1-56 決着
当り前の事だけど、周りの騎士どもはその子にまだビビっていたのだが、私は涼やかに言ってのけた。
「チャック。お手」
彼は触手の一本を緩やかに伸ばし、私が優雅に差し出した手に、まるで王女様か何かに犬がお手をするかのように振る舞った。
この子は何の魔物なのかよくわからないのだが、何体ものヒューマノイドっぽい感じの体がくっついて円形になったような不思議な体躯に触手をたくさん付けている。
パッと見の形が、イソギンチャクのような印象があったのでそう名付けてみた。
名前は気に入ってくれたようで、彼は私の眷属となる事を受け入れてくれた。
一種の従魔契約である。
「どうよ!」
その私の、彼らからしてみればなんとも感想に困るような所業に、何故か味方の騎士達がガクリと頭を垂れた。
「はあ、聖女様が悪魔使いになってしまわれた……」
「なんですって~。
聞こえたわよ。
今言った奴、誰!?
前に出なさい」
そして、チャックは触手でそいつを素早く捕らえ、上に引っ張り上げた。
うん、この子って人の言う事もよく聞き分けるのねー。
賢い、賢い。
「わー、助けてー」
「サヤ、戯れはそのくらいで」
「はーい、まあこれくらいしたって、そのしぶとい第二王子様の心は折れないだろうけどね」
またしても、私の闇黒聖女っぽい感じの発言に騎士達がざわめいたようだが、今度は感想を口に出す愚は誰も犯さなかった。
とりあえず、私は掌を二回下へ振る軽いジェスチャーで騎士を下へ降ろすように指示したが、ちゃんとその指示には従ってくれた。
やだ、この子って滅茶苦茶に知能高いんじゃないの。
かなり高位の魔物なのねー。
チュールもそうなんだけどさ。
私達は全員が第二王子を見ていた。
さあ、もうお前に打つ手は残っていないぞとでも言うみたいに。
「ふ、俺を討つがいい、リュール。
みっともなく命乞いなどせん。
俺はアースデン・マースデン両国の思惑で誕生し、その両国からも見捨てられた人間だ。
それにしても、その聖女一人にやられてしまったようなものだな。
まったく忌々しい事この上ない」
だが、私はその潔い言葉の裏に何かがあるような気がした。
そしてリュールに忠告しようとしたその刹那、リュールは第二王子を瞬殺していた。
剣で心臓を貫いて。
楽に死なせるのは、せめてもの情けか。
いや、兄弟殺しの血の宿命を受けた己の心のためなのだろうか。
だが、リュールの様子が何かおかしい。
何故か、その第二王子の心臓に剣を突き立てたままの姿勢で動かない。
そして死んだはずの第二王子が体を震わせた。
「くふ、くふふふ、ふはははは。
聖女め、せめてお前の庇護者であるこいつだけは道連れにしてやるぞ。
俺はなあ、特殊なマースデンの秘術のおかげで、心臓を貫かれたとてすぐには死なぬよ。
まあ、さすがにこのまま生き延びるのは無理だがな。
こいつの事だ、殺す時は自分で無防備に近寄ってくると思っていたが、やはりな。
この甘ちゃんめが」
ええーー。聞いてないよー。
というか、あいつめ、リュールさんに一体何を。
そして、急にわなわなと震え出したリュールさんは、その場でグラリっと回転し、仰向けになって倒れ伏した。
少し血を流している。
もしかして毒でも受けた?
「副団長!」
「リュールさんっ⁉」
「おのれ、フランク王子。
副団長に何をした」
奴も、もうガクっと両膝を床に着いて口から血を垂らしていたが、血だけではなく、この世への捨て台詞を不気味笑いと共に遺していた。
「くくく、こいつは大陸東方の教団で用いる呪術アイテムでなあ。
魂を破壊する特殊な小剣だ。
こいつで傷を付けられた人間の魂は直に崩壊する。
もうそいつは終わりだ。
たとえ伝説のエリクサーを使おうと、お前の強力な回復魔法をどれほど使おうがな」
だが私は足掻いた。
そんなのは絶対にダメ!
イケメンは絶対に死なせないから~。
「エリクサー・エクスペリエンス、エクストラ・ヒール!
ああ、やっぱり駄目だ。どうしよう‼」
「ふわっはっはっは。
もうどうにもならんぞ。
魂をよみがえらせる秘術など、この世には存在せん」
だが、その時、私の中で何かが引っ掛かった。
魂……?
あ、ああっ、思い出したー。
馬鹿馬鹿馬鹿、小夜の大馬鹿ーっ。
忘れてた。アレを!
「ありがとう、フランク王子。
あなた、本当に最低の男だったけど、最後に一つだけいい事をしてくれたわ」
「何⁉」
「思い出させてくれてありがとう。
これが私の五個目の回復魔法、ソウル・リターン・エクスペリエンス。
これは失われた魂すら再生し、呼び戻す魔法。
あいにくと、秘術なんかじゃなくって、ただの回復魔法よ」
そして私はそれをリュールさんに向かって唱えた。
そして部屋中を神々しいほどの光が満ち満ちて、それが収まった時、彼はゆっくりと目を見開いた。
「ここはどこだ。私は一体……」
だが、周囲の騎士達の歓声とはまた別に、言葉を紡いだ者がいた。
「お、おのれっ、おのれ聖女め。
やはり貴様を先に殺しておくべきだった!」
だが、野郎の今までの狼藉の御礼に、わざと魔女風の悪っぽい感じで言ってやった。
「ほほほほほ。残念だったわねえ。
私はね、本当は別に聖女なんかじゃないのよ」
「なんだとっ⁉」
「冥土の土産に覚えておきなさい、悪辣な第二王子さん。
私の能力はこれよ。
私の名前は愛土小夜。
人呼んで、ミス・ドリトル。
それは私のユニークスキルの名でもあり、こういう能力なの。
本当は、ユニークスキルの副次性能で回復魔法習得能力がやたらと高いだけのエセ聖女なのよ」
そう言って私はチャックを手招きし、私の体を触手で持ち上げさせて、お立ち台に立つかの如くのポーズを取らせた。
そして腰に両手を当てて体を逸らした感じで高嗤った。
そして、私の頭の上で同じようなポーズを決めてみせるチュール。
その私の、誰が見てもむかつくほどの真っ黒なドヤ顔と、続けて今度は腕組みして奴を見下す感じに決めた思いっきり下衆いドヤポーズが、彼がこの世で視た最期の光景となった。
「く、おのれ、おのれ……たばかりおったか、この……」
そう言って、彼は目の光を失って首をがっくりと傾けて弟の枕元に崩れ落ちると、そのまま事切れた。




