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エピローグ

 犯人逮捕の見出しのついたニュースを、真幸はスマートフォンから眺めた。

 あの後。殺人と死体遺棄の容疑で男は逮捕された。逮捕の際に、男はほとんど抵抗をしなかった。代わりに、終始なにかに怯えていた。なにかを振り払うように、ずっと手を払い、足を振っていた。だけど、その体にはなにもない。ただ、首筋に奇妙な手形だけが残っていたという。

 真幸とあこは、父とともにさんざん事情聴取を受けた。思い出すと懐かしい気もするが、もう二度と経験したくはない。

 特に厄介だったのは、屋上に突如として現れ、警察が来る前に消えていった――――。

「真幸、なに見てるの」

 この男である。

 真幸の真隣から声が聞こえたのに、横を向いても誰もいない。だけど、まるで同じスマートフォンの画面を見ているような、気配だけが存在する。

 真幸はなにもない空間に向けてカメラを構え、ファインダーを覗き込んだ。

「あのときの事件の記事だ。大事になってるねえ」

 レンズには、他人事のようにそう言って、肩をすくめる男が映る。一見すれば温和で優しげな美青年。その実、なにを考えているかわからない、飄々とした男――優だ。

「大変な目に遭ったよね。無事でよかったよ」

「半分以上は優のせいだけどね」

 真幸は冷たく言い放つ。彼の存在が、真幸を路地裏の事件に巻き込ませ――その一方で、彼がいたからこそ、真幸は無事でいる。憎むにも憎み切れず、感謝をするのも癪で、どうにも態度がきつくなってしまう。

 それに、優がいったい何者か、真幸は父にいやになるほど問い詰められた。「まさか彼氏じゃないだろうな」とまで言われ、真幸はどうやって誤魔化したのか思い出せない。父にとっては得体の知れない優の正体よりも、真幸との関係の方がずっと気になるらしい。

「…………私は優に殺されるかと思ったけど」

「そんなこと、するわけないでしょう」

 優は心外そうに首を振る。それから、ちょっとだけいたずらっぽく、たっぷりの甘い笑顔で、真幸に笑いかけた。

「僕は真幸が好きなんだから」

「そういうのは、きれいな身になってから言ってよ」

「本当に、仲が良いのね」

 呆れ顔で優を突き放す真幸を、さらに呆れた顔で見ていたあこが言った。

 真幸たちがいるのは、あこの暮らす月宮神社だ。社務所ではなく境内で、真幸は優に会いに来ていた。

 優――のご神体は今、月宮神社の一角に納められている。人当たりの良い優のこと。他の神様と喧嘩することもなく、あこの祖父の反対に遭うこともなく、すんなり受け入れてもらえたのは幸いだった。

 優の体には、今はめいっぱいの『悪いもの』がある。きちんと浄化できるまでは、うかつに外を歩かせる方が怖いと、あこは言っていた。

 おかげで、真幸はたびたび、あこの元を訪れることになる。別に、優に会いに来ているわけではない。路地裏よりは写真写りの良い景色だし、ここでしばらく、良い景色でも撮っているのも、悪くはないと思ったからだ。

 父とは、和解したわけではない。あこは真幸への罪悪感から、まだ少しの距離がある。氷解することは、もしかしたら永遠にないのかもしれない。

 それでも真幸は、記憶が戻っても、あこと友達のままでいる。これまでのことを忘れて、元に戻ることはできないけれど――それも含めて、きっと新しい関係を築いていけるはずだ。

「優」

 真幸は優にカメラを向ける。

「もしもあのとき、私が『信じない』って言ったらどうなってたの?」

 優は虚をつかれたような顔で真幸を見た。その目を、そっと遠くに逸らす。

「……まあ、君『は』傷つけなかったよ」

「は」

 優は真幸と目を合わせない。じとりと優を見やりながら、真幸は同じカメラの中に映るあこに告げた。

「やっぱりこれ、『悪いもの』だよ。お祓いしないと!」

「誤解だよ!」

 必死で首を振る優に、あこが笑った。学校では見ないような屈託のない笑みだ。

 風が吹き抜け、静かな境内に落ち葉が舞う。空は青く鮮やかで――忘れられないほどに、美しかった。

 空を背景に、真幸は二人に照準を合わせる。それから、記憶に刻むように、カメラのシャッターを切った。


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