破章 12 身に余る不幸
こう言うのが幸せなんだな。隠しもせずに自分の思いを相手に伝えられるのはこの世で有数の幸せだ。
でも、幸せは唐突に壊されるものだ。誰かの悪意か、誰かの『不幸』によって壊されるものだ。
「犬…かな。あれは」
駐車場の奥、暗さと遠さがあいまって視認が難しいけど、確かに犬らしきものが見える。
僕が指を指すと君が存在に気が付いた。
「野犬が出てきたのかも知れないな」
駐車場のフェンスの向こうは野山が続いていて、周りには住宅もお店も何もないからこの辺では野犬が出る事もしばしばある。
何もせずに待っていると、じりじりと犬が距離を詰めてきた。目が赤い。やはり野犬だ。狂犬だ。咬まれでもしたら狂犬病にでもかかってしまう。
「二匹?いや、三匹いるのかな?」
赤い色が五つ六つ、暗闇の中で不気味なくらいはっきり見える。
「あれが本当に三匹ならありがたいのに」
君がそういったとき、僕は『不幸』を見た。おそらく、君は僕よりも早くそれに気付いたのだろう。君は言う。
「ただの犬に、首が三つも付いているか?」
これがマインドデビルから力を借りた代償なのか。『不幸』と言う代償。この国でケルベロスを見たという人は何人居ただろうか。ましてや、襲われたとなればどうだろうか。僕らはその、最初の人と成ったのかも知れない。
「ボディコンバートだな。僕みたいに、天界や人界、魔界を自分の体で行き来できるのなら必要ないけど、あのケルベロスみたいに、自分の体では世界を渡れないときはその世界の体を借りて、移動するんだ」
「アイアス!?」
たった今、アイアスがその姿を見せた。まるで初めからそこにいたように、僕ら二人の後ろに立っていた。
「やぁ、しばらくぶり。彼女といちゃいちゃやってるみたいだね」
「そうだ。私達は丁度今、幸せを確かめ合っていたのに。あれは何だ」
「うーん。とりあえずあれはケルベロスだよ。君達に分かり易く言うなら『不幸』の化身かな」
「本当にそうなのか?確かに『不幸』なんだろうが、それだけなのか?」
君は鋭い視線をアイアスに向けて言う。読心術は使えないはずだから鋭い勘が働いたという事か。
「すごいね。翠さんは。実はあの犬、僕を追ってきたんです。
魔界でいざこざが少しあって、僕、ケルベロスの尻尾を思いっきり踏んづけちゃったんだ。そしたらもう、怒って怒って。僕は人界に逃げてきたわけ」
アイアスは笑う。けらけらけらけらと笑う。僕はそれが妙に頭にきた。
「てめぇアイアス!逃げてきたのはいいとして、わざわざ何で此処に来たんだ。あんな犬っころにやられなくても僕がぼこってやるよ」
僕はアイアスの胸倉をつかむ。君はその手を横から止める。
「まぁ待ってみろ。折角アイアスと久々に会えたんだ。
他の誰にも手出しはさせない。私がこいつを殺してやる」
翠さん。怒ってる。すごく怒ってる。後ろに般若がみえそうだぁ。
「翠さん。勘弁して下さい。すみませんでした。とりあえず、その手を下ろして下さい。ガスバーナーなんて危なすぎです」
「一体どこから持ち出したんだそれ!?」
僕は驚愕の顔を浮かべて君を見る。
「女子のたしなみだ」
うそぉん。ガスバーナーを所持する事が女子のたしなみだというのか。僕はこれから女子を見るときの目が今まで変わってしまう。
「冗談だ。そこに落ちてたのを拾ったんだ。なんだか使えそうだったから…」
「間違っても人に向けて使っちゃいけないよ!?」
人じゃなくて天使なんだけどね。
あれ?アイアスが心なしか前と違う。以前あったときよりも少し肌が浅黒くなっている。
「とりあえず二人とも落ち着きましょう。ほら、ケルベロスもボディコンバートが終わったみたいですし」
アイアスから目を離し、犬の方を見る。が、そこには何もいない。
「上だ」
君の声に反応して、上空を見てみると確かにそこにいた。ただ、距離が分からないせいで、いまいち分からないが、何となくさっきよりも大きいような…。
「いけない。逃げて!」
君がそう言うのを聞いて、僕は君やアイアスが逃げた方向と同じ方向に逃げた。すると、さっきまでいた場所に、落ちてきた。
「でけぇ、トラックみたいだ」
落ちてきたのは間違いなくケルベロス。さっきの犬だ。だがそのサイズは常軌を逸した大きさだった。トラック大。地面にもそれ相応の凹みが出来ていた。
「ボディコンバートって言うのは、その世界の生物の体を借りて、自分をその世界に移動させる技術です。もちろん、その時にその世界にあったサイズになるなんて事はありません。自分本来の大きさのまま移動できるんです。けっこうすごいでしょ」
黒い毛並みに赤く血走ったような目が全部で六つ。鋭い牙を持った顎が三つ。トラック大の大きさのそれは、まさに化物に相応しかった。
「アイアス。やっぱり僕の意見は変わらない。むしろさっきよりも強くなったくらいだ。
何で此処に来た」
幸せ真っ盛りの僕にデッドエンドフラグが立ったではないか。




