日々の暮らしの中で
円卓会議に出席してからは、アンジェロはローブと匿名をやめて、素顔で外出する様になった。もちろん、普通の冒険者のスタイルと同じで、魔剣も背負ったままにした。ただし、座る時には少し邪魔になってしまうが……。
しかし、アンジェロはどこへ行っても良く目立った。美しいだけではなく、徹底的に白で統一されたそのルックスは、人混みの中でもアンジェロがそこに居るという事が解りやすいからだ。
さらに、背負っている伝説の剣が嫌でも人目を引くので、アンジェロはどこでも注目の的だった。実際には魔剣の物珍しさもあるのだろうけど、単に見られているだけなら、アンジェロも別にどうと言う事は無いのである。
ただ、ある意味当然とも言えるが、アンジェロがキャラクターチェンジした事は、円卓会議で一応発表されているものの、信憑性が低い事としてあまり信じられていない。
つまり、アンジェロを女性として見た、ナンパやら何かしらの勧誘がたまにあるのである。直接のメッセージや念話、勝手なフレンド登録は拒否設定にしてあるので、アンジェロに直に声をかけなければいけない為、それ自体はかなり少ないのだが、ほとんどがどこかヘラヘラした(文字通りの)ナンパ男なので、アンジェロもうんざりしていた。
「全くもう、あたしに意味無く声かけたら魔剣で斬るよ……」
そうぼやく事もあったが、本当にやってしまえば大問題になるのでしなかった(もっとも、仮にやってしまったとしても、今のアキバではNPCの警備兵が来る事は無い)。
そういう事もあって、顔が売れてアキバに慣れるまでは、アンジェロは1日の半分程を1人で過ごす事が多かった。けれど、それはシロエと違ってデスクワークで引き篭もる事では無く、修行に出かける為であった。行き先は「ドゥヴァーチャーのバードランド」だ。主な目的は2つあり、まず1つ目は「口伝」を開眼させる事だ。
アンジェロのプレイヤー自体は、現実世界となったエルダー・テイルでの生活が長いが、アンジェロというキャラクターとしては、まだ日が浅かった。その為に、アンジェロとしての慣れも必要だったのだ。
このエリアはオープンフィールドダンジョンとも言うべき場所で、アキバから馬で約40分という立地もあり、移動が楽だった。出現するモンスターはレベル80台で、今のアンジェロには経験値が入らないが、パーティー対応エリアなのでソロで挑むにはなかなか忙しい。
ただし、普通ならばレベル90のキャラクターだと、レベル80のモンスターは一撃ではぎりぎり倒せない強さなのだが、魔剣の一撃に耐えられるザコ敵は居なかった。それでは修行にならないので、アンジェロはあえて攻撃をしないで、敵の攻撃を避けたり防御する事もした。時にはわざと攻撃を喰らう事で、色々と解る事もある。口伝を開眼する以外での、もう1つの目的がそれだ。
アンジェロは、以前シロエ達に言った様に、「魔剣・無敵の刃」以外は、目立った装備を持っていない。アンジェロの防具は、そのほとんどが機動性を重視したもので、本来の守護戦士のスペックに比べると、防御力では少し劣る。現在の防具も、アメフトで使用するプロテクターの腹部を切り取り、残りを上下に分けて身に付けている感じのものだ。
人体の大事な部分のみを防御して、残りは露出するに任せている。盾も一応所持品の中にはあるが、普段は魔剣を両手で持って使うので、ほとんど使用しない。それらとは別に、魔法の効果がある装飾品も身に付けているが、これはあくまでも補助的な効果しかない。
魔剣はバスタードソードに分類される。これは、片手剣と両手剣の中間に位置する武器で、状況に応じてどちらにも持ち替えが利く汎用性が高い武器だ。逆に言うと、片手で扱うには重くて、両手で扱うには軽いという中途半端な特徴もある。
アンジェロが盾を持つ理由は、事故を防ぐ為だ。守護戦士のスキルには「ヴァイカリウスシールド」というものがある。このスキルは事前発動が必要だが、HPが0になった時に持っている盾を犠牲にして、HPをある程度回復するというものだ。ソロプレイヤーのアンジェロは、戦闘中の事故死に一番気を使わねばならない。
このスキルは再使用時間が長いが、危なくなればすぐ逃げてしまえるソロプレイヤーにしてみれば、1度助かればそれで良いので、まさに命綱とも言えるスキルである。アンジェロはその為に、使い捨てられる盾を何枚か持っている。最初から盾の性能はアテにしていないのだ。
ちなみに、魔剣の特殊効果があるので、即死系の攻撃はアンジェロには効かない。ただし、オーバーキル(一撃で最高HP以上のダメージを喰らう事)はある。
もっとも、現在までに判明している情報だと、(難易度にもよるが)それぞれのレベル帯で最高クラスの守護戦士に、オーバーキルを喰らわせる程の攻撃力を持ったモンスターは、例えレイドボスであっても存在が確認されていない。
シロエ達が苦戦した「奈落の参道」においても、確かに攻撃力が高い個体はあったが、問答無用ただの一撃で、HP満タンかつ完全装備の守護戦士を屠る様な、馬鹿げた火力を持つモンスターは居なかった。
しかし、アンジェロは自分の防御力が並の守護戦士より低い事を知っている。攻撃をわざと喰らう事で、一度の攻撃に対する自分のダメージ許容量や、セーフゾーンを確認しているのだ。
HPだけでなく、防御力も魔剣の特殊能力で多少底上げされているとは言え、同レベル帯の守護戦士の水準よりも、HPは多いが結果的に打たれ弱い。
一部のモンスターによる、常に一定のダメージを与える特殊攻撃を除けば、痛い攻撃は本当に痛いのだ。それと、攻撃を喰らう事と同時に、どうしても確かめなければいけない事がまだある。それは、「自分の逃げ足を確認する事」だ。
モンスターの一部には、攻撃を受けると自動で反撃やダメージ反射をして来るものが居る。「奈落の参道」においては、「貪り喰う汚泥」や、レイドボスの1体「炎蛇『三なる庭園のイブラ・ハブラ』」などがそうだーーもっとも、イブラ・ハブラの場合は、攻撃してもしなくても、触るだけでダメージを喰らうものだったがーー。
ヒット&アウェイで、攻撃をして反撃ダメージを受けたら後退して回復を繰り返す場合、自分の逃げ足というのは大事な生存材料になる。安全地帯まで逃げ切る事が出来なければ、結果的に死ぬからである。
「アンジェロさん、毎日何をしてるんですか?」
ある時、シロエが聞いた。
「特訓というよりは、修行だよ」
アンジェロが答える。
「修行、ですか?」
「うん、そう。あたしは口伝をまだ開眼してないからね」
アンジェロの言葉に、
「口伝、か……」
と、アカツキがつぶやいた。
「なるほど。あまり姿をお見かけしないと思ったら、1人でそんな事をやってたんですね」
「でも、経験値が入らない相手だと、口伝は開眼しないのかな」
アンジェロがそう言うと、
「それは違うぞ」
と、アカツキが言った。
「『よく見て、よく聞くこと。強く望み、そのために考え続けること。諦めずに、鍛錬を続けること』。以前、ソウジロウが私に教えてくれた言葉だ」
それを聞いて、
「なるほど。考えた事も無かったな。高難易度の戦闘をやってると、スキルは勝手に覚える様なものだったからね」
アンジェロがそう言うと、
「それは、あくまでもゲームとしての話ですからね。全てが数値と確率で管理されているゲームだったら、そういう事もあるでしょう。それに、まだ口伝という要素が無かった頃の話ですから。でも、『ノウアスフィアの開墾』の実装と共に、現実世界となったエルダー・テイルでは、それが当てはまりません」
と、シロエが言った。
「ひたすら鍛錬するしかない、か。アカツキさん、ありがとう」
アンジェロがそう言うと、アカツキが少し照れた顔をして、
「礼はいい。私も教えてもらった事だから。あと、さん付けも必要無い」
と言った。
「お、何だ?照れてるのか?ちみっこ」
と、直継が言うと、
「うるさい、ちみっこ言うな!」
いつもより少しムキになって、アカツキが言い返した。
「まあ、このキャラでアキバに馴染む為に、鍛錬は半日くらいでやめてるよ。後は適当に過ごしてる」
アンジェロがそう言うと、
「実は、最近急にログホライズンへの入会希望者が増えまして。特に面識も無い様な入会希望者をお断りするのに、結構大変なんですよ」
シロエが愚痴っぽく言った。それに対して、
「煩悩全開、入会拒否祭りだな」
直継がボソッと言った。
「そう言えばさ」
トウヤが口を開いた。
「どうしたの?トウヤ」
ミノリが聞いた。
「俺達ってさ、アンジェロ姉ちゃんの戦ってるところって、まだ見た事無いよな」
それを聞いて、
「まあ、そうだね。あの魔剣のせいで、アンジェロさんはずっと完全なソロ行動だからね」
シロエが言うと、
「それは、ギルトとしては少し寂しいのでは無いかと、我輩は思いますにゃ。我々はギルドであり仲間なのですにゃ。仲間の事をもうちょっと知っていても良いと思いますにゃ」
にゃん太が言った。
「そしたら、一緒に来る?人が戦うのを見てても、たぶんつまんないと思うけど」
アンジェロがそう言うと、
「実際に魔剣が使われるところは、僕も興味がありますね」
シロエが言った。
「何か面白そうだぜ」
トウヤも興味がありそうだった。
「それじゃ、みんなで見学祭りだな」
直継のその言葉に、
「それでは、我輩はお弁当を作りますのにゃ」
と、にゃん太が乗った。
「見世物じゃないんだけどな」
アンジェロが笑いながら言った。
次の日は、全員で「ドゥヴァーチャーのバードランド」へ馬で出かけた。もっとも、実際に戦闘をするのはアンジェロだけで、他の者は離れた所で見学だった。フィールド内の道案内は、今までに何度もここへ来た事がある、アカツキが務めた。
「アンジェロ姉ちゃん、かっけ~な~」
トウヤが言った。軽装備で魔剣を持ったアンジェロは、極めてスタイリッシュだった。
「下が残念だな。あれじゃ、おぱ……がふっ!」
「黙れ、バカ直継」
全てを言い終わる前に、アカツキの膝蹴りが直継の顔面に入る。
「主君、この変態に膝蹴りを入れてもいいだろうか?」
「だから、やってから聞くなよ!」
鼻を押さえながら直継が言った。
「せめて、援護くらいしなくていいのかな」
メイン職が神祇官である、ミノリが言った。
「ミノリの気持ちも解るけどね。アンジェロさんは全部計算してるから、大丈夫だよ」
シロエが言った。
「計算……、ですか?」
ミノリがシロエに聞いた。
「うん」
シロエは、ミノリも含めた仲間に、アンジェロの考えを説いて聞かせた。
「凄いんですね」
それを聞いて、ミノリが驚いた。
「そうだね。ソロプレイヤーは、自分のコンディションを全部自分で管理しないといけないからね」
シロエは、付与術師という職業の性質上、ソロプレイの経験があまり無い。だけど、基本的な事は理解出来る。
「そろそろ始めるみたいですにゃ」
にゃん太の言葉に、全員がアンジェロを注目した。