序章 03 ちょっとした哲学?
悪戯に長くなった君との会話は不意に終わり、僕らは学校をあとにした。
普通、学校を一緒に出た男女は並んで、寄り添うようにして行くイメージがあったのだが、今の僕と君を考えればそんなものはただの妄想、仮想のことだったと分かってしまう。君はずんずん歩く。僕の前を歩いていく。背筋の張ったそれは、モデル歩きとは違った綺麗な歩き方だったので、後ろから見ていることに不満は無いのだが、マイペースに歩く君とそれを追いかけるように歩く僕とでは、見えてくる立場関係が僕にとって居心地の悪いものである。
「君にとっての正義は何だ」振り返らずに君は聞く。
「正義とは、悪を倒して人々の平和を守るもの」
我ながらなんとも幼稚で小学生レベルの答えだろうか。
「小学生レベルだな」
鋭いなぁ!目を合わせては無いから読心術は使ってないだろうけど、それでも感の鋭さだけで十分、人の心を読めてるよ。
「まぁ、正義の敵が悪で、悪の敵が正義。そうとらえようか。じゃあ君は正義と悪、どちらの人間だ?」
僕は少し考える。そしてどちらでも無いと答えた。僕は正義とも悪ともかけ離れているように思えたからだ。
「多分、今の現代で路上アンケートでもしたら君と同じ答えがほとんどになるだろうな」
「警察や犯罪者以外の人なら皆そう答えるよ。本当の正義って言える人は少ないんじゃないかな」
君は、ふーんと相槌を打って、変わらずに歩き続けた。一定のペースで歩く君と追いかける僕がそこにいる。
「じゃあまず、君の間違いを正しておこうか」
君は踵を返して、文字通り僕の方に振り返って、哲学者みたいに言った。
「この世に悪、同じように正義も存在しない」
研究を重ねた科学者か哲学者の堂々たる発言。もしくは危ない宗教団体の勧誘の文句にも聞こえた。
「僕にはそうは思えないよ。確かにテレビで見るような空想のヒーローは存在しないけど、代わりに警察がいるじゃないか。悪だって、法で裁かれるような犯罪者がいる。そうだろう?」
「君の言うとおり、確かに世間一般から見ればそういえるかもしれない。しかしその世間も間違っている。
警察、犯罪者。その本質はどうだろうか。高みへと向かう野心を持ち、時には己の過ちすら隠蔽してしまうその手段を選ばないやり方。これが正義と言える?その逆も然りと言える。全ての犯罪者がみんな、ただ己の欲求を満たすためだけに罪を犯していると言えるのか。家族、仲間。誰かのためと言った者が本当の悪だと言える?」
誰かのためにあえて罪を被る。男なら誰もが一度は憧れるシチュエーションだ。
「でも、警察だって犯罪者だって、みんな人間だ。みんな人それぞれ…。そう言った人も居るだろう」
「そうだね。君の言うとおり。全くその通りだよ」
君は肩にかかった髪を払いのける。ふわりと宙を舞う、少し跳ね癖のある長い髪。少し、視線を持っていかれた。
「ただし、正確にはそういった人も居るではなく、そういった人しか居ない。これが真実だ」
「何だ、君は世界の真理でも語っているのか?」
「真理。確かに真理に聞こえるね。
つまり、人とは正義と悪の両面を持っている。言い換えれば、人は正義でも悪でもどちらでも無いということだ」
「つまるところ、どういうことだ?正義でも悪でもない、中途半端な人しか居ないって言いたいのか?」
「そうだね。君もさっき、自分は正義でも悪でもどちらでも無いって言ったじゃないか」
君は流石に頭が良い。僕の言った言葉を一字一句覚えているみたいだ。
「中国の古い思想家で性善説や性悪説を言ったもの達がいたね」
「ああ、孔子とかか…」
「人は生まれつき善であるというのが性善説でその逆が性悪説だ。私が言いたいのはこの二つの説は間違っているという事だ」
「その答えが、中途半端な人しか居ない…」
「中途半端と言うよりは、普通の人といったほうがいいな。正義でも悪でもない、普通の人。そして正義でも悪でもないこれは、この世に正義と悪が存在しないことの証明になる」
「一体どうして証明になるんだ」
「正義でも悪でもない普通の私達から見る、正義や悪とは何か。それは神様や天使のような善行しか行わないもの。悪魔や鬼のように悪行しか行わないものの事を言うのだと思う」
「なんとなくだけど、君の言いたいことが分かった気がする。つまりは、この世に悪魔や天使は居ないから、この世に正義や悪は存在しないといいたいんだろう」
「いいね。とっても冴えている。
君は最初に、正義は悪を倒して人々の平和を守るといったが、果たして悪を倒すことが出来るのは正義だけだと思う?」
「そうは思わないけど、正直分からないな」
「正直なのはいいことだけど無知であることは罪だよ。
私は思うのだ.正義以外にも悪を倒せるものが居るのではないかと。いや、この世では正義以外のものにしか悪は倒しえないと。
例えば、偽善」
君はそれを言った途端、再び歩き始めた。しばらくの間、僕らの間に会話は無く、ただ沈黙だけが続いていた。




