淑女(レディ)の集い
今回は、アキバの街に滞在しているレイネシア姫の下へお邪魔します。
その後も、アンジェロは1日の半分をダンジョンで過ごし、残りをアキバで過ごしていた。最初にアキバの街を素顔でうろついた時に比べると、幾分かは注目度も薄れた様だが、相変わらず人目を引くので少しばかりうっとおしく思っていた。
「全く、ゆっくり外で食事も出来やしない」
そう言ってアンジェロがぼやいていたので、ある日アカツキが言い出した。
「アンジェロも、良かったらレイネシアの所に来るか?」
意外な提案だった。
「だけど、あたしは男だぞ?」
変な話だが、そうである。肉体は確かに女性だが、心は男性なのだ。ある意味、男子禁制で女の園みたいなレイネシアの館へ、男性が招かれてお茶をしに行くというのは大丈夫なのだろうか(まあ、中には「西風の旅団」の「ドルチェ」の様に、「体は男でも心はオンナ」と言う者も居るが)。
「問題無い。ただお茶をしながら、みんなでだべるだけだ」
アカツキは、相変わらず無愛想な表情でそう言った。
しかし、これは考えてみると悪く無い提案では無いのだろうか。
「そうだね。差し使えが無ければ、一度お邪魔してみようかな」
アカツキの好意を無駄にしたくは無いし、レイネシア姫とお近づきになれる良い機会かも知れない。アンジェロは、アカツキの申し出を受ける事にした。
「うむ、それがいい」
アカツキはそう言って頷いた。
「ところで、アカツキ」
「何だ?」
アンジェロの言葉に、アカツキが「ん?」と言う様な顔をした。
「レイネシア姫の好きな物って、何か解る?」
「好きな物……か?そう言えば特に聞いた事が無かったが。それがどうかしたのか?」
アカツキに言われて、
「いや、お邪魔するなら、手土産が要るかなと思って」
アンジェロがそう答えると、
「そうだな。あんパンなんてどうだろう」
アカツキが少しうれしそうに言ったが、
「いや、それはアカツキが好きな物じゃないの?」
アンジェロがそう言えば、
「私もだが、レイネシアも好きだぞ。あれはあんこが程良く甘いし、それとは別に、生地の甘くていい匂いもする」
と、アカツキが少し真顔になって言うので、
「私はさ、残念ながらあんパンは作れないんだよね。洋菓子限定になるけど、アカツキが他に食べたい物があれば作るよ?」
アンジェロはそう答えた。すると、
「……なるほど。それでは、1つ良いだろうか」
アカツキが遠慮がちに言うので、
「何かな?」
と、アンジェロが聞くと、
「……そ、その……私は……、チーズケーキが食べたい」
アカツキが、少し顔を赤くして言った。
「オッケー、任せといて!」
アンジェロは、快く了承した。
「それと、私が言ったのは他言無用に願う」
「ん?どうして?」
「は、恥ずかしいからだ」
少しうつむき加減にアカツキが言うので、
「別に普通だと思うけどな」
と、アンジェロが言った。
やがて、アンジェロがアカツキと共に、レイネシアの館へ訪問する日がやって来た。アンジェロは、アカツキのリクエストであるチーズケーキの材料を買い込むと、チーズケーキの製作準備にかかった。
「参加人数はっと、レイネシア姫と侍女のエリッサさんと、マリ姐にヘンリエッタさんと、セララさんと、あとリーゼさん、だっけ?」
アンジェロは、指折って数えた。
「そうだ」
アカツキが短く答える。
「それに、あたしとアカツキだから、8人か。ケーキ1ホールを8等分……では、足りないかな。ま、いいや。その分大きく作れば」
パティシエの腕を振るって、やがてアンジェロは見事なチーズケーキをこしらえた。
「凄いな、本当に作り方を知っているとは」
アカツキが感心して言った。
「まあね。本来ならば、男性には無駄知識かも知れないけどね」
アンジェロはそう言ったが、女性であってもそういう事を知らないアカツキにして見たら、十分うらやましく思えた。
「それじゃあ、行こうか。先導よろしくね、アカツキ」
「承知した」
アンジェロとアカツキは、揃ってレイネシアの館へ向かった。出迎えた侍女のエリッサに案内されて、レイネシアの執務室へ入ると、そこではレイネシアの修羅場が展開していた。
レイネシアをコスプレでいじり倒すマリエールと、それを諌めるヘンリエッタ、おろおろするセララ、傍観するリーゼという、アカツキにして見たらいつも通りの事だが、アンジェロはしばらく呆気に取られていた。
「だから、ここはもうちょっとこうやねん」
「それは少し行き過ぎです、マリエ」
「あわわ、これはどうすれば……」
大騒ぎしている3人に対して、黙って座ったまま紅茶を飲んでいるリーゼが対照的だった。
「何してるん……ですか?」
アンジェロは、辛うじてそう言った。
「ああ、アンジェロやん。今な、お姫様に新しい服をな、ちょっと来てもらおう思て」
マリエールが、振り向いてそう言った。
「あら、アンジェロさん。お久しぶりですわ」
涼しい声でそう言ったのは、ヘンリエッタである。
「はわわ、こんにちはです、アンジェロさん」
あたふたしながらアンジェロに挨拶したのは、セララである。
「まあ、一応だけど初めまして。あなたが噂のアンジェロさんね」
澄ました顔でリーゼが言った。
「アンジェロ、こっちがレイネシアだ」
アカツキに言われた方を見ると、ピンク色をしたバニーガールの衣装を着て、黒い蝶ネクタイとウサ耳を付けられそうになっている、アカツキやリーゼとは違うタイプの美少女が、ソファに鎮座していた。
アカツキに言われると、アンジェロは背中の魔剣を外して自分の手前に置き、跪いて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、レイネシア姫殿下。そのご尊顔を拝謁出来ました事、誠に恐悦至極に存じます。私は冒険者のアンジェロと申します。以後お見知り置きの程を」
アンジェロは、まるでどこかの騎士の様に、見事な口上と礼儀作法で挨拶をして見せた。しかし、挨拶をされた当の本人であるレイネシア姫は、何とも言い難い格好の最中であり、そのギャップがまるで寸劇か喜劇の様であった。
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。私はレイネシア=エルアルテ=コーウェンと申します。「自由都市同盟イースタル」の筆頭領主セルジアッド=コーウェン公爵の孫娘であり、このアキバとの交渉及び仲介の役を務めております」
言葉だけだと、あくまでも凛として毅然とした態度に思えるのだが、前述した姿が何ともミスマッチである。
「さあ、もう顔を上げて下さい。堅苦しい挨拶はこれで終わりにしましょう」
レイネシアに言われると、アンジェロは立ち上がって顔を上げた。その姿を見てレイネシアは、
(何て綺麗な人……。私が知っている貴族の中にも、こんなに美しい人は滅多に居ないわ……)
と、思わず少し見とれてしまった。
レイネシアは、「イースタルの冬薔薇」ともてはやされる問答無用の美少女であるし、その母であるサラリヤも「イースタルの真珠」と謳われた美女であるが、アンジェロのそれとはまた違う美しさに、同じ女性ながら少し目を奪われてしまう。
しかし、そのほんのわずかな無抵抗の時間に、あっさりと着替えを完了させられてしまったのだった。
「わあ、ほんまによう似合うわあ。やっぱり別嬪はんは何を着せてもええわあ」
すっかりバニーガールに着替えさせられたレイネシアを見て、胸の前で両手を合わせながら満足げにマリエールが言った。
「それにしても、今回のは少し品が悪いのではありませんか?仮にも高貴な身分のレイネシア姫を、この様なお姿にさせては」
ヘンリエッタが言うと、
「あの……これは一体どういう服なのでしょうか」
レイネシアが困惑気味に聞いて来た。
「ええと、そうそう、これは給仕に使う制服の一種やのん」
マリエールがそう言ったが、まあ確かに酒場やカジノのバニーガールは、そうかも知れない。
「でしたら、今回はエリッサの方が良かったのでは?」
レイネシアがそう言うと、エリッサがそれを聞いてびくっとした。レイネシアの侍女だけあって、エリッサも決して不美人では無く、むしろ水準としてはやや上なのだが、マリエールがいじるターゲットとしては、やはりレイネシアの方が良いのであった。
(ちょっと、毎回こんな事をやってんの?)
アンジェロが、アカツキに小声で聞いた。
(ああ、マリエールが来ると、毎回こうなる)
アカツキがそれに答える。
(仮にも、お姫様に対して良いのだろうか)
アンジェロはそう思ったが、レイネシアはアカツキと違って逃げる事が出来無いので、かなり気の毒な気がした。
「さてと、では皆さん。挨拶代わりに手土産をお持ちいたしました」
アンジェロはそう言うと、魔法の鞄に魔剣をしまって、代わりにお手製のチーズケーキが入った箱を取り出した。
「みんなで一緒に食べようと思って」
アンジェロがテーブルの上に置いた白い箱の蓋を開けると、中にはチーズケーキが8ピース入っていた。ケーキ1ホールを8等分したものだ。
「まあ、何ておいしそうなんでしょう。エリッサ、お皿と新しいお茶をお願いね」
それを見たレイネシアが、文字通り目を輝かせながら言った。そしてエリッサが、用意した皿にチーズケーキを乗せると、ティーカップに新しく紅茶を淹れた。
「なあなあ、これ、もしかしてアンジェロやんが作ったんか?」
マリエールがアンジェロに聞いた。
「その通りだよ、マリ姐」
アンジェロが答えると、
「うっわ~、アンジェロやんって器用なんやねえ」
マリエールが驚いて言った。
「でも、アンジェロさん、スキルはどうなさったんですか?」
ヘンリエッタが訊ねると、アンジェロは認定証の話をした。
「へえ、そんなアイテムがあったんやねえ」
マリエールが、今度は感心した風に言った。
「あ、すいません。私は知ってました、えへへ」
セララが、申し訳無さそうに手を少し挙げて言った。
「認定証、何やら興味深いですわ」
リーゼがぼそりと言った。エリッサが配膳を終えると、
「あのう、レイネシア姫」
アンジェロが口を開いた。
「何でしょう?あと、レイネシアでよろしいですよ」
レイネシアに言われて、アンジェロが言い直す。
「では、失礼して、レイネシア」
「はい、何でしょう?」
「あたしは今回、ケーキを8個用意して来た。8個目はエリッサさんの分なんだ。だから、エリッサさんも同席を許してあげて欲しいんだけど、駄目かな?」
アンジェロにそう言われて、
「あの、私はあくまでも侍女です。主人と席を同じくするなんて」
エリッサが控え目にそう言ったが、
「解りました、今回は特別に許します。エリッサ、貴女もご一緒に頂きましょう」
レイネシアは、その申し出をあっさりと了承した。
「はい、それでは恐れながら失礼して私もお言葉に甘えさせて頂きます。それと、私の事もエリッサで結構です」
エリッサは、あくまでも侍女としての姿勢を崩さずに、それでいて、どことなくうれしそうにそう答えた。
キャラクターの言葉遣いなど、どこかおかしい所に気が付かれたら、遠慮無く教えて下さい。