第38話 分け身の王女の壁になる〜4
リクは空を見上げる。突然に現れた無数の光、それはよく見ればすべて剣の形をしていた。
(栄生の妖術だろうか)
逆変化したかまいたちは、低い唸り声を上げるものの、金縛りにでもあったかのように動かなくなった。
(怯えている……のか?)
凶々しい目は光を失い、逆立っていた体毛が力なく雨に濡れている。まるで驚いた子猫がその場に固まってしまったようだった。
かまいたちの巨体が邪魔をして、リクの位置からは栄生が見えない。しかし何やら話し声が聞こえる。ひょっとすると栄生の言う“王国”から援軍が駆けつけたのかもしれない。だとすれば都合が良い。かまいたちは今、“剣の群れ”に釘付けだ。
リクは足元に倒れているモカを横抱きにすると、静かに距離をとる。
リクの胸元、うめくような声が漏れた。
(良かった。生きている)
戦いの最中、踏み潰されてしまうのではないかと気が気でなかったのだ。
「ランちゃん……」
うわ言のようにモカが呟いた。リクが視線を落とすと、瞑ったままの瞳から涙がひと筋、こぼれ落ちた。
(泣いて……いる)
リクは混乱した。ついさっきまで大きな鎌を振り回していた少女が腕の中で泣いている。栄生に腕を飛ばされ、殺されそうになった“かまいたち”が泣いているのだ。
意識のない涙は、なにか特別な意味があるように感じられた。
ラン。それがこのかまいたちの──緑色の髪の少年の──名前に違いない、とリクは思う。ふたりは兄妹なのだろうか? 歳はたいして変わらないように見える。
それにしても、栄生のキレ方は尋常じゃなかった。まったくこのふたりは何をしたんだ? 分からないことだらけだ。
とりあえず、ピンク頭の少女を安全な場所に避難させなくてはならない。たとえ栄生の敵であったとしても、このまま放っておくことはできない。また再びかまいたちが暴れ出すかもしれない。
(とりあえず参道脇の森に隠すとするか)
森に向けて歩き出そうとしたとき、リクは正面から歩いてくる人影に気がつく。皆一様に黒いマントを羽織り、フードを目深に被っている。
(栄生の仲間……だといいんだけど……)
この場所で“人”に会うということは、彼らもかまいたちに違いない。ただ纏っている雰囲気のようなものに、リクは大きな違和感を感じた。
「少年、ここで何をしている?」
声をかけてきたのは、ひとり先頭を歩いてきた男だった。
「私は東の森・妖術教導群第1教導隊、物部嘉だ。いま一度問う。我が国の煉界で何をしている?」
(東の森? やはり栄生と同じ国の……)
「俺は……』
リクの言葉はすぐにかき消される。
「た、隊長〜、こいつ人間の匂いがする。男は嫌だなぁ、男は嫌いだぁ。嫌い嫌い嫌い嫌い」
宇賀野矢はフードから顔を出すと、くんくんと鼻を突き出した。
「お前、キモいんだよっ」
華源が宇賀野矢の背中を容赦なく蹴飛ばす。
「その女は同族……ですね。うちの者じゃない。北の森? 気配で言えば……うーん……でも、なんか変な感じですね。薄いというか……」
顎に指をあて、四街が唸った。
「四街、薄いというのはどういうことだ?」
物部が尋ねた。
「上手く言えないんですけどね。なんと表現したら良いかな……生命感、存在感が希薄、そんな感じでしょうか」
「なるほど、生命感……か」
「すみません、この感じは初めてなので」
「いや、助かる。お前の能力は信頼してるからな。北の連中が妖体研究を進めているという情報もある。まあ、見逃すわけにもいかない。捕縛するぞ」
フードの奥、物部の瞳が冷たい光を帯びた。
「人間か……」
最初、リクは何をされたのか理解できなかった。何かが目の前を横切った気がしただけだ。次の瞬間、リクの視界は灰色の雨雲に覆われていた。
雨粒が額に当たる。
(ああ、よく降る雨だな。冬なのに冷たく感じないのは、ここが人の世界じゃないから……かな)
物部と名乗った男が見える。まるで汚物をみるような蔑んだ眼光が、一直線にリクを見下ろしていた。
リクは何かを話そうとするが、口の中に溜まった血が泡立つだけで言葉にならない。身体に力が入らない。
(何をされたのだろう……)
「へぇ〜、へぇ〜、へぇ〜! 人間って首だけになってもすぐ死なないんだ! 驚き驚き驚き驚き驚き」
深い闇が幕を降ろす刹那、リクは遠くで男の声を聞いた気がした。




