を続けていた。
「その男にはまだ利用価値があると思います。だから、ここで殺さない方が良いと思うのです」
アリスは慎重に言葉を選びながら口にする。アリスの言葉にジャルガンは最初は不思議そうな顔をするが、興味深そうにこちらを探るような目を向けてくる。
「ほう、そこまで言うからには何か理由があるんだろうな?」
「そっそれは……」
アリスは少し考えた後、その理由を説明する。
「実を言うと、この男。私が最初に会った時はひよっこに見えたんです。モンスターと戦うとなると危なっかしくて見ていられないぐらいでした。しかし、今日の戦いを見て、完全敗北とはなりましたが、グライス様と少しの間刃を交えました。以前、ここに連れて来た者は瞬殺だったというのにです。と考えますと、この男には何かしら強くなる秘密があるのではないかと思ったのです。だから、その秘密が分かればジャルガン様もさらにお強くなれるのではと思ったのです」
アリスは喋りながら背中に冷や汗をかいていた。ここまでの話に嘘偽りはない。今話したことは、数日間優人の姿を見てきて思ったアリスの感想だった。最初は優人は剣を握ったこともない素人同然の動きをしていた。しかし、日が経つにつれてそれは素人と言えない位にまで一気に成長していたのだ。そこに何かしらの秘密がないと考えるなと言われる方が無理である。そして、何よりもアリスはこの少年に生きていて欲しいと強く思っていた。何故だかは分からなかった。しかし、この少年には死んで欲しくないとアリスは強く願っていた。
ジャルガンはしばらく考える素振りを見せると口を開く。
「グライス、そいつを背負え。アジトに戻るぞ」
「御意」
グライスはジャルガンの指示通り優人のことを肩に担いだ。
「それと、アリス。アジトに戻ったらそいつが逃げないように見張っておけ」
ジャルガンの言葉を聞いてアリスは、2人に気づかれないように安堵に息を吐いていた。
しかし、どうして、あんなことを言ってしまったのだろうか?
アリスはまだ気が付いていなかった。胸の中のとても小さな変化を。
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