修行の開始
2話連続での投稿となります。今回は、「奈落の参道」でのソロプレイによる修行です。
アンジェロは、賢者リ=ガンによって封印が解除された扉をくぐると、まずは冒険の拠点となる部屋へと入った。この大規模戦闘区域である「奈落の参道」では、死ぬと自分が帰還場所に設定してある街では無く、入り口であるこの部屋に戻される。同時に、安全地帯となっているので、主な休息もここで取る事になる。
レイドチームであれば、臨時の野営所も設営出来るのであるが、ソロであるアンジェロが安全に休息を取るには、この場所まで戻る必要があった。
ただし、ある程度まで先へ進むと似た様なセーフゾーンがあり、そこでも休息を取る事が出来る様になっている。
もっとも、基本的に一度倒したモンスターは、そのレイドゾーン自体が無人にならない限り、リセットされて再配置される事は無い。
そして現在、このレイドゾーンにはアンジェロ以外の者は誰も居らず、同時にアンジェロが退出するまでは、誰も入れない様に閉じられている。もちろん、アンジェロが誰かを招き入れればその者も入れる様になるが、それにはパーティーやレイドを組む必要がある為に、アンジェロには行う事が出来無い。正確に言うと、「出来無い」のではなくて「やらない」のであるが、それも魔剣の持つ特性のせいであった。
アンジェロは、戦闘の邪魔にならない様に余計な荷物を置くと、シロエがくれた地図を広げた。そしてダンジョンの作りを見ながら、モンスターの出現する部屋と罠がある部屋を調べた。
アンジェロの目的はこのダンジョンを攻略する事では無く、修行の為に戦闘を繰り返す事だったので、戦闘と関係の無い部屋はパスする必要があったからだ。
さて、このレイドゾーンには、「貪り食う汚泥」や「変異した鷲獅子」「毒根の多頭花」などの雑魚モンスターの他、「一なる庭園のヴァンデミエ」や、「五なる庭園のエルレイーダ」を始め、「二なる庭園のメザラクラウ」「三なる庭園のイブラ・ハブラ」「四なる庭園のタルタウルガー」「七なる庭園のルセアート」などと言った、強力なレイドボスが目白押しに存在している。
なお、今回は目的が違う為にレイドボスは無視する事になるが、アンジェロがこれらのレイドモンスターと単身で渡り合えるのには、魔剣に秘められた様々な特殊効果が大きい。HPやMPの自動回復効果はもちろんだが、何よりモンスターが持つあらゆる状態異常効果--毒、麻痺、睡眠、混乱、各ステータスや移動速度の低下など--を、全て無効に出来るのである。こういった状態異常の治療や解除、それに死亡した仲間の蘇生には、専門の回復職が必要なのであるがアンジェロには必要が無い。自分のHPさえ注意していれば良いのである。
それでも相手は雑魚とは言えレイドゾーンのモンスターである。通常のフィールドやダンジョンの雑魚に比べると、レベル不相応に強化されたステータスを持っている。油断は禁物だった。
さすがのアンジェロも、ここではわざと攻撃を喰らって強さを調べる事はやらない。喰らってしまった時に理解すれば良いと思って戦闘を開始した。
最初の部屋に入ると、数匹の「貪り食う汚泥」が、文字通り湧いて出て来た。一般的にはいわゆる「スライム」と呼ばれている低級なモンスターの種類であるが、レイドエリアのモンスターである「それ」は、レベルも大きさも桁違いである。決してナメてかかれる相手では無い。
シロエがくれたレポートによると、これは自らが攻撃するよりも相手の攻撃を喰らって、反撃効果でダメージを与えて来るらしい。
攻撃を受けると、自らの体を飛び散らせる事で、それに触れた対象にダメージの乗った状態異常を与えるのだという。
「なるほどね」
アンジェロは、まず相手の感知範囲を調べる為に、ゆっくりと近寄って行った。このモンスターには目を始め、生物がおよそ持っている感覚器官が無い事から、視覚ではなくそれ以外の感覚で近付くものを感じているのは間違いが無い。おそらくだが、それは嗅覚や聴覚でもなく、地面や空気の震動だろうと思う。
アンジェロは慎重に、、貪り食う汚泥の行動を観察していた。今はまだ知覚範囲外だから、積極的に襲っては来ない。基本的にレイドゾーンのモンスターはアクティブなものーーこちらを感知すると、自ら襲って来るーーが多い。また、スライムというモンスターには知性が無いので、ほとんど条件反射的な行動しかしない。
やがて、アンジェロに近い固体が他から離れて少し孤立すると、アンジェロはそれに近寄ってわざと地面を何度か足で踏み鳴らした。
すると、それに反応して、貪り食う汚泥がゆっくりと向かって来た。おそらく同調はしないだろうと思われるが、他の固体にも感づかれない様に、アンジェロは急いで部屋の入り口付近まで後退する。
モンスターの中には、主に同種族が戦闘状態に入っているのを感知すると、勝手にその戦闘に加わって来るものが存在する。これを「同調」と呼び、特にオープンフィールドで戦闘を行うMMORPGでは、パーティーやレイドの崩壊や全滅の主な原因となる。
最初にこのレイドゾーンに挑んだシロエ達が、「七なる庭園のルセアート」との戦闘中に、「三なる庭園のイブラ・ハブラ」「四なる庭園のタルタウルガー」の2体のレイドボスに乱入されて全滅した時も、このリンクの様な状況になったと思われる。
その為、アクティブとリンクの性格を同時に備えるモンスターを相手にする場合は、特に気を付ける必要があった。
「さあ、やって来い」
アンジェロは、部屋の入り口付近まで貪り食う汚泥を誘導すると、早速魔剣で斬りかかった。
文字通り、泥の塊を斬る様な感じがした。「糠に釘」とは、まさにこの事だろう。しかし、大ダメ-ジを与えたものの、さすがに魔剣と言えども一撃で倒す事は出来ず、アンジェロは飛び散った液体による反撃ダメージを受けた。
本来は、ダメージ以外にも追加効果によって、毒などのバッドステータスを付けられる可能性があるのだが、魔剣による特殊効果で、アンジェロは反射によるダメージ以外は何も受ける事が無かった。
さらに、反撃の飛沫による範囲攻撃を、他に喰らう仲間が居ない事も幸運だった。つまり、周囲を気にして戦う必要が無いのだ。
もしこれが通常のレイド戦だったら、攻撃の度に起きる反撃のダメージと状態異常の治療を、回復役が毎回やらねばならない。もちろん、抵抗の判定に成功すれば状態異常にはかからないが、そう上手く全員が抵抗出来る事も無いし、最悪は範囲内の全員が状態異常にかかってしまう事もある。
アンジェロは続く攻撃で貪り食う汚泥を苦も無く倒すと、次の固体を釣りに向かった。
「スカーレットナイト」の特性によって、反撃ダメージは吸収効果ですぐ回復出来るが、とどめを刺した場合は最後の反撃の分だけ、ダメージが残ってしまう。
しかし、その残ったダメージも別のモンスターに行う最初の攻撃で吸収して回復出来る。けれど、またとどめの反撃の分だけダメージが残る。
っと言う事を繰り返しながら、アンジェロはこの部屋の掃討を終えた。最後に残ったダメージは自動回復に任せると、布で防具に付いた汚れをぬぐう。
魔剣「無敵の刃」は、その設定上決して痛んだり壊れる事が無いが、防具は普通の品物である為、手入れを怠ると最後には壊れてしまう。
貪り食う汚泥から飛び散る飛沫は、ダメージ効果のある酸性を帯びている為に装備の耐久度を少しづつだが侵食する。
パーティーに専門の修理スキルを持った仲間が居れば修理してもらえるのだが、アンジェロは最低限の手入れをする事しか出来無い。
一応、予備の防具も持って来ているのだが、貪り食う汚泥ばかりと戦っていては、戻った時に修理費用がいくらになるか、見当も付かない。
「これじゃあ、下手したら稼ぐよりも赤字になりそうだ」
アンジェロはそう愚痴をこぼしたが、もちろん実際にそんな事は無い。
高レベルのレイドゾーンである「奈落の参道」は、当然ながら実入りも良くて、貪り食う汚泥を1体倒す度に結構な数の金貨をばらまいてくれたが、アンジェロの様な高レベル冒険者になると、装備している物もそれなりであるので、修理にかかる費用が馬鹿にならないのも事実だ。
しかも、アンジェロはドロップ運が悪いのか、貪り食う汚泥から得られたのは金貨ばかりであり、アイテムはあまり得る事が出来なかった。それでも、レアな素材などをいくつも手に入れる事が出来た。
どうやら、ソロなのでアイテムドロップ抽選を一度しか受けられないのが理由らしかった。これがパーティーならば人数分の抽選権を得られるから、その分色々なアイテムもドロップしやすい。
それでも、さすがに結構なEXP(=経験値)は手に入れられたので、アンジェロは久しぶりにステータス画面で経験値が増えるのを確認出来た。
アンジェロは、貪り食う汚泥の相手はやめて、「変異した鷲獅子」や「毒根の多頭花」などと戦う事にした。
「変異した鷲獅子」は、ステータス自体は強いがクセの無いモンスターだし、「毒根の多頭花」は、名前通りの毒を絡めた攻撃をして来るが、アンジェロには効果が無い。それに、ステータス自体はあまり強く無いので、アンジェロにしてみれば組みしやすい相手でもあった。
アンジェロは、通常ならば有り得ない速度で経験値と金貨を稼いでいた。何せ、本来は24人体制で挑むダンジョンである。それをソロでやっているのだから当たり前の事だ。
純粋に、取得する経験値は4パーティー分(6人パーティー4つ分)で、入手する金貨は24人分なのだから当然だ。
相手の強さがある程度まで解って来ると、アンジェロは技術の向上に重点を置く事にした。モンスターの数には限りがある。有効な修行をする必要があったからだ。
もっとも、一度入り口から出れば挑戦が終了したと見なされて、中のモンスターは再配置される。しかし、それだとまた最初の貪り食う汚泥から倒し直さなければならない。折角面倒くさい相手をパスしてここまで来たのに、それは御免だった。
何日かすると、アンジェロの身のこなしにも磨きがかかって来る様になった。さすがにこれまでとは緊張感が違う戦いの中で、確実に成果を上げているのだ。しかし、口伝というにはまだ程遠いものであった。それに、本来は素手による格闘術からの流用が多いので、守護戦士のスキルとしては不十分なままだった。
戦闘や出現モンスターに関して、何かおかしい部分があれば修正いたします。