第3話 自認吸血鬼の少女の物語
(死にぞこなった……のか?)
ぼんやりとした意識の中で、クロウはまずそう思った。
心臓を貫いたはずなのに、なぜか体が動く。いや、激痛は残っているが、再生能力が死を上回ってしまったらしい。
目を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
年は十四、五歳くらいだろうか。黒いゴスロリ風の服に身を包み、眼帯をつけ、手にはスマートフォンを握りしめている。彼女は真っ青な顔で、震える指で画面を操作しようとしていた。
「け、警察……それとも救急車!? 待って、こういう時ってどっちに――」
「……大丈夫だから、やめろ」
クロウは溜息混じりに声をかけ、胸に突き刺さったままの銀の短剣を、無造作に引き抜いた。ドロリと黒ずんだ血が溢れるが、傷口は見る間に塞がっていく。
少女は、スマートフォンの操作を止めたまま、文字通り「呆然」として固まった。
「あ……」
しまった、とクロウは後悔した。
死に損なったショックと朦朧とした意識のせいで、吸血鬼であることを隠すのを忘れていた。普通の人間なら、この光景を見れば狂い出すか逃げ出すかのどちらかだ。
(さて、どうやって誤魔化そうか。記憶を消すか、それとも……)
彼が言い訳を考えるより先に、少女が動いた。
彼女はガタガタと震えていた足を無理やり踏み締め、眼帯をしていない方の瞳をカッと見開くと、尊大な態度でクロウを指差した。
「め、目が覚めたようね……我が眷属よ!」
「……は?」
クロウは思わず間抜けな声を漏らした。
少女は顔を赤くしながらも、芝居がかった動作でマントの裾を翻した。
「死んでいた貴方を哀れに思った私が、闇の儀式によって貴方を眷属として甦らせたのよ! 感謝しなさい! この、吸血鬼の真祖たる『ルナ・エクリプス』に!」
(なんだ……? こいつ、何を言ってるんだ……?)
明らかにただの人間だ。それも、いわゆる「中二病」というやつだろう。
だが、その滑稽な振る舞いの端々に、言葉にできない既視感が宿っていた。
外見は似ても似つかない。リナはもっと落ち着いた大人の女だった。だが、この少女の瞳の奥にある「揺るぎない確信」と「人を食ったような輝き」は……。
クロウの心臓が、銀の刃で貫かれた時よりも激しく跳ねた。
「お嬢さん……」
「な、なによ。様をつけなさい、様を!」
「……君は、輪廻転生って信じるかい?」
少女は一瞬だけ素に戻ったような顔をし、毒気を抜かれたように眉を寄せた。
「な、なんなのよ急に。そんなオカルトじみた話、あるわけないでしょ。死んだら無に帰る。それが宇宙の摂理よ」
その台詞を聞いた瞬間、クロウの口角が自然と上がった。
少女が呆れたように吐き捨てたその言葉は、かつてクロウ自身がリナに投げつけた言葉と、全く同じだった。
記憶の底にある、琥珀色の夜の会話。
「オカルトって………吸血鬼の真相であらせられる『ルナ・エクリプス』様がそれを言うのかよ!!」
クロウは、堪えきれずに吹き出した。
「くっ……はははは! ははははは!!」
「ちょ、ちょっと! 何笑ってんのよ、不気味ね! 私の眷属になったのがそんなに嬉しいわけ!?」
少女は顔を真っ赤にして怒鳴っているが、クロウには分かる。
この魂の形、この言葉の応酬。
きっと間違いない。
クロウは立ち上がり、服についた埃を払った。胸の傷はもう完全に消えている。
消えかかっていた心に、新しい、強烈な「刺激」が流れ込んでくるのを感じた。
「ああ、嬉しいね。最高に嬉しいよ、お嬢様」
「そ、そう? まあ、分かればいいのよ。これからは私のためにしっかり働きなさいよね!」
腰に手を当てて威張る少女。
その背後で、夜明けの光が廃病院の窓から差し込み始めた。
「吸血鬼を眷属にするなんて、やっぱりメチ
ャクチャな話だな……」
クロウは優しく微笑み、彼女の隣に並んだ。
「これからの数百年、退屈せずに済みそうだ」
「ちょっと、今『数百年』って言った!? 私の人生、そんなに長くないんだけど!?」
「いいさ。君が何度生まれ変わっても、今度こそは俺が絶対に見つけてやるから。」
「……な、何をキザなことを。」
ぶつぶつと文句を言う少女の手を引きながら、クロウは歩き出した。
かつて愛した女の魂と、これから始まる新しい物語のために。
死ぬのは、もう少し先でいい。
心には、最高の『刺激』が満ちていた。
嘘つき鏡は異世界で英雄の夢をみる
https://ncode.syosetu.com/n8902ma/
この作品が気に入ったという方、こちらも読んでいただけたら幸いです。




