序章 02 ただの悪口
実は君の噂は僕がこの高校に来たときから聞いていた。『緑の悪魔』そう君は呼ばれていたらしい。
根も葉も無い噂は存在しない。どこかで必ず、根[真実]がある。根[真実]があるから葉[噂]がある。噂の一つに、中学時代の君がこの町にある地蔵や狛犬を片っ端から壊して回ったというのがある。古臭い町並みが残るこの町には少し山道に入ると、廃墟になった神社や道の脇には地蔵がある。それをあらかた壊したというのだから、相当な数だろう。他にもたくさん、どうして一人の人間に此処まで噂が立つのか不思議なほどにたくさん噂があるのだ。しかし今の君を見ると、そんな噂が立つような人には微塵も思えない。果たして、猫を被っているのは今か、昔か。
「どちらかといえば、今なのかな」
「え?もしかして今の声、だだ漏れだった?」
僕らは教室を出て、廊下の端にある螺旋階段を目指していた。
「そんな事は無いよ。ほら、折角私が協力しているんだ。メモでも取ったらどうだ」
君はニヤリと笑ってみせる。僕は一つの懸念が引っかかってしょうが無かった。
「もちろん、メモは取っているよ。でもちょっと質問があるんだ」
「私が超能力者かどうかって事かな?」
「僕の心を先読みしただとぉ!?じゃあ君は本当に超…」
「超能力者なんかじゃないぞ」
「違うのかよ!」
なんだか超絶恥ずかしくなってきた。
「ただ読唇術が使えるだけだよ」
「読唇術?僕は口は動かしてなかったはずだよ」
「ノンノン」
やけに機嫌がよくなったなぁ。最初は全然無愛想な感じだったのに。
「私は相手の目を見ることでその心が、考えている事がわかる」
「それって超能力者じゃん!」
目で考えている事が分かるなんてもう、超人だよ。世間一般の超能力者の定義に当てはまっちゃってるよ。
「何だ?私に恥を掻かせたいのか?君だって出来るくせに」
「いや、出来ないから。出来るわけ無いから。そんで唐突に話題を変えたな」
「私に恥を掻かせるというのは無理難題に挑戦するようなものだぞ」
あれー?僕の声が届いてないのかな?無視されている気がする。
「ちなみに私が最後に恥を掻いたのは二十六世紀前のことになる」
「君は仏陀と一緒に旅でもしてたのかよ!」
胸を張って腰に手を当てて、なんとも勝ち誇っているような姿の君には思いっきり突っ込んでやった。なんだか僕、これから突っ込みの技術を上げていかなきゃ、君と話していられない気がするよ。
「いきなり大声を出さないでくれよ」
「ああ、ごめん。あまりに雑なぼけだったから。つい…」
「雑とは言い草だな。もし、本当に前世の記憶でも持ち合わせていたら、超能力者と言ってもいいのではないか?」
「確かに、前世の記憶と言うのは超能力者としての一種のアイデンティティだ。僕はこの一瞬の間に二つの失敗を犯していたのか。つまり二重の失敗だ」
僕は頭を抱えて自分の失態を悔やんでみた。
「まぁ、結局は嘘だけどね」
「三重になってしまった!」
たった数メートル一緒に歩いただけで、僕は完全に君に手玉に取られているようだ。
僕はまじまじと君を観察してみる。なるほど、猫を被っているのは今、か。確かにそうかもしれない。あからさまにさっきの君とは別人だもの。猫を被っていたさっきよりも、今の君は数倍楽しそうな表情をしている。
「ちょっと、下品な目で私を見ないでくれる。この童貞が」
「おい、ちょっと待て。気を使ってピーとか言ってるけど、それ、隠れてないぞ。直せ直せ」
「仕方ないわね。欲求が多いこと」
「それは言い間違えなのか?わざとなのか?」
要求と言いたかったんだろう?そうだろう?
「はいはい。言い直すわよ。このピー(童貞)が」
「逆にしてほしいわけじゃない!と言うか、むしろ逆にした事で、音的に聞こえるから精神へのダメージ増だよ」
「何でそんなに怒るの?童貞なのは事実じゃない」
「もう、隠す気も何も無いな。堂々と言いやがって。そして僕のことを、童貞と決め付けるんじゃない」
あきれたように君はため息を着いて、僕の目をじっと見てくる。見つめてくる。何だろう、この心の中を見透かされている感じ。
「わかった。君は、童貞はおろか、ファーストキスもまだだろう。かなりのおくてだな。ふふふ、私の読唇術を甘く見たな」
恐っ!認めたくないけど、ホント認めたくなくないけど、その通りだ!読唇術すげー!
「と言うか、読心術だよな。読唇術じゃなくて」
「ちょっと!一体どこを見てるのよ」
「いきなり何言ってんの!?別段、おかしな事は何もしてないよ!」
「な!やめ…。そんな事して一体何になると…。ああっ!」
「誰か。ちょっと誰かー。この子止めて。この子、妄想モード入ってませんかー?」
「シーン五十一。童貞に襲われる私でした」
「プリーズミー説明!」
いきなり廊下の真ん中で演技?(妄想)を始めたかと思えば、傍から見ればまるで僕が君を襲っているかのように言葉を吐き出した。このワンシーンだけを誰かが見たとすれば、間違いなく僕はこの学校に居られなくなるだろうな。まぁ、居ないよな!もう皆帰ってるし。
果たして君は何の意味があって、僕にこんな仕打ちをするんだよ。今日初めて喋った相手にこんなにまで悪意を込めて話せるものなのか。そもそも君は大人しくて弱弱しい感じの人に思えていたのに、イメージとは全く真逆と一体何事だ。
「君は弱弱しい女子が好みなんだな」
「読心術!?」
僕には、何の隠し事も考え事も出来ないのか!まさか此処まで便利能力だとは思わなかったぞ。
「君の前ではプライバシーの権利すら消え失せると言うのか」
「え?君にプライバシーなんてものがあるの?」
「何その深刻な疑問顔。そんな表情しても僕が人間である限り、プライバシーは保護されるんだよ」
「ええっ?君、人間だったの?」
「疑問、そこっ!?」
此処まで十分が経った。君に話かけてから約十分が経過したのだが、ここに来て信じられない事実が飛び出してきたよ。この十分間、君は僕を人間と認識していなかった。流石に僕もそんな大前提を覆されるような反応をされるなんて思っても見なかったさ。そして君は心身疲労困憊な僕に追い討ちの一言を投げかけた。「君みたいな低脳でも国はヒトと認めてくれるんだね」と。
「もう、ひどすぎない!?しかも低能じゃなくて、低脳って完全に僕の頭だけを狙ってバカにしているし」
涙声もいいとこだった。
かつてこれほどまでに虐められた事があっただろうか。虐待だよ。生徒による生徒への生徒虐待だよ。この私立城西高校に居る皆さん、たった今此処で虐待が起こってますよ。
まだそこにさっきまで居た教室の扉が見えるよ。十メートルくらいしか歩いてないんじゃないか?たったその程度の距離、時間しか経っていないのか?君の存在は悪意で構成されているんじゃないか?
「よく分かったね。私の暴言は悪意九十五パーセント、恥じらい五パーセントで構成されているんだ」
大悪魔だ。ここに悪魔がいるぞ。まぁ、まだ恥じらいがあるから人間らしさが残っているのかな。
「ちなみに恥じらいは嘘。本当は無関心よ」
「真の悪魔じゃねーか!」
悪意九十五パーセントに無関心五パーセントの暴言はもはや人間のものじゃねえ。
「悪魔か…。妙なところで君は感がいいね。
少し、口が回りすぎたのかも知れない。もう、行こうか」
「う、うん。行こう」
何か思うところがあったのかも知れない。今の君は教室にいる君と同じだ。悲しそうな瞳。弱弱しい雰囲気。まるで闇でも抱えているかのようなイメージだ。
「さぁ、行こう。この廊下を進んで、螺旋階段を下って、夕日の残光が射す中庭を通って、正門を抜けて…、それからが、本当の私」
「本当の君?」
「誰だって仮面の一つや二つは持ってるでしょう?君に私の素顔を見せてあげる」
君が一体何を思っているのか分からないし、分かりたくなかったけど、でも、でもただ。ただただ、君が自分を偽っていた事が分かってしまった。