スキルと技術
アンジェロは魔剣を中段に構えると、モンスターに向かって行った。そして、ただの一撃でモンスターを斬り捨てる。
「凄え……、何だ、あの威力は……?」
直継が驚きの声を上げる。
「一撃……だと?」
アカツキも動揺を隠せないでいた。
「桁違いすぎる……」
そして、シロエもびっくりしていた。物理攻撃に特化した暗殺者をも上回る、本当に化け物みたいな火力だった。
(どう考えても15000、いや下手したら20000ダメージ近くあるな、あれは……)
驚きながらも、シロエは冷静に分析しているが、それこそまさに次元が違った。
(しかし、あんな威力で殴られたら、冒険者だって耐えられるかどうか……)
けれど、シロエ達を驚かせたのはそれだけでは無かった。アンジェロがモンスターの攻撃を回避した時だった。
「……あれは、まさか『ファントムステップ』!?」
ファントムステップというのは、格闘家のスキルである。さらに、紙一重で敵の攻撃を避けたり、攻撃される瞬間に反撃を叩き込んだりと、守護戦士のスキルにない動きを見せる事があるのだ。
「おい、シロ……。ありゃあ、どういう事だ?」
直継も奇妙な顔をしている。
「ん~、ミスアンジェロは、何とも不思議な動きをするねえ」
アンジェロの動きを見ながら、ルディが感心した様に言った。
「何となくではありますが、我輩の様な盗剣士にも似た動きですにゃ」
にゃん太も、手を顎にやりながら言った。
ひとしきり戦闘が終わったところで、アンジェロが休憩の為に戻って来た。
「アンジェロさん、一体どういう事なんでしょうか。あなたの動きは謎だらけです」
開口一番にシロエが言った。
「うむ、何か違うと私も思う」
アカツキも同意した。
「俺も納得が行く説明が欲しいぜ。疑問祭りだ」
直継もそれに続く。
「それじゃ、まず何から話そうか?」
アンジェロが言うので、
「では最初に、あの回避の動きからお願いします」
シロエが言った。
「あれはね、空手の足捌きだよ。特に名前は無いんだ」
「空手、ですか」
「うん」
アンジェロの答えに、シロエは意外そうな顔をする。
「それと、見切りね。これは武道全般に言える事だけど、敵の攻撃パターンをあらかじめ予測して、早めの回避行動に出る事ね」
「なるほど」
シロエが頷いた。
「じゃあ、あの反撃技は?」
直継が訊ねると、
「あれは、剣術の1つで『後之先』って言うんだよ」
「剣術!?」
その答えに、全員が驚いた。
「何それ、凄え」
トウヤが興奮して言うと、
「まあ、簡単に言うとカウンター技だよ。先に斬られた者が、斬って来た相手より先に斬り返す。つまり、後手の者が先手になるから後之先」
アンジェロが言った。
「う~ん、これは凄い事かも知れない」
と、腕組みしながらシロエがつぶやいた。
「どういう事だ?シロ」
直継がシロエに聞いた。
「足捌きが空手の技術という事は、格闘家のスキルのはずだし、後之先が剣術なら武士のスキルだ。少なくとも分類上は、そうなる。だけど、アンジェロさんは守護戦士だ」
シロエがそう言うと、
「それって、つまりハイブリッドって事じゃねえか?」
直継が言った。
「ミス五十鈴、ハイブリッドって何だい?」
ルディが五十鈴に聞いた。
「ん~、違うものそれぞれの特徴を併せ持つって事かな」
と、五十鈴が答えた。
「そうすると、そのうちアイドルと芸能人のハイブリッド化もしちゃうのかな?やばい、ボクピンチだよ~?」
てとらが言った。
「それはちょっと違うと思うぞ」
と、直継が突っ込みを入れた。
「とりあえず、続きはお弁当を食べながらにしましょうにゃ」
にゃん太が提案したので、全員で安全な場所まで移動して、にゃん太が作ったお弁当を食べる事にした。
「ん~、にゃん太さんの作ったおむすび、おいしいです」
セララがうれしそうに言った。もっとも、彼女はにゃん太の作ったものなら、何でも喜んで食べるのだが。
「班長が居てくれて、大助かり祭りだぜ」
直継も握り飯を頬張る。
「それで、アンジェロさん」
つまようじに刺した、タコの形のウインナーを口に放り込んで、シロエがアンジェロに訊ねる。
「ん?何?」
アンジェロは、ハムサンドをつまんでいる。
「他にもさっきみたいな技って、あるんですか?」
「そりゃ、あるよ。私はリアルで格闘家だからね。もっとも、武術マニアでもあるけれど。あと、侍の家系だからと言う訳でも無いけど、剣術だって多少は嗜むし。だけど、今は守護戦士だから素手で使う格闘系の技は、普段の戦闘では使わないよ。今みたいに応用はするけど」
アンジェロのその言葉に、シロエは、はっとした表情をした。
「なるほど……」
「おい、シロ。お前また何か思い付いたのか?」
直継が言った。
「うん。これもまだ憶測の段階なんだけど。『知っている事』と『実際に出来る事』は、微妙に違うんだと思う」
シロエは、口に入れたエッグサンドを飲み込んで言った。
「例えば、サブ職が料理人なら、材料を用意してコマンドを選択するだけで、目当ての料理を作る事が出来る。だけど、それはサブ職が料理人で、その料理を作るだけのレベルがあれば、誰でも出来る事だ。これはゲームならばみんな知っている」
シロエの言葉に、みんなが頷く。
「だけど、仮にハンバーガーを作るには、ハンバーガーがどんな料理か知っていないといけないし、作り方も知らないと駄目だ。これまでに登場して来たものは、誰かがそれの作り方やどんなものかを知っているから作れる様になったんだけど、これが本当に一流の料理人しか出来ない様な、高級フランス料理だったら、実際に食べておいしい料理は作れない。コマンドで作れるのは、例によって『しけた煎餅の様な味がする、見た目だけのフランス料理』になる。これが、『知っているだけの事』と『実際に出来る事』の違い。同じ様に、各メイン職のスキルも、ゲームだったらコマンド1つですぐ出せる。これは職が同じなら誰でも出来る事だけど、アンジェロさんの技術はそうじゃない」
シロエはそれだけ言うと、お茶を飲んだ。
「確かに。誰も本当にお料理を作れなければ、味が伴わない見た目だけのものになっちゃいますもんね」
セララが言った。
「ただ、これまでもそうだけど、全ての生産の新レシピは次々と開発されている。これは、元からあったレシピだけじゃなく、僕達冒険者が、そういう事を出来る様になったから、レシピとして固定された事になる。だから、誰かが作れる様になれば、そのうちフランス料理のフルコースも、開発されるかも知れない」
そうシロエが言った。
「だけどシロエち、それだけでは無いんでしょうにゃ」
にゃん太がそう言うと、シロエは頷いた。
「班長の言う通り。アンジェロさんがさっき戦闘で使ったのは、新しく開発された戦闘スキルではなく、最初からアンジェロさんが自分で覚えていた、言わば個人の技術だ。つまり、オリジナルという事になる。だから、職業の枠では縛れない。そして、ゲームのシステムとしても分類不可能という事だ」
そうシロエが言うと、トウヤが聞いた。
「シロエ兄。結局それってどういう事?」
そう聞かれてシロエが、
「う~ん、簡単に言うと、コマンド表に無いスキル、という事になるかな」
と答えると、
「凄っげえ……」
それを聞いて、トウヤがびっくりした表情で言った。
「これまで僕達が思い込みや先入観で誤解して来た事は、『スキルに無い事は出来無い』という事だ。けれど、最近では違って来ている。例として、料理人ではない人が、下ごしらえをしたりサラダなどの簡単な料理なら、スキル無しでも作れる様になった事だ。これは、修行したり練習した結果、スキルとは別に身に付いた事だからだ。同じ様に、最初から何かしらの技術や知識を持っている人が居ても、それは不思議では無い」
シロエが言うには、そういった事はこれまでだと生産系のスキルがほとんどだった。蒸気機関の開発や新製品のレシピは、ある程度そういう知識や技術を持ったプレイヤーが先に立って行って来た事だからだ。いくらスキルがそうあるからって、ずぶの素人が簡単に出来るものではない。
料理にしたってそうだ。現在の味がある料理は、料理人をサブ職に持つ人が実際にその手で調理している。しかし、いくら高い料理人レベルがあっても、現実世界となったエルダー・テイルでは、下手な料理人が調理すると、実際に料理も下手くそに出来てしまうのだ。
シロエはこれを、『知っているだけの事』と『実際に出来る事』の違いだと言っている。
例えとして、ハンバーガーという食べ物は、大抵の人が知っている。だけど、それを美味しく作れるかどうかと言う事になれば、実際に調理する人の腕次第になる。料理人レベルというのは、そのレベルに対応する難易度の料理が作成可能になると言うだけの、言わば許可に過ぎない。
料理人レベル50の人は、『そこまでの料理は作っていいよ、ただし出来栄えは自己責任で』と言われているのと同じだ。だから、もし同じ物を作ったとしても、その味を決めるのは料理人というサブ職のレベルでは無く、実際に料理を作る人の腕前になる。料理人レベルの高い人が、料理人レベルの低い人に味で負ける事もあるという事だ。
「だから、例えばあんぱん1つにしても、同じ味が無いから面白いんだけどね」
シロエはそう言って、再び食べかけのサンドイッチを口に入れた。
「そうですにゃ。全部が判で押した様に、同じ味ではつまらないのですにゃ」
にゃん太が言った。
「あれ?そしたらさ……」
トウヤが思い出した様に言った。
「なあに?トウヤ」
ミノリが聞く。
「この前、アンジェロ姉ちゃんが作ったクッキーとか寿司って、アンジェロ姉ちゃんは作り方を知ってたって事?」
確かにその通りだ。作り方を知らなければ、作れるはずが無い。
「もちろん知ってたよ。友人知人を始めとして、うちの親類や親の仕事先の関係者など、色んなつながりの中には、料理が得意な人も居たし、洋菓子も和食もそれぞれやってた人や会社があったからね。教えてもらった事がある」
アンジェロが答えた。
「それは凄いですね」
サンドイッチを食べ終わったシロエが言った。
「現在アキバにある。テイクアウトも含めた飲食店には、専門の技術を必要とする店がありませんから。もし出店したら、それこそえらい事になりますよ」
確かに、現在ある飲食店は、そういう事が好きな人や得意な人がやっている。けれど、そういった深いところまでの技術を持つ人は、全く居ない訳では無いが極めて少数だと思われる。同じ様に、武道の知識や技術を持つ人は、かなり少ないと見て良いだろう。
何せ、大災害に巻き込まれた冒険者のほとんどは、ただの一般ゲーマーだからだ。シロエも普通の大学院生で何かのプロという訳では無いし、社会人の直継だってただのサラリーマンであり、特殊な職業という訳でもない。
むしろ、特殊な職業でもないのに、色々な事に精通しているアンジェロの方が、よっぽど特異な存在なのである。
「まさに、万能祭りだな」
直継が感心した表情で言った。
「器用貧乏、って言った方がしっくりくるけどね」
アンジェロが、笑いながら言った。




