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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第9章 スコットランド動乱編・後編
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第117.5話 私のネコたん 


閑話。


 その日、女王に呼び出され、女王の私室に赴いたウォルシンガムは、奇妙な光景を目撃した。


 イングランド女王が床に張り付いて、棚の下の隙間に手を突っ込んでいるところを。


「何をされているのですか」


 目を丸くして――あくまでウォルシンガム比率で――問うと、その体勢のまま、女王が答えてくる。


「トイレの場所教えてたんだけど、フランシスが棚の下に入って出てこなくなっちゃったのー」


 ここに自分の名前が出てくるのが、未だにかなり抵抗がある。

 同じ名前なら山ほどいるが、由来が己だとはっきりしているところがミソだ。


 一旦諦めて身を起こした女王が、床に座り込んだまま不平を口にした。


「元気になった途端、元野良らしい警戒心発揮するんだから」


 今のところ、子猫に対する女王の過剰な愛情は空回りしているらしい。常に女王に対して空回りしているウサギがみたら嫉妬に狂いそうだ。


「もーフランシス! 出てきなさい」


 しかしへこたれない女王は、再び床に頭をつけて棚の下を覗き込んだ。他の誰にも見せられない姿だ。


「そこでおしっこしたら怒るからねー」

「…………」

「なんかおびき寄せるものないかしら?」


 ブツブツ呟きながら、作戦を変更したらしい女王がその場を離れた。女王のあられもない姿をハラハラしながら見守っていた侍女たちに「猫じゃらしない?」と聞きている。どうやら玩具で釣ることにしたらしい。


 侍女と一緒に隣の部屋に釣り餌を探しに行った女王を横目に、残されたウォルシンガムは、子猫がいると思しき棚の前でしゃがみ込んだ。


 棚の下を覗き込んでみると、確かに、奥の方に黒い毛玉が見える。


「……フランシス」


 上半身を起こして息をつき、しぶしぶ、その名前を呼ぶ。


「出てこい、陛下のご命令だ」


 ちょいちょい、と指先で招きながら命じる。


「忠実な臣下として、どれほど意に染まぬ命令でも従うのが寵臣だ。お前も陛下の寵を受けるなら、その責務を果たすのだな」


 説教が効いたとも思わないが、ウォルシンガムの手に導かれるように、おそるおそるといった様子で、棚の下から黒い毛玉が顔を出した。


「よしよし」


 指先で顎を撫でると、向こうからすりついてくる。


「あれ? 出てきた?」


 そこに、上等なシルクのリボンを握りしめた女王が戻ってくる。

 貧しい小作人一家なら軽く数ヶ月は養えそうなその代物で、猫をじゃらすつもりだろうか。


 だが、女王が声をかけた途端、半分身体を出しかけていた毛玉がぴゃっと奥へ引っ込んだ。


「えーっ。なんでウォルシンガムの方が懐かれてるのっ? 私猫受けには自信があるのにっずるいずるいウォルシンガムのくせにっ」

「そのようにおっしゃられても、猫の気まぐれなぞ私には理解出来ません」

「私向こうに行ってるから、もっかいおびき出して。ちゃんと捕まえてよね」


 憤りながらも一方的に命じると、部屋の反対方向へと歩き出し、カーテンの裏に隠れた。


 不満たらたらながらも、ここはウォルシンガムに任せることにしたらしい。


「……お前のせいで陛下の不興を買ったぞ。ちゃんとご機嫌を取れ寵臣」


 不貞腐れ、棚の下にいる相手に毒づく。

 

 だが、そう言いつつ、自分もついぞ彼女の機嫌を取ったことがないことを思い出す。

 

「……フランシスだからか」


 ロバートあたりに名付けておけば、べたべたに彼女になついたのかもしれない、とふと思ったが、それはそれで不快だったのでウォルシンガムはすぐ忘れることにした。


「陛下、捕まえましたが」


 再び棚の下から顔を出した毛玉を引きずり出し、カーテンの陰に隠れていた女王に引き渡す。


 女王が、とろけそうな笑顔で毛玉を受け取った。


「ありがと。よーしよしフランシスはかわいいわねー。肉球ぷにぷにー。うにゅー」


 でれでれな顔で黒い毛玉にすりついているが、毛玉の方は、小さな肉球をふにふにされて迷惑そうだ。


「陛下……やはり名前の変更をお考えになりませんか」

「えー? もうフランシスで定着しちゃったし。何かこの目つきの悪さもフランシスっぽくない?」

「余計に変更を希望します」

「むーり。フランシス~、あっちのフランシスが名前変えろってうるさいけど、フランシスはフランシスだからね~うちゅーっ」

「…………」


 このいたたまれなさに、なぜ気付かない。


 内心の葛藤を押し隠し、ウォルシンガムが不機嫌な顔で黙っていると、新たな訪問者があった。レスター伯だ。


「陛下! このロバート、愛しい人のお呼びに与り参上致しました……む。なんだクマ付きか」


 喜び勇んで訪れた男のテンションが、ウォルシンガムと目が合った途端一気に下がる。


「陛下、今回はどのような御用命で」


 なんだと言われる筋合いもないが、ウォルシンガムは無視して女王に要件を促した。


 胸に抱いた子猫にキスの雨を降らせながら、女王があっさり答える。


「ん? みんなに私のネコたん紹介しようと思って。新しい秘密枢密院の一員でーすって」

「……帰ってよろしいでしょうか」

「だめー」


 いつになく色ボケならぬ猫ボケしている主人に、立場上いくつかの暴言を呑み込み、辛抱強く伺いを立てるが、あっけらかんと却下される。


 無論、逆らう権利はない。


 そんな上機嫌な女王が抱きしめる生き物に、レスター伯が気付いた。


「なんですか陛下。その、さっきから、陛下の胸の谷間でぬくぬくとしている羨ましい毛玉は」

「毛玉じゃないもん。フランシスだもん。ねーフランシス」

「フランシス!? 激しく響きが気に入らないのですが、なぜそのような名前を?」


 この時点では、彼の脳裏には気に入らない男の顔が2つ浮かんでいたはずだが、とどめは女王が刺した。


「黒いからフランシス」


 言ってしまった。


「………ウォルシンガムゥ!」


 大袈裟によろめいたレスター伯に、急に胸倉を掴み上げられる。


「貴殿は! ついに使い魔まで放って、陛下の懐に潜り込むつもりかっ。文字通り懐に潜り込むつもりかぁっ」

「濡れ衣です。私は再三反対だと申し上げています」


 がくがく揺さぶられながら答えると、我関せずで子猫と戯れる女王の甘い声が聞こえた。


「ふ~らんしすぅ~。やーんっ、きゃわゆい食べちゃいたいっ」

「貴様ぁっ! 俺とてあんな甘い声で名前を呼ばれたことがないぞ!」

「猫に言って下さい。私だってありません」


 そうこうしているうちにハットンとセシルがやってきて、黒猫フランシスは、正式に秘密枢密院メンバーとして紹介された。






H25.11.20活動報告に、【おまけ小話】クマさんの頭の中をお見せします。4 を掲載しました。

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