祭りの賑わい
連続投稿の3本目です。
「さて、それではそろそろお暇しましょうか」
全員がお茶を飲んで一息ついたところで、ヘンリエッタが言った。元々回転寿司という店は、名前の通り客の回転も早い。あまり食後にのんびりする店でも無いのだ。ただ、レイネシア達が座っているのは予約招待優先席なので後がつっかえる心配もないのだが、この商売の店にはそういう空気が無いのも事実である。
レイネシア一行は、店内案内役の店員に誘導されて入って来た時と同じ招待客専用の出口へと案内される。しかし、全員の招待状を回収されただけで、金貨1枚も料金を請求されなかった。
「お代は要らへんって、どういうこっちゃ!?」
マリエールが驚いて大地人の店員に尋ねると、女性はこう答えた。
「はい、ご招待のお客様からは一切お代を頂かないと、店主から伺っておりますので」
何でも、「こちらから頼んで来てもらっておいて、金を払えとは言えない」と、アンジェロが言ったそうなのである。
「なんちゅう太っ腹な。やっぱり姐御やなあ」
それを聞いてマリエールが感心した。リアルでも会計士のヘンリエッタは複雑な面持ちであったが、ここはアンジェロの厚意に対して素直に甘える事にした。
ちなみに、さすがに2度目以降の来店の際には料金を頂くとの事であったが、それはささいな事であった。
もっとも、こちらの世界に来てから初めての寿司--それも、本職が作るのと比べてあまり遜色の無い出来--を食べられた事の感激で、例え倍額でも払いたいと思ったのは皆の本心だった。
そんな事を考えたのはヘンリエッタ達だけで無く、彼女達の後から招待状を持って来た「黒剣騎士団」のアイザックなどは、一口食べて「こりゃ美味え!」と言い、その後はひたすら食べる為だけに口を動かし続け、都合50皿をペロリと平らげてから、会計で「無料だって!?冗談じゃねえ、10倍払っても足りねえくらいだぜ!」と言っていた。
もちろん10倍というのは誇張だが、彼はいたくアンジェロの店の寿司が気に入った様で、帰り際に「祭りの間中は毎日来る」と言っていた。
その後にも、招待状を持った客が何人もやって来たが、誰も皆がアンジェロの井出達にまず見惚れ、回っている本物の寿司に驚き、実際に寿司を握るアンジェロの姿に感心して、食べてその味に感激していった。
もちろんシロエも来店したのだが、例によってと言うべきか、その両脇にはアカツキとミノリがお供しており、それぞれシロエを挟んで彼の両側に着席した。
最初こそ、それぞれ自分の好みの皿を取って食べ、
「美味い!」
「これは美味だな」
「とても美味しいです!」
と、改めて食べる寿司の味にえらく感激していたのだが、1貫食べてから最初にアカツキが、
「主君、私の寿司も美味いぞ、食べてみろ」
そう言って、箸で寿司をつまむとシロエの方に差し出して、「あーん」を強要して来たので、シロエはやむなく出された寿司の先の方を唇で銜えると、落ちる前に素早く手を使って口へ押し込んだ(ケーキの時とは違い、直接彼女の箸に口を付ける事になるので、それはさすがにまずかったーーいや、寿司は美味いがーー)。
「どうだ、美味いか?」
アカツキに聞かれて、
(いや、アカツキが作ったんじゃないだろう)
と、心の中で思いながら、
「うん、美味しいよ」
とだけ答えた。すると、負けずにミノリが、
「シロエさん、このネタも美味しいですよ」
と言って、自分の皿に残ったもう1つの寿司を差し出して、「あーん」とやって来た。シロエはやむなく同じ様にこちらも食べたが、幸いな事にケーキの時とは違い他の客は寿司を食べる事に夢中で、誰もこちらへは視線を向けなかった。
「美味しいですか?シロエさん」
「うん、そりゃあもちろん」
シロエは、口をむぐむぐやりながら答えた。
(参ったなあ、これじゃあ天秤祭の時の二の舞だよ)
シロエは、背中を冷や汗が伝うのを感じていた。
そんな事をしばらくやっていると、アンジェロが、
「シロエ君、何か食べたいネタがあったら言って。握ってあげるよ」
そう助け舟を出してくれたので、シロエはここぞとばかりに、
「それじゃあ、太巻きをお願いします」
と言った。
「あいよ、任せな!」
アンジェロは威勢良く返事をすると、まず流す分のストックの寿司を並べてから寿司を巻き始めた。その間にシロエは、
「折角だけど、頼んだ太巻きを食べなきゃならないから」
と言って、アカツキとミノリの「あーん」攻撃を上手く回避する事が出来た。
さらにアンジェロは、
「はいはい、アカツキもミノリちゃんも、自分の口が動いてないよ」
と言って、シロエへの「あーん」攻撃を完全では無いが減らしてくれた。
(助かったよ、アンジェロさん。これは恩に着ます)
と、心の中で感謝した。
しかし、結局シロエの中では完全に容量オーバーの、25皿(50貫)という数の寿司を食わされて、胃の入り口を越えるくらいまで飯粒が詰まった状態だった。
(駄目だ、僕自身がまるでお櫃になってしまったみたいだ)
シロエは、冒険者としてはレベルが高いが、本来はあまり食が太い方では無い。下手をすると女性にも負けるくらいだ。そして、あまり女性--特に可愛い女の子--の「押し」に強い方でも無い。さらに、策略や謀略といった頭脳労働は得意だが、肉体労働は苦手だ。
自分の食べるペースを完全に無視して、アカツキとミノリの断りにくい「あーん」攻撃によって、自らの胃袋の限界を超えて無理矢理に寿司を詰め込んだのだ。いくらおいしいと言っても、これでは拷問だ。
多少アンジェロが助けてくれたとは言え、折角の寿司を特等席でゆっくり味わう事が出来なかった。その事は、残念と同時に申し訳無くも思う。
招待してもらった礼もそこそこに、シロエはふらふらになって休憩場所を探す事になった。左右をミノリとアカツキに支えられ、まさにずっと両手に花なのだが、とても本人には余裕が無い。
「主君、大丈夫か?」
「シロエさん、しっかりして下さい」
そう言われても、シロエには返事をする気力も無かった。辛うじて、手を挙げて無言の返事を返すのが精一杯だった。
次にやって来たのは、にゃん太だった。
「いらっしゃい、班長!」
アンジェロが威勢良く出迎えると、
「にゃ。お招きに預かりますにゃ。アンジェロち、何とも粋ですにゃあ」
そう言って(さらに)目を細めた。
「ありがとう。班長、そこに座ってね。優先席だから」
「にゃ。これはまさに特等席ですにゃ」
アンジェロに勧められて、にゃん太は彼女の真横に腰を下ろした。
「さて、何から頂きますかにゃ」
にゃん太はそう言うと、ヒラメの縁側の握りが乗った皿を手に取った。そして、そのまま目の高さで少し眺めた。サブ職が料理人なせいか、気になるのだろう。
「ふむ……。光沢があってなおかつ、決して薄く無いのに綺麗に半透明に見える切り身と、輝く様なシャリが何ともいいですにゃ」
そして、箸でつまんで口に入れると、小さくもぐもぐと口を動かして食べ、
「美味いですにゃ。まさに寿司ですにゃ。味だけじゃなくて、喉越しも完璧ですにゃー」
と、満足そうに言った。
にゃん太が最初の皿を食べ終わる頃、同じく招待券を持ったロデリックが現れた。
「これはこれは、何とも艶やかですね」
アンジェロの見た目を、ロデリックはそう評価した。
「隣を失礼しますよ、っと」
にゃん太の隣に腰を下ろしたロデリックは、
「さて、じゃあ僕は何から食べようかな」
と言った。
「何でも美味しいですにゃ」
にゃん太がそう言うと、
「それは、料理人としての意見ですか?」
ロデリックがそう尋ねたので、
「我輩は、以前に一度ギルドでご馳走になっていますからにゃ」
と、答えた。
ロデリックは、少し考えると鉄火巻きの皿を取り、寿司を箸でつまんで醤油を付けて食べた。
「驚いたな、本当に美味しい。まさに寿司の味だ」
そう言って、びっくりした表情をした。
「にゃ。アンジェロちの寿司は本物なのですにゃ」
ロデリックの言葉に、にゃん太は頷いた。
「お邪魔するぜ」
そう言って現れたのは、ミチタカだった、その後からカラシンも入って来る。
「アンジェロさん、かっこいいですねえ」
カラシンはそう言ったが、
「おう、こうして見るとうちで作った店はさすがだな」
と、ミチタカは自分のギルドの仕事ぶりが気になる様だった。
「優先席はそこだよ。好きに座って」
アンジェロは、寿司を握りながら言った。
「いい手際ですね。見事な職人仕事だ」
ロデリックがアンジェロの技術を誉めた。アンジェロは、約3秒で1皿2貫の寿司を握っている。もっとも、それくらいでないと現在の客の入りと食べっぷりに、とても追いつかない。それくらい店は大盛況だった。
なお、アンジェロは仕込みが済んだ食材と酢飯を詰めた魔法の鞄を、いくつか自分のそばに置いており、いつでもネタとシャリが追加出来る体制を整えている。
「この店は、海洋機構が手がけたんですか」
ロデリックがミチタカに言った。
「おうよ!久しぶりに面白い仕事だったぜ」
ミチタカがそう答えると、
「ちなみに、食材はボクの第8商店街が揃えたんですよ」
と、カラシンが言った。
「本当はな、うちで全部やろうかって言ったんだけど、利益は分配しないとって言うもんでな。そっちは譲ったんだよ」
ミチタカがそう言うと、
「その代わり、ボクのところも仕事には自信と誇りがありますからね。決して恥ずかしくない品物は卸したつもりですよ」
と、カラシンが言いながら寿司の皿を取って食べ、
「うん、美味い!」
と、満足そうな表情を見せた。
「ずるいな、僕のところにも一枚噛ませてくれても良かったのに」
ロデリックが少し残念そうに言えば、
「あまり奇抜な真似をされても困るからね。ロデリック先生には」
と、アンジェロに言われたので、
「ひどいな、仕事と趣味は分けているつもりですよ」
と、ロデリックが言うのでみんなで笑った。
「しかし、本当にこっちの世界で寿司が食えるとは思わなかったな」
手づかみで寿司をつまみながらミチタカが言うと、
「今まで、誰も作った事は無かったんでしょうか」
カラシンが疑問を口にした。
「寿司というのは、作り方は知っていても、実際に作るのはとても難しいのですにゃ」
それに答えたのは、サブ職が料理人のにゃん太だった。単に、丸めた酢飯の上に、魚の切り身を乗せればいいというものではない。寿司に使うご飯の炊き方から、混ぜる酢の塩梅に酢飯の握り方、ネタとの合わせ具合まで、全てが職人の技術なのである。
「ところで、このレーンですがどうやって皿を回しているんです?」
カラシンが、店内設備を手がけたミチタカに尋ねると、
「ああ、これか。寿司の皿を乗せるプレートを、その下で水精霊が動かしてる」
「なるほど、そういう仕組みですか」
ミチタカの説明に、カラシンが頷いた。
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