破章 09 曖昧で明確な公開処刑
「うわ、一体何があったんだ」
学校に着いた(連れて来られた)僕は、死霊のような足取りで、ようやく教室にたどり着いていた。
「よう、海人。こんばんは?」
自分でも分かっている。頭が絶対的に可笑しくなっている。それでも自分では治しようが無かった。
彼の名前は本田海人。サッカー部のエース的な存在で、美形。でも彼女は居ないし、モテる事も無い。なぜなら。
「おい、そこの女子。今俺の事を可愛い、とか言っていただろう。死にたいのか?ああ?コラ」
可愛いと言った相手には、女子相手でも殺意むき出しだから。
「海人。まだそんなことを言っているのか。仕方ないだろ?可愛いのは事実なんだから」
「死ね」
二本の指が僕の眼球を優しく押しつぶす。
「うぎゃあああぁぁぁ」
悲鳴がこだまする。おかげで僕の頭が少し元に戻った。
「この怪力バカ。失明したらどうすんだ」
「お前が変な事を言うからだろうが。死ね」
素早いハイキックが来る。僕はそれをギリギリのところでかわす。サッカー部であるこいつの蹴りをかわせなければ、それすなわち、死を意味する。
「堕ちろ」
蹴りをかわした僕の背後に素早く移動して、チョークスリーパーを掛けてくる。やばいやばい、目がマジだって。何その虫けらを見るような目は。死んで当たり前な目をしないでくれ。ああ、も…、無理…。
「本田君。やめて」
堕ちる、と言うか死ぬ直前に(マジで)春川さんの声に救われた。
「た、助かった」
「ち、命拾いしたな」
今の日本で、その言葉を言う奴はお前一人だよ。きっと。
「大丈夫?首を見せて。…痕が残っちゃってるね。妹さんが見たら大変なことになるかも」
「そうだ…ね?」
今。春川さんの口から、不可解な言葉の羅列が聞こえたような。イ、モウトさん?イモウ、トさん?イモウトさん?妹、妹さん?
「春川さん。昨日、夜の七時半あたりでメールか電話かした?」
「うん。メールを翠さんとしたけど」
今の今まで首を絞められていたことなど忘れて、僕は頭をフル活動させて、真実を導き出そうとしていた。
「春川さん…、僕の妹の名前は?」
「すみれちゃんでしょ?」
「有木みどりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
僕は全力で叫んだ。喉が痛かろうが、息が辛かろうが関係ない。
「何だ?シスコン」
たった一言で、僕の戦意、及び自尊心は消え去ってしまった。みんなの僕の印象と共に。
「どうした、シスコン。何かあるのか?シスコン。シスコン、シスコン。シスコンシスコンシスコンシスコンシスコンシスコンシスコンシスコンシスコンシスコンシスコン。シスコン」
「止めてくぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
何これ?何なのこれ。わざわざ、クラスのみんながいる前でこんな事しなくてもいいだろ?ひどすぎだろう、これ。
「言いたいことがあるなら、言ってみろ。シスコン」
「いえ、何もありません」
惨めになった僕は、ゆらりゆらゆらと、自分の席に着いた。皆の視線が痛い。後で何とか誤解を解かないと。
「おら、全員席に着け。ホームルーム始めるぞ。今日の連絡事項、特になし。はい、終わり。ああ、そうだ。えーと。そこのお前だ」
「僕ですか?」
担任の安川先生に名指しされた。とにかく、早く終わらせたがるこの先生が僕に何の用だろう。
「今朝、妹さんが忘れ物を届けに来てくれたぞ。後で、職員室に来い」
もう、誤解もくそも無いな。ほとんど、クラス全員の共通真実になったようだ。
忘れ物を取りに行くと、それは弁当箱だった。おかしいな。確か、今朝にちゃんと入れたはずだったのに。僕が自分で作って、持ってきたはずなのに、心なしか今朝に僕が包んだ弁当とはどこか違う気がする。僕の鞄から抜取った訳じゃないよな。
僕は、真相を確かめる為に弁当を持ったまま、男子トイレの個室に入った。包みを開け、弁当の蓋をとると、まず、ご飯の上に桜でんぶで『妹LOVE』とハートに囲まれてあった。もう、それ以上は、見たくなかった。
「よう、シスコン。おかえり」
「黙れ、そこの可愛い奴。
待て、それは止めろ。それだけは」
海人は容赦なく、僕の持っていた袋を取り上げて、一瞬であけた。
「んん?何だ?これは」
ご飯はすでにぐちゃぐちゃに掻き混ぜてあった。よかった。万が一と思って、文字を消しておいたのが幸をそうしたようだ。
「てめぇ、見られる前にごまかしたな」
「さて、何のことかな」
「とぼけるな。これは何か、消した跡だろう。…、これは…」
ふん、もう痕跡は無いさ。そんな、見え透いた罠に引っかかるものか。
「手紙が…、『おにぃ、大好き。愛してる。』って、…冗談だろ?」
冗談でしょう?
海人の手から弁当を取り上げて、僕も確認する。
バチーン。
顔が痛い。現実か…。
「海人、殺してくれ」
これまでに無いくらいに、死にたいと思った。と言うか、皆の視線だけで死ねるかと思った。




