第二章
安曇野から遠く、百二十キロほど離れた、山梨県檜町の中心街から北小学校へ行く途中には、昼間でも薄ら淋しく、深い森に通ずる暗がりがあった。そこは昼夜を問わず人通りは皆無であって、仮にも通りたがる者は余程のもの好きと言えた。地元の人は、故意に近道を通らず、わざわざ遠回りをしたのである。それほどに恐れていたものがあった。何が怖かったのか。人々はこんな科学の進んだ世の中に、魑魅や、天狗や、妖怪の噂をして、慄いたりしていたのである。
そこは神之森という地名が付いていたが、町の人は誰もそう呼ばなかった。別の名前があった。勿体ぶらずに言うと、そこは「帰らずの森」と誰もが呼んで畏れている場所であった。
というのも、そこは現代に於いても神隠しの噂の絶えない場所であったからで、つい最近も、二年ほど前に、檜町立北小学校五年生の児童であった、篠村比呂くんが神之森の付近で遊んでいる姿を目撃されたのを最後に、行方不明になっている。大規模に懸命の捜索がされたが、比呂君は現在も見つかっていない。見つかったのは森の入口に無造作に置かれていた、ランドセルだけであった。ランドセルには不審な点はなく、物色された形跡も無かった。
近年の神隠しと言われているものは、某国政府が計画した拉致事件によるものと片が付いているが、神之森の失踪事件は、それとはまったく異質の、奇怪な出来事ばかりであった。というのは、過去に行方不明になっている人は、下は四歳の保育園児から、上は八十五歳の認知症のご老人まで、年齢の範囲が広いからである。どう考えても、言葉のおぼつかない、幼児や認知症のご老人など拉致したところで、某国には何のメリットもないはずである。
特に極め付きと言われているのは、平成の世になってしばらく後、九十年代半ばの頃のことである。それは観光客を乗せた大型バスが、バスごと消えてしまった事件であった。レスキュー隊員も含む延べ三千人の人員により、捜索に手を尽くしたが、結局何の手がかりも得られなかった。よって彼らは、未だに行方不明のままである。




