祭りの始まり
連続投稿の2本目です。
一周年記念祭の数日前、アカツキはレイネシアの逗留している水楓の館に居た。ただし、レイネシアの護衛ではなく、アンジェロのお使いとしてだった。
「アンジェロさんが、これを私に、ですか?」
「うむ」
レイネシアがアカツキから受け取ったそれは、1通の便箋だった。中には、アンジェロが出す店に用意する予約席の優先招待状が入っていた。通し番号で「NO.1」と書いてある。
「ちなみに、レイネシアは箸を使えるか?」
「え、お箸、ですか?」
「そうだ」
アカツキが言う箸とは、当然ながら食器の事だ。
「一応ですが、大丈夫です」
レイネシアは、少し自信が無さげだが答えた。女性陣と連れ立ってアキバの街をぶらついて様々なものを口にするうち、レイネシアは箸の使い方を身に付けていたからだ。
「そうか、ならば問題無い」
アカツキはそう言うと、頷いた。
なお、本当はエリッサにもアンジェロは招待状を送りたかったのだが、彼女は留守番で絶対に来られない為、あえてそうしなかった。
ちなみに、それと同じ物をアンジェロは円卓会議の幹部と副官の主なメンバー全員、それと一部の親しい者に送っていた。
「記録の地平線」には、シロエのNO.2を始めとして、直継が3、アカツキが4、にゃん太が5……、という感じで始まりギルドの全員に配られた。次のNO.10は「三日月同盟」のマリエールで、11がヘンリエッタ、12がセララ。続く13が「西風の旅団」のソウジロウ、14がナズナ、15が特別にドルチェ、以下は「D.D.D」の三佐とリーゼ、「海洋機構」のミチタカ、「第8商店街」のカラシン、「黒剣騎士団」のアイザック、「ロデリック商会」のロデリック……といった具合だった。
「それで、アンジェロ姉ちゃんは、何の店なの?」
トウヤが聞くと、
「そろそろ教えてもいいかな。ふふん、それは回転寿司屋だ」
アンジェロが少しオーバーアクションで言った。
「何だって!?マジで!?」
トウヤが、ものすごく驚いた表情で言った。他のギルドメンバーも、同じ様に驚いている。
「本当に寿司屋を出すのか。これはアキバが驚き祭りだぜ」
直継が言った。いつもの通り、何となく意味不明だが語呂が良い。
「この前食べたお寿司、おいしかったもんね~。あれのお店なら凄い事になりそう」
五十鈴が言うと、
「にゃ。あの味は我々日本人ならクセになりますにゃー」
にゃん太が頷いた。
(全く、この人はサプライズの天才だからなあ。その考えは僕にも解らないよ)
シロエは、渡された招待状を見ながら思った。何せ、こういった招待状ならサブ職が筆写師であるシロエにも作成可能なのだが、それをあえてやらずに他所へ頼んだ事からも、アンジェロの念の入れ様が解る。そこまで考えた事にも、シロエは感心したのであった。
それからさらに数日の後、いよいよ一周年記念祭が開催される朝がやって来た。その日はアキバの街が早い時間から騒がしく、いつもの様に誰もゆっくりと朝寝を楽しむ者は居なかった。
レイネシアは、マリエールとヘンリエッタとセララの三日月同盟招待組と、そしてリーゼと一緒にアンジェロの店を訪ねた。
本来ならば同行しているはずのアカツキは、その場に居なかった。彼女としてはシロエと行きたかった様なのだが、やはりミノリも同じ考えだった様で、結果的にそうなったのだった。
本当の所を言うと、マリエールは直継と、セララはにゃん太と来たかったのであるが、レイネシアのいつもの連れというと、残りはヘンリエッタとリーゼくらいになるので、それでは寂しいと思ったので同行したのだった。
アンジェロの店の前には、早くも店に入り切らなかった客の行列が出来ていた。わざわざ宣伝などしなくても、念話を使った口コミで情報は一瞬で伝わる。寿司屋があるという情報は、恐ろしい速度でアキバの街を駆け巡ったのだ。
「な、何やのこの店は~!?」
その店の外見を見て、まずマリエールが驚いた。
アンジェロの店は、まさに誰がどう見ても寿司屋だった。青と紫が混じった様な色の布で作られた暖簾には、日本語で「回転寿し」と書かれてある(「し」が司という漢字で無いのが、またミソである)。
レイネシア達が近寄って行くと、今日の為に雇われた、いかにも回転寿司の店員と言った和服っぽいものを着た、大地人の店員の女性が居た。彼女は待ち客の整理をする役であり、マリエール達は普通とは別の優先入場口へと案内された。
アンジェロの店はビルの角にあるので、出入り口は2ヶ所あるのだ。誘導された入り口から入ってみて、一行はまた驚いた。
「へい、らっしゃい!」
勢い良く出迎えてくれたのは、アンジェロだった。彼女は何と、赤い法被にさらしを巻き、頭には紅白のはちまきを締めていた。
「うわあ、粋やなあ、アンジェロやん」
マリエールが言った。
「格好いいですわ、アンジェロさん。そのお姿も素敵です」
レイネシアも、普段とは違うアンジェロの姿に、少し驚いた表情で言った。
そして、さらに一行が驚いたのはその店内だった。長方形の大型のテーブルの上には、一段高くなった所に角が取れた緩い長方形に作られたレールがあって、その上を皿に乗った寿司が列をなして流れていた。なお、多人数用のテーブル席は無く、全てカウンター席である。
アンジェロはそのカウンターの真ん中に位置しており、彼女を中心として大地人が6人配置されていた。4人は、アンジェロが握った寿司をレーンに流す係で、後の2人は洗い物の担当だった。
「あ、優先チケット持ってる人は、そこの特別席に座ってね」
アンジェロに促されて、一行はアンジェロの真横の席に座った。そこだと、アンジェロが握った寿司をすぐに取る事が出来る。まさに優先席だった。全部で30席(左右15席づつ)あるうち、5席が割り当てられて確保されてある。
「うわあ、凄いねんなあ。本物のお寿司やでえ!」
マリエールが大喜びで言った。思い返せば、大災害以降アキバの街にはサブスキルに料理人を持つ冒険者が出す飲食店が、続々とオープンする様になった。
その先駆けが、言うまでもなく三日月同盟の「軽食販売クレセントムーン」なのだが、いわゆるファーストフードや軽食の店と違い、職人的な技術を必要とする専門の店は無かった。何せ、ハンドメイドによる寿司の作り方を誰も知らなかったからだ。いや、知っていても出来なかったと言った方が正しいだろう。
もちろん、コマンドメニューからなら作成は出来るのだが、それはただの「しけた煎餅の味がする、寿司の形をした何か」でしかない。
「これが、お寿司という食べ物なのですか?」
レイネシアが聞いた。
「そうや~、お寿司やでえ。シアちゃんは初めて見るんやったなあ」
マリエールが答えた。
「信じられませんわ。まさか、お寿司まで食べられる様になるなんて」
ヘンリエッタが驚きながら言った。しかし、その答えはおのずと周囲から聞けた。
「何これっ!?おいしいっ!!」
「マジでうめえっ!本当に寿司の味がする!!」
何せ、いくら現在のアキバに飲食店が大量に存在すると言っても、本格的な寿司を出す、というより出せる店は存在しなかったからだ。
まさに、アンジェロの店内は冒険者で狂喜乱舞状態だった。本物の寿司の味に飢えていた冒険者達は、ネタの種類を問わず片っ端から皿を取りまくり、次々と寿司を自らの胃袋へと収めて行った。
「これを、本当にアンジェロさんが握っているのですか?」
リーゼが、カウンターの中に居るアンジェロに尋ねると、
「もちろん!見てなよ!」
アンジェロはそう言って、まな板の上でネタを切り分けてお櫃から右手でシャリをすくうと、今度は左手の指に緑色の山葵を少量付けて、今切ったばかりのネタと合わせて見事な寿司を握ってみせた。
なお、カウンターの高さを意図的に少し低く作り、アンジェロが寿司を握るのを見られる様にしたのは、彼女の隠れたサービスだった。寿司を握る事を一種のパフォーマンスにしているのである。
「見事な腕前ですわね」
リーゼが感心しているうちにも、寿司の乗った皿がレーンから次々と取られて行き、その後へ大地人がアンジェロの握った寿司を乗せた皿を追加する。見る間に冒険者達の横に、空になった皿が積み上げられて行く。なお、何を食べても値段は1皿2貫で金貨2枚だそうである。
「さあ、うちらも食べるでえ!」
マリエールがそう言うと、目の前の玉子の握りを取った。
「やっぱなあ、うちは最初は玉子やなあ」
そう言うと、箸で取ったばかりの玉子の握りを口に運んだ。そして、もぐもぐと口を動かしてごっくんと飲み込み、
「うまい!!ほんまにお寿司やあ!!」
と、歓喜の声を上げた。
「さあ、私達も頂きましょう。姫、食べ方は大丈夫ですか?」
ヘンリエッタがレイネシアに尋ねると、
「ええ、大丈夫です。私もお箸は使えますから」
と、答えた。
「おいしいです、本当にお寿司の味がします」
セララも食べてから驚いていた。
「ええと、どれを食べていいのか迷ってしまいます」
レイネシアはそう言って、マグロの皿を取った。白いシャリにマグロの赤身が映えて、いかにもおいしそうだった。
「こうやって食べるんやでえ」
マリエールが、逆さにした寿司を醤油に付けて食べてみせた。そして、
「逆さにしてもネタが落ちひん。本物のお寿司やわあ」
嬉しそうにそう言った。さすが、食い倒れの大阪で育っただけの事はあった。
レイネシアは、マリエールに教えてもらった通りに、寿司を箸で挟んで器用に逆さにすると、醤油に付けて口へと運んだ。
「あら、姫様はお箸の使い方がお上手ですわね」
リーザが感心して言った。なお、男性の冒険者の中には、まどろっこしいとばかりに寿司を手づかみで食べる者も現れたが、それはそれで寿司を食べる作法として何の問題も無い。
「ん~、おいしいです。こう言っては何ですけど、今まで食べた物の中では一番おいしいと感じます」
レイネシアは、そう言って微笑んだ。食べた瞬間、口の中でさらりと崩れる絶妙な空気を含んだシャリと、新鮮なマグロの切り身と山葵の辛味が程よくマッチして、この上も無い旨さだった。
「ほほう、シアちゃんも寿司の味が解るんやなあ」
マリエールがそう言って笑った。
「お寿司は、日本人のソウルフードみたいなものですからね」
ヘンリエッタが言った。ヤマトサーバーの大地人であるレイネシアにも、寿司の味がしっくり来るのだろう。
しかし、いくら美味だと言っても胃袋の容量には限界がある。ましてや、冒険者と違ってレイネシアは大地人、それも小柄な少女である。10皿20貫も食べると満腹になってしまった。
「私、もう食べられません。お腹一杯です」
そう言って、レイネシアは箸を置くとお茶を飲んだ。
「うちは、まだいけるでえ」
マリエール達はまだ十分余裕だった。ゲームとは違い現実となったこの世界では、個人差もあるがレベル90の冒険者は基本的に食糧消費量が多い。高レベルの冒険者になる程健啖家なのである。
実際、去年の天秤祭のケーキバイキングでは、レベルの割にあまり大食いと言えないシロエでも、3人分はある大きさのケーキ1ホールを1人で何とか食べた事があるからだ。もっとも、それはケーキという甘ったるくて非常に胃に重たい代物だからであって、寿司ともなるとまた感覚が違うのだろうと思う。なぜなら、その気になれば冒険者一食分の食事の量ーーつまり体積ーーだけでそれを上回るからだ。もっとも、一般に言われている様に、女性の中には「別腹」を持つ人も居る様であり、同じ定規で測る事は出来無いのであるが……。
「私もそろそろ限界です」
そう言うと、セララも箸を置いた。
なお、高レベル冒険者の男性客の中には、50近い皿を重ねている者も居るが、大地人の男性客は、さすがにそこまで食べる者は居なかった。むしろ、女性の高レベル冒険者よりも少ないくらいだった。見てみると、女性の冒険者の客でも30皿程度は平らげている人も居るからだ。
「あかん、残念やけど心が求めても、もうお腹が受け付けへんわあ」
しばらくして、とうとうマリエールがそう言って箸を置いた。ヘンリエッタとリーゼも、同じ様に箸を置いている。
「久しぶりーーこの世界では初めてーーのお寿司で、私も少し食べ過ぎてしまいましたかしら」
リーゼが、そう満足げに言うとお茶を飲んだ。
いよいよ、一周年記念祭が始まりました。アニメでは、マリエールがレイネシアの事を「シアちゃん」と呼んでいたので、こちらもそれに習ってみました。おかしいと思われたなら、修正いたします。