破章 15 ヒーロー
「動ける」
立ち上がり、体を軽く動かしてみる。地面に向かって思いっきり足踏みをしてみると、コンクリートにヒビが入った。身体能力が軒並み上昇している。空でも飛べそうだ。
横ではアイアスが眠っている。少し血を吸いすぎたかもしれない。
目もよくなっていて、夜目が効く。君の姿を見つけるのは容易だった。
君はケルベロスの前足の下敷きになっていた。僕は地面を蹴り上げて、一気に加速する。
「その足どけろぉぉぉ!」
全速力のとび蹴りを横っ腹にぶち込む。ケルベロスはその勢いで数メートル吹っ飛んだ。僕は地面に横になっている君の傍に膝を着く。
「大丈夫か?」
「全然、大丈夫じゃない」
君は立ち上がり、よろけて僕の腕に倒れてくる。
「疲れた。ほんとに疲れた」
「じゃあ、ゆっくり休んでなよ。今度は僕が君を守ってみせる」
僕は君を抱き上げて(お姫様抱っこが出来るのはこれが最初で最後だろう)アイアスが眠っている場所に寝かせた。
「さぁ、来い犬っころ。僕には守らなきゃならない人が居るんだ。
人は守りたいものがあれば、その分だけ強くなれる。力を貸してくれたアイアスのためにも、君のためにも、負けられない!」
僕は腕がはち切れんばかりに力を込めてケルベロスに向けて拳を振り下ろす。しかしそれはひょいひょいとかわされ、僕の拳はただコンクリートを砕くばかりだった。基本的に、喧嘩くらいしかした事がない僕が、いくら単調な攻撃をしたところであたるわけが無い。
僕は単調な攻撃ばかりを繰り返し、悪戯に体力を消費した。対して、ケルベロスは僕と距離を保ったまま、攻撃しようとしない。僕の体力切れを待っているのか。犬のくせに賢いことを考える。
「私に、任せろ」
僕の後ろには君が立っていた。ふらふらと危なっかしい足取りでこちらに歩いてくる。
「何言ってるんだ。動いちゃいけない」
「そういっても、君が負ければ私達みんな死ぬんだ。黙っていられないよ。それに、私の力ならあいつの動きを先読みできる」
「無理だ。いくらなんでもあの速さで動くケルベロスを目でとらえるのは不可能だ。読心術は使えない」
「大丈夫」
君は僕の肩に手を置いて言う。
「読心術の力を全開で使う。そうすれば目でとらえなくてもこの場にいる全ての思考が読みとれる」
「でも、そんな事をしたら何が起こるか…」
「それも大丈夫。今起こっている『不幸』が力の代償でしょ?だったらこれが終われば力は消え始めるはず。多分」
「多分って。そんな曖昧な考えで君を危険にさらすわけには…」
君は黙って僕の目をじっと見つめた。君の目は、堅い決意が感じられた。
「分かったよ。その代わりに戦闘には参加しないでくれよ」
「うん、分かった」
そう言って僕は走り出し、ケルベロスの前で構えた。
「正面から来るよ。右の前足が振り下ろされる」
君の声を聞いて、僕はバックステップでかわし、振り下ろされた直後の前足に拳打を打ち込む。ケルベロスは上空に飛んで逃げる。
「君の前方五十メートル付近に着地する。着地した瞬間を狙って」
膝を曲げ、五十メートルを目指して跳躍する。空中で姿勢を整えて、着地したケルベロスの真ん中の首の眉間に蹴りをぶち込んだ。
「ライダーキック」
少し古臭いけど、威力は抜群だ。ケルベロスは悶絶し、息を荒げ始めた。
「次、右上空。その次後ろから」
「了解」
僕は君の声を聞き、正確にケルベロスの隙を突いていった。じわじわとケルベロスは弱っていき、ようやく、あと一撃と言うところまで追い詰めた。
「さぁ、犬っころ。そろそろお遊びもおしまいだ。けりをつけようか」
僕は拳を構えて、じりじりと距離を詰める。そこでケルベロスははじめての行動をした。
「消えた?」
突然、目の前から姿を消した。アイアスと同じ変身かとも思ったが地面に大きな焦げあとがあったことから、超速移動だとおもう。
「後方、三百メートル。私の後ろだ」
僕は全速力でその場所へ向かう。一、二。三百メートルを三秒か。
「陸上をやったら世界が取れそうだな」
「やめたほうがいい。そんな事をしたらトラックが壊れてしまうよ」
「それもそうだな」
僕は君の真後ろで体を止め、溜めを作る。そこに、遅れてケルベロスが姿を見せる。
「野犬は山に帰りなさい」
体の伸びを使ったハイキックをケルベロスの顔面に叩き込む。




