羽根を休める天使
日常パートの後半です。久しぶりに、穏やかでのんびりした雰囲気の内容になっています。
時間的に、シロエはアンジェロと昼食を摂る為に、冒険者の間でも評判になっているレストランへと入った。
(そう言えば、まともな飲食店に入るのって、久しぶりだよなあ)
シロエは、出されたお絞りで手を拭きながら、そう思った。相変わらず執務室が我が庵の様な感じのシロエは、たまに出かけてもすぐにギルドへとんぼ返りをするので、滅多に外で食事をする事が無かった。以前は、人と話すのに外で食事をしながらという事が割とあったのだが、最近ではすっかりそれもご無沙汰になってしまっていた。
ほとんどは、料理人のにゃん太がギルドの厨房で用意する食事か、誰かが買って来たテイクアウトをギルドで食べるだけだったからだ。
レストランと言っても、この店はそんなに高級な店ではなく、さりとてファミレスの様な砕けた感じでも無かった。客も大地人と冒険者が適度に入り混じっていて、昼時のせいもありそこそこに繁盛している様に見えた。
メニューを見て、シロエはカレーライス、アンジェロはカルボナーラスパゲティをそれぞれ注文した。
「本当にシロエ君は、カレーライスが好きなんだね」
アンジェロに言われて、
「別にカレーに限った事では無いんですけどね。特に高級なものではなく、こういったシンプルな食べ物が好きなんですよ」
シロエはそう答えた。
「私はね、今の服装を考えると、食べ方次第で一番事故率が低そうで服が汚れない可能性のあるものを選んだんだよ。本当は、ステーキとかハンバーグなんかの、がっつり肉系が食べたかったんだけどね」
アンジェロは、少しつまらなさそうに言った。
(女性になるってのは、結構大変なんだな)
それを聞いて、シロエはそう思った。
「それに、あたしも外で食事するのは久しぶりだからね。特に、誰かと一緒だと気が楽になる」
アンジェロにそう言われて、シロエは思い出した。
そもそも、アンジェロが水楓の館へ行く様になったのは、1人だと注目を集めすぎて外でまともに物が食べられなくなったからであり、それをアカツキに誘われたのがきっかけだった。
(僕の方が、囮で弾避けですか……)
そう考えると、シロエは少しおかしく思った。何せ、戦闘になると参謀役で後衛職である彼は後方へ引っ込み、いつも矢面に立たせた仲間をその役割にするからである。
やがて、2人の所へ頼んだ料理が運ばれて来た。アンジェロが頼んだカルボナーラは、刻んだベーコンが入った、しっとりとしたホワイトソースがスパゲティの麺に絡んでいて、おいしそうな湯気を立てていた。
シロエの頼んだカレーライスは、品のある銀色の器に入ったルーと、皿に盛られたライスが個別に分けられていて本格的だった。
アンジェロは、フォークで麺を絡めると器用にくるくると巻き取り、一口大の大きさにして口へと運んだ。そうする事で、服にソースが跳ねない為の工夫だった。当然、テーブルナプキンも着用している。
(食べ方次第ってのは、そういう事だったんだな)
シロエは感心しながら、自分は器に添えられたお玉の様な深いスプーンで、カレーのルーをライスにかけると小口から混ぜて食べた。最初からルーとライスを全て混ぜてしまうやり方もあるらしいが、シロエはそういうのはどうも好きでは無い。
カレーのルーは、辛さとしては中辛くらいで決して辛すぎず、程良いバランスだった。そして、野菜や肉が原形を留めないくらいに、良く煮込まれていた。手間と時間をかけて、丁寧に作られていると思う。
「たまの外食も良いもんでしょ?」
「そうですね。こうして外の雰囲気を感じるのも悪くないです」
アンジェロに言われて、シロエはそう答えた。料理の味は問題では無い。もちろん美味いに越した事は無いが、こうして外の空気に触れながら食事をする事が重要なのだ。
「君の仕事も、あたしに何か手伝える事があると良いんだけどな。生憎と、あたしは生粋の戦士だからね。戦う事しか出来ないんだよ」
アンジェロはそう言ったが、後にこの言葉通りの事で役に立てるとは、シロエはもちろんアンジェロ自身も考えていなかった。
「いえ、うちの純粋な火力担当は、今までアカツキだけでしたからね。僕にしてみたらとても助かりますよ。それに、メンバーが増えた事もみんな喜んでいますから」
シロエがそう言った通り、実際に直継はアタッカーというよりは守護戦士本来の壁役の色が強いし、魔法火力担当の妖術師であるルディは、まだ成長途中でシロエ達に比べるとレベルが低い。ギルド「記録の地平線」は、良く言うと平均的でバランスが良く、悪く言うと中途半端なメンバー構成なのである。
「まあ、あたし自身は普通の守護戦士なんだけどね。ぶっちゃけ、ほとんど魔剣でもってる様なもんだからなあ」
アンジェロはそう言うが、魔剣を抜きにしても攻撃系守護戦士としては相当なものだとシロエは思う。何せ、たった1人で今までやって来たのだから、卓越した技量と並外れた精神力が無ければ出来るものではない。
しかも、サブ職が戦闘と全く関係の無い「芸能人」なのである。クラスティやアイザックなどは、サブ職も戦闘と密接な関わりがあるものを選んでいる。それで守護戦士の戦闘能力を底上げしているのだ。
それに、茶会時代でもシロエはアンジェロの中の人--つまり黒狼--から、戦闘を一歩引いた立場での視点として、割と有能な助言をもらったりもしている。
何せ、シロエに比べればにゃん太と同じで、エルダー・テイルの最古参プレイヤーなのである。それこそシロエや直継がまだ子供の頃からプレイしているのだ。年季で言えば比べられるはずもない。
シロエに限らず、おそらくだが現在この世界に存在しているプレイヤーの大多数が、10~30代未満の若年層で占められていると思われる。その中で、こういった年長プレイヤーは極めて貴重な人材だ。
シロエとアンジェロは食事しながら会話を続けていたが、あえてレイネシア襲撃の事は話題にしなかった。ここは冒険者以外の大地人の大衆も利用する飲食店であり、下手に無関係な者に聞かれたら困るのもあった。
それに、今回の食事は気晴らしも兼ねているので、あまり重たい話は趣向と反する。シロエは、自分と差し向かいで食事をしているアンジェロを見ながら思った。
(こうしていると、僕も本当にプレイヤーが黒狼さんと同じ人なのか、解らなくなりそうだよ)
中身がにゃん太と同じくらいの年齢の、オッサンプレイヤーだと解っているから、シロエは直継達と同じ感覚の平常心で接していられるが、もしこれが全く知らない本物の女性だったら、おそらく顔もまともに見られないだろう。それくらい、今のアンジェロは美しくて魅力的だった。
「それで、シロエ君」
「あ、はい。何でしょう?」
思わずぼけっとして、手にしたスプーンを取り落としそうだったシロエは、少し慌てて返事をした。
「君は、何か『口伝』の様な新しい戦闘技能は身に付けられたの?」
「それが、戦闘系スキルに関しては、僕もさっぱりですね」
ぶっちゃけた話、経験値が入る様なまともな戦闘は、シロエも「奈落の参道」くらいしか経験していない。現実世界になってからは、圧倒的にまともな戦闘の回数が少ないのだ。
戦闘行為と呼べるもの自体は、シロエも数え切れないくらい経験しているが、そのほとんどは格下が相手であり、自分と同格かそれ以上の相手とは経験が少なかった。
けれど、オリジナルの新しい魔法は開発する事が出来た。実際に、それでルディを救っている。
「『天才とは、1%のひらめきと、99%の努力である』、か……」
「それは、確かエジソンの言葉ですね」
アンジェロのつぶやきに、シロエが付け足しをする。
「これが何か別のゲームだったら、熟練度みたいなのが表示されていて、戦闘を重ねる度に蓄積されて行き、100%になると『チャララチャ、ラッチャッチャー♪』みたいなファンファーレが鳴って、『新しい技能を覚えました』なんていう表示が出たりするんだろうけどねえ」
アンジェロが、笑いながら言った。
「もうさあ、そういう熟練度のゲージだったら、10本くらいは限界を突き抜けてストックしてあると思うんだけどなあ」
「ストックの消費の仕方が解らないんですね」
アンジェロの冗談に、シロエが付き合う。
「そう。もしこれが格闘ゲームだったら、レバー前から下を通って後ろへ半回転2回+ボタン同時押し、みたいな感じでドバーっと派手な技が炸裂したりするんだけど」
「ずいぶんと、コマンドが具体的ですね」
シロエが笑いながら答える。
「爆裂なんちゃら拳、みたいな感じでモンスターをぼっこぼこのタコ殴りに出来たりね。まあ、あたしの場合は剣だから……、何だろ。必殺千枚おろし、みたいな感じ?」
「それじゃあ、まるで魚屋みたいですね」
「ん~、まあ寿司ネタを作るのには使えそうかな。でも、ネタが細切れになりそうだなあ」
そんな事を言いながら、シロエとアンジェロは食事を済ませると店を出た。
店を出てからも、シロエとアンジェロはギルドへ向かって一緒に歩いた。さすがに今度はアンジェロもシロエに対して、何かちょっかいをかける様な事はしなかったが、まさに目の覚める様な絶世の美女になったアンジェロと並んで歩いているだけで、シロエも羨望半分やっかみ半分の様な眼差しで見られるのであった。
「あたしはもう、何があっても絶対に、2度と人前で女性らしい格好はしないからな……」
アンジェロは、自分の予想よりもはるか上を行ってしまった、アキバの街の反応を見ながら言った。
(人前で、って事は、これからも着せ替えに付き合わさせる事は、もう諦めているのかな)
それを聞いて、シロエはそんな事を考えた。しかし、プレイヤーが男性であるアンジェロにとっては、精神的にも苦痛でしかないだろうと思い、同じ男性ながら同情に耐えないのだった。
そして、ギルドに帰るともう一騒動起きた事は、想像に難くない。一応だが、着せ替えの場に居合わせたアカツキは、シロエと一緒に来た淑女の正体がアンジェロだと知っていたが、それをうっかり先に言わなかった為、直継と「てとら」の盛り上がりぶりと落胆ぶりには、凄まじいものがあった。
「何だよ、今度こそシロに色っぽい話が出来たと思ったのに!!」
「そうですよ!どうしてまたアンジェロさんなんですか!!」
2人の理不尽な文句に対して、
「ええっ!?これって悪いのは僕なのか!?」
シロエが不服そうに抗議する。
「大体、何でアンジェロさんもそんな服を着てるんですか!似合い過ぎですよ、反則です!!」
「いやあ……、勝手に着せたマリ姐とヘンリエッタさんに文句言ってくれないと……」
文句を続けるてとらに、苦笑いを浮かべてアンジェロが答える。なお、知っていたのに言わなかったアカツキは、とばっちりが来る前にどこかへ姿を消してしまっていた。
「ま~ったく、女性よりも女性らしいって、凄いのか呆れるのか……」
その騒動を見ていて、五十鈴がつぶやいた。
「でも、外見だけなら完璧に女性ですよね」
ミノリが言うと、
「確かにね。これはある意味でストライク過ぎだわ」
五十鈴がそう答えた。
「にゃ、実に美しいですのにゃ、アンジェロち。これは、どこからどう見ても立派な淑女なのですにゃ」
自らもナイスミドルな紳士である、にゃん太が頷く。
「本当です、とても綺麗です」
目をきらきらさせながら、セララが言った。
「ん~、ミス・アンジェロ。これはもう、天使と言うよりは女神だね~」
「アンジェロ姉ちゃん、すごく綺麗だぜ」
若手組もそう言ってアンジェロを誉めるが、アンジェロ当人は少し困惑気味である。もちろん、自キャラを誉められるのは悪い気では無いが、何せプレイヤーは男性--あくまでも自己申告だが--だからである。
そんな騒ぎの中、シロエに誰かから念話が着信した。
「ごめん、ちょっと静かにして」
シロエはそう言うと、手を上げて皆を静まらせてから念話に応対した。
食事のシーンは想像で書きました。参考にしたのは、アニメの第2期13話で、シロエの「僕は、カレーライスが好きだ!」の発言です。




