破章 17 幸せをかみしめる事
土曜日の模試が終わった。
「ねぇ、これから僕の家に来てくれないか」
「何かあるのか?」
君の力は、現在進行形で消えている。あの日の出来事があってから使えなくなってきている。君はその事を気に留めないようで、『もともと無かった力だ。無くて当然だな』と言っている。
「模試も終わったし、みんなでパーティーでもやろうかと思うんだ」
「みんなって、二人でか?そんなものはパーティーとは言わないぞ」
「みんなはみんなだよ。凛ちゃんや、海人。春川さん。もう誘っておいたよ。後は君だけだ」
「ちょっと、私の妹にいつ、そんな話をしたんだ」
「別にいいじゃないか」
「あれほど、私の妹に欲情するなと言っていたのに!」
「そんなに大声で言う意味あった?」
ああ、折角払拭した僕のシスコン疑惑がまた浮上してくるじゃないか。しかも今度は他人の妹にまで手を出すって考えられるかも。
「過ぎた事は仕方ない。許そう」
被害者は僕じゃないの?
「で、パーティーには来てくれるの?」
「当たり前だ。彼氏の誘いを断る彼女はいないだろう?」
「じゃあ、今夜七時頃に来てくれ」
「分かった。それまで、楽しみに待っているよ」
僕は帰りに一人でスーパーに買い物に行った。今夜のパーティー用の食材だ。ちなみに僕がアイアスからもらった力は健在だ。少し力を込めれば今手にしているこのビンだって、粉々に出来るだろう。学校の体育の授業でだって、本気を出せばどんな競技でも勝ててしまうだろう。でも、それは僕の本当の力ではない。だから、この驚異的な身体能力はあくまで彼女を守る為だけに使う。そう決めている。
「みんなは何が食べたいかな」
色々な食材を手に取って考える。
「パスタがいいかな。じゃあ、他にもチキンとかを焼いて…」
みんなの喜ぶ顔が浮かぶ。絶対に『おいしい』って言わせてやる。
「よし、これも、これも、これも買おう」
これだけあれば、色々作れるな。僕も満足だ。
「お会計、六千七百円になります」
みんなの笑顔って、高いんだな。
商店街を通るとそろそろ日が傾いてきた。すれ違う人々の足は速くなってきた。僕も早く帰らないとな。
「会えると思ったんだけどな」
僕はアイアスを探していた。
「あいつには来てほしかったんだけど」
いつもいいタイミングで現れるから会えるかと思ったが、そうもいかないようだ。
「幸せになって下さいね」
「!?」
今、声が聞こえた。アイアスの声が聞こえた。
「アイアス?」
小さく尋ねた。
「いないのか?」
僕は笑顔になった。いても、いなくても関係ない。僕はただ、伝えるだけだ。
「今夜、パーティーするんだ。よかったら来てくれよ」
食材を多めに買ってよかったな。そう思いながら、僕は歩みを進める。
「でも、少し買いすぎたな」
両手に二袋づつ持っているので、かなりゆらゆらしながら、僕は歩く。
「ただいま」
「お帰り、おにぃ」
お約束になっているタックルをお腹に食らう。すごく痛い。すごく苦しいけど、驚異的な身体能力のおかげで、何とか耐えられるレベルになっている。ありがとう、アイアス。君の力が僕を守ってくれるよ。
「すみれ、知ってると思うけど…」
「知ってる。今日は友達がたくさん来るんでしょ?」
「頼むから、大人しくしててくれ」
「大人しくって?」
「例えば、いきなり僕に抱きついたり…」
「嫌だ。おにぃと離れるなんて嫌だよ」
僕に妹を説得するのは到底無理だったのかな。抱きつかれたまま荷物を持ってリビングに上がる。
「ねぇ、おにぃ。今日来る人は誰なの?」
「えーっと。春川さん海人と凛ちゃんと翠の四人だよ」
「ふーん、また私の知らない女の人が来るんだね」
「え?何か言ったか」
何か妹が言ったようだが、僕にはよく聞こえなかった。
「汗掻いたから、シャワー浴びてくる」
「分かった」
妙に潔いな。不気味なくらい簡単に手を放してくれたな。まぁ、深く考えない方がいいのかもしれない。
「少し、体つきが変わった気がする。前よりも筋肉がついたような」
僕は鏡の前で体をまじまじと見ていた。
ボディビルダーみたいにポージングをしてみた。
「やっぱり筋肉がついたな」
「おにぃ、かっこいい」
「何だ!」
今、鏡の端に妹が写った気がした。振り返ると誰もいない。気のせいか。
シャワーの蛇口をひねって、頭から温水を浴びる。汗が流れていくのが気持ちいい。すっきりする。
「おにぃ、お背中を流しましょうか?」
「嫌だ。出て行け」
僕は振り返らない。
「お願い、流させて」
「ダメだ。出て行け」
絶対に振り返らない。
「このまま流させてくれないなら、抱きつくよ?」
「わかった。今抱きつくのだけはやめてくれ」
此処はもう、諦めるしかない。
疲れるシャワーだった。まさか、こんな事をされるなんて、思っても見なかった。今日の妹は兄弟の一線を越えようとしているんじゃないか。
「料理の準備しなきゃ」
リビングに置いたままにしておいた食材を台所に持っていこうとした。すると、すでにそれは無かった。
「すみれ?すみれが持っていったのか?」
呼んでみると、台所から『はーい』と言う声がして、ぱたぱたとスリッパの音がした。
「おにぃ。これ、似合ってる?」
そこに居たのは、妹。着ていたのはエプロン。もう一度言う。着ていたのはエプロン。エプロンだけだった。つまり、裸エプロン(・・・・)だった。
「どうかな?どう思う?おにぃ?」
「やめろ、ストップだ。止まれ。その場でターンはやめろ」
そのエプロンは前しか隠れない。もし後ろを向いてみろ。
「見えちまうかも知れねぇだろうがぁぁぁ」
僕はそこにおいてあった妹の服を持って追いかけた。
「服を着ろぉぉ」
「もうちょっとだけ、お願い」
「おま、露出の気があったのか!?」
やっとの思いで、妹の肩をつかんだ。
「さぁ、服を着ろ」
僕はTシャツを突きつける。
キィと扉が開く音がした。
「どういう、状況だ?」
翠さん?
「えーっと、邪魔だったかな?」
春川さん?
「そこまでの変態さんだとは思って無かったよ」
凛ちゃん?
「流石にそこまで行くと、警察行きだろ」
海人?
「皆さん。お早いお着きで。何時から居たの?」
「今。ほんの今だよ」
「違うよ?これは僕がやったんじゃないよ?」
「みなさん」
妹が喋り始めた。ああ、それは間違いなく僕にとって不都合なものだろうな。
「私たち今、お楽しみ中なんです」
「「「「何をしてたんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」
「僕が聞きたいわぁぁ!」
ほとほと、妹にはド肝を抜かれる。
みんなには少しの間待ってもらって、僕は料理を作った。
「皆、お待たせ」
出来た料理を皆で食べる。みんなの笑顔が僕を喜ばせた。
「君にプレゼントがあるんだ」
「私にか?」
あらかじめ、リビングの棚に置いておいた袋を持ってくる。
「君の事を書いた物語を君に渡そうと思う」
「へー、完成したんだ」
「ああ。開けてみてくれないか?」
袋をあけ、中から取り出すと、それはきちんと本の形をしていた。
「タイトルは『僕が綴る物語』」
僕が語りで、君が主人公。僕と君の二人の物語。僕と君が刻まれた大切な本だ。




