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封印と誕生

最終話は一人称です。

予めご了承下さいませ♪


「あ、あれ」


 気が付くと、ルークスと魔王の争いは終わったようで二人は互いに剣を収めていた。

 というか、気が付くと、周りの風景が一変している事に気がついた。

 天井には何やら風車のようなものが回り、僅かだけど風を感じた。

 よくよく考えれば、ここは魔王の造り出した世界。

 先程の闘いだって何時の間にか書庫では無い場所になっていた訳だし、魔王の思いのままになるのだろう。


 僕が起き上がろうと手を置くと二人が同時に手を差し出してきて、お互いに睨みあっていた。

 僕は二人の手を取って起き上がると思わず「アハハッッ」と笑う。

 すると、二人も互いに顔を背けながらも笑った。


「それで、ここは魔王の場所なのか?」

「いや、違う」

「じゃあ、ルークスの……」

「……私の空間でもない」


 魔王とルークスの返事を聞いて僕は混乱した。

 ここは、明らかに元の世界とは思えない場所だ。


「じゃあ、一体誰がここを?」


 僕の呟きに二人は何かを言いかけて思い止まる。

 さっきから、どうも二人の様子が変だ。

 ハッキリしないと言うか、気を使ってるというか、兎に角二人の性格を考えたら大人し過ぎる。

 とりあえず二人をジロリと睨んでいると、


「お前だよ、【サクト】」


 僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 一体誰が? と思い、声の主へと視線を向けるとそこにいたのは温厚そうな笑みを浮かべたおじさんがいた。

 初めて会った人なのに、何故か昔からの知り合いの様な妙な親しみをその人に感じた。

 その人はジッとこちらを見ている。

 僕はゴホンと咳払いを一つ入れると、


「あ、あのどちら様でしょうか? 何で僕の名前を知ってるんでしょうか?」


 と、尋ねてみる。


「ん? あぁ――すまなかったな。

 こうしてお前に会うのは初めてだった……」

「そうですよ――いきなりこれじゃ怪しい人みたいだわ」


 今度は女性の声がいきなり聞こえたかと思ったら、そこに優しげな微笑みを浮かべた女性がいた。

 さっきから何なのだろうか、人がいきなり目の前に出てくる。

 前に街で見たことのある【奇術】っていう物の一種だろうか? いや、あれは色々と道具がたくさんあったし、この二人は何も無い場所に突然現れたのだから…………駄目だ、サッパリ分からない。

 思わず頭を抱えている僕をルークスと魔王は困惑気味に、突然現れた二人の男女は笑顔で見ている。

 このままだと何だからちがあかないと思った僕は、


「あ、あの何で僕の名前を知ってるんでしょうか?」


 とりあえず、さっきの質問をもう一度ぶつけてみる事にした。


「そうだったな、まだこちらの名前を言って無かったっけ。

 母さんが横槍入れるから――」

「ちょっと、人のせいにしないでくださいな。

 ごめんなさいね、この人少し抜けてるのよ」

「ちょ、その言い方は無いじゃないか。

 まるで、私が間抜けみたいだ」

「あら? そうでしたっけ」


 どうやら夫婦らしい二人はいつのまにか口喧嘩を始め、僕たち三人の事などすっかり忘れてように見えた。

 二人の口喧嘩は一向に収まる気配は無い、仲がいいのはよく分かったから、早く本題に入って欲しいと思っていると、


「いい加減にせぬか、我もこの者達もそなたらの口論を見る為にここに存在いる訳では無いのだ」


 しびれを切らした魔王がそう言った、正直、よく言ったと僕が思っていると、更に――


「二人の仲がいいのはよく分かりました、ですが我々が知りたいのは、今何故ここにいるのかということです。

 お二人が知っているのならばご教授頂きたい」


 今度はルークスがそう言った。

 魔王が王様らしく大仰しい物言いをしたのに対して、ルークスは、騎士らしく礼儀正しく尋ねた。

 流石に二人も恥ずかしくなったのか口喧嘩を止めた。


「コ、コホン……」

「「「……………………」」」

「あ、あのぅ」

「「「…………………………………………」」」

「あ~~~~もう、すいません。こんな両親で」

「ほんとよね~~、恥ずかしくなるわぁ」


 ん? 今、さらりと重大な事を言われた様な…………。

【両親】って言ったよな? 一体誰のだろうか。

 まさか――


(と、父さんに母さんなのか?)


 そのたった二言の言葉を口にするのが何だかとてつもなく恐ろしかった。

 養父母からは僕が物心つく前に流行り病で揃って【病死】したと聞かされた両親。

 どんな人達だったかを聞こうと何度も思ったけど、聞くのが怖くて聞けなかった二人。

 僕がこの世に存在できるキッカケを与えてくれた人達。

 その二人が今、僕の目の前にいるのかも知れない……そう思うと、身体が震えた。


「サクト、すまなかったな。お前を一人ぼっちにして」

「本当にごめんなさい、サクト」


 二人が僕の心を読んだかのように名前を呼んでくれた。

 そうだよ、周りがどう思っていようが関係無いんだ。

 この人達がキッカケを僕に与えてくれたんだから、この人達は僕の両親なんだから。


 言葉はでなかった――ただ、二人に飛び付いていた。

 父さんに母さんは、大きな息子こどもがいきなり飛び付いていたのに一瞬、驚いた表情を浮かべたけど、すぐに優しい笑顔で抱き留めてくれた。

 このまま、時間が止まればいいのに……そんな事を思わず考えてしまった。



「さ、緑茶です、良かったら飲んでみてください」


 母さんの入れた緑茶は美味しくて、お茶は温かい物だというこれまでの常識を粉砕した。

 ルークスに魔王も緑茶は初めてらしく、最初は戸惑っていたけど僕が飲むのを見て、真似をして口に入れた。


「おおっ、これは初めての味わい」


 ルークスが感心したようにそう言うと、魔王がすかさず言った。


「馬鹿め、初めて飲むのだから当たり前だ。

 ふむ……渋味とほのかな香りがなかなかにいい…………」


 そう言いながら、ゆっくりと味わっている。

 ルークスは一気に飲み切ると、馬鹿にするような表情を浮かべ、


「……何を通ぶっている? 初めて飲むんなら、素直に美味しいと言えばよいでは無いか、この頭でっかちが」


 と言い返した。

 魔王も、「何だと、この筋肉馬鹿」と反撃し、二人は「やるか、あぁ」とまるでその辺りの柄の悪い人達みたいな感じになっていた。

 何て言うか、とても【契約者】の目の前にしてするような会話では無い 。

 とてもじゃないけど、かたやかつて【勇者】でもう一方は【魔王】だったとは思えない、それ位に程度の低い争いだった。


「ハッハッハ、二人は本当に仲が良いのですな」


 父さんが笑いながらそう言うと、即座にルークスと魔王がジロリと睨み、びびった父さんは「ひっ、すいません」とペコペコしていた……こっちにも【父親の威厳】は皆無だった。


「ほらほら、喧嘩はいいからお煎餅はどうかしら?」


 母さんは三人のやり取りにも全く動じずに、大量の煎餅が盛られたお皿をちゃぶ台に置くと、「サクト、こっちに」と僕を手招きした。

 三人のやり取りを見るのも楽しかったけど、母さんと話してみたいと思った僕は付いていく事にした。



「ごめんなさいね、全く威厳の無い人で」

「いいよ、寧ろ威厳なんかあったら怖くて話しかけられないよ」

「それもそうね」

「そうだよ、そもそもルークスや魔王と一緒にいたら殆どの人は威厳なんて無いも同然だし」

「そうねぇ、あの人ったら、最初は頑固オヤジで行こうとか言ってたのよ、アレで」

「そうなの? ムリだよ」


 ああ、いいな。こんな話を親と出来るだなんて思いもしなかった。

 あのちょっと抜けた所にヘタレな所を見ると、僕はあの父さんの息子なんだなと思えた。

 別に両親に対していい印象を持っていなかった僕にとって、あの父さんで良かった。

 そして、優しくて、気が利いて、ルークスや魔王にも一歩も引かずに笑い飛ばす母さんで良かった。


「――こんな時間がずっと続けばいいのに」


 僕は思わずそう呟いた。

 本当に充足した時間だった。

 穏やかで心の落ち着く満ち足りた瞬間。

 だからこそ分かっていた、こんな時間がずっと続くはずは無いのだと。


「――そうよ、あなたの思っている通りよ」


 母さんがそう言うと、扉を開いて僕を家の外に連れ出す。

 そこは明るかった家の中とは違い、薄暗い。

 時折、微かな光は見えるものの、他には殆ど何も見えず、生き物の気配は感じられない。

 そこはまさに【黄昏時たそがれどき】という表現がピッタリと当てはまる異質な空間ばしょだった。

 僕は思わず、


「こ、ここは一体…………」


 と、そう絶句するしか無かった。

 母さんがそっと僕の肩に手を置いてくれなければ、そのまま立ち尽くしたままだっただろう。


「落ち着きなさい、サクト。

 あなたは何が起きても心を乱しては駄目、【世界すべて】が死んでしまう」


 母さんの言葉は優しく、心が落ち着く様な響きが込められていた。

 恐らくは、これも何らかの【魔法】なのだろう。


「母さん、今の意味は一体……?」

「言ったままの意味よ……ここはあの家もここも【あなた】の心が造り出した物。

 ここは全てがあなたの心に反応する空間なの。

 だから…………」


 母さんはそう言うと、僕の手を握りしめる。

 不思議な温かさが僕の身体を、心を包み込みんでいく。

 まるで水の様に身体中を微量の魔力がうっすらと巡っていき、不安だった気持ちが薄れていく。

 すると、その僕の気持ちに呼応して薄暗かった空間に僅かに、でも間違いなく光が増えていき、明るくなった。


「どう、分かった?」

「あ、うん」


 母さんはニコリと微笑み、僕も吊られて笑う。

 その気持ちに応える様にさらにこの世界がさらに光に包まれていき、やがて一面全てが豊かな緑一色となる。

 命の気配すら無かった空間せかいに兎や、栗鼠りすといった小動物に蝶々や蜜蜂が飛び交い、騒がしくも豊かな景色へと一変した。

 母さんが言う。


「どう? 理解できたかしら」


 僕はただただ頷くしか無かった。

 そこへ”バタリ”と音を立てて後ろの扉が閉まる。

 父さんがルークスと魔王を同じく外に連れ出したのだ。

 父さんは母さんに対して一度大きく頷く。

 母さんは微笑を浮かべ、返事を返した。

 ルークスが尋ねてきた。


「ここが何処か分かったか?」

「何となくだけどね」


 魔王はと言うと、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回して、兎を捕まえている。

 そして、あの鉄面皮みたいな表情が緩んでいる。

 それを見た僕が魔王に近付くと、我に返った魔王はまた元の鉄面皮に戻り「ふむ、興味深い場所だ」と精一杯威厳を保とうと声を出したものの、最早手遅れだったらしく、ルークスにおちょくられている。

 何だかよく分からないけど、今の光景だけ見ている分には二人がこれ迄に幾度となく様々な世界でぶつかり合った仇敵にはとても見えない……それどころか友達のようにすら見える。


「どうしたんだ、サクト?」


 父さんが話しかけてきた。

 母さんはいつの間にか”バタリ”と扉を開いて家の中に戻っていた…………多分、僕が父さんとゆっくり話せるように気を使ってくれたのだろう。


「父さんと母さんは何故ここに? ここは僕の【心の世界】なんだよね」

「そうだよ、ここはお前の心が造り出した【異界】。

 たった一人の世界であり、全ての人々の世界でもある。

 私達がここにいたのは、お前といつかこうして話す為だよ。

 いつか、お前が【器】として選ばれた時の為に少しでも力になれるように、ね」

「魔王も言っていたけど、【器】ってどういう意味? ルークスが言うところの【契約者】と同じような意味なのかな?」

「まさにその事だよ、私達がお前に話さないといけない事とはね――――それは、」


 その瞬間だった。

 突然、緑一色だった僕の【心の世界】がにわかに燻んでいく。

 鮮やかな緑の中に焦げ茶色や黒い染みの様な斑点が混ざっていく。

 さらに鮮やかな空にも暗雲が漂い、今にも雨になりそうな雲行きとなった。


「え? 何でだよ、僕のせ…………」

「……いや、お前のせいじゃない、これは――元の世界だ」




 ◆◆◆




「アヒャヒャヒャヒャッッッッッッ、もっと、もっとだよぉ!」


 最高の気分だった。

 ボクには【力】が宿った。

 ボクの一族はとある【高貴】なお方の【眷族けんぞく】としてこの世に遣わされた。

 全ては、この世を【狂喜と絶望】で包み込む為に 。


「何だよ何だよ何だよおぉぉぉぉぉッッッッッッ。

 この程度でこのボクを、新たなる【魔王様】を止めようってのかい? あ、アヒャヒャヒャヒャ~~~~~」


 全く最高だよぉ、こんな事ならもっと前からあの【魔石】をこの身に受け入れれば良かったんだよぉ。

 ボクの一族が、この地に訪れたのはおよそ五百年前の事。

 この地には、【御神木】と呼ばれる大木と【魔石】を守る一族がいた――彼等は何でも、更にさかのぼること五百年前、つまり千年前の【災厄】により、その身は滅びた。

 だが、魔石と御神木の持つ絶大な魔力によって人ならざる身、つまり【骸骨スケルトン】となった、とされた。

 その話を知ったご先祖がそれを調べる為にこの街に開拓民として訪れ、【魔石】を盗み出し――【儀式】により、【高貴なお方】の開【魂の一部】を宿らせた。

 全ては、この世に我らの【盟主】による【狂喜と絶望】を招く為に。


「アは? 何だよぉ」


 ボクの身体中を無数の矢が貫いた。

 思わず倒れると、まるで剣山の針みたいに見える。

 思わず「アヒャヒャヒャヒャァァァァァ~~~」と爆笑していると複数の人間カスがボクの身体に今度は長槍を突き立てた。

 ”ドスドス”という何ともいえない感触がこの身体を襲った。

 何やら、人間達が「やったか?」とか「死んだみたいだ」とか色々ほざいている。

 自分達の勝手な解釈で都合のいい現実に浸ろうとする、だからボクは【人間】が嫌いだ。

 ボクがゆっくりと起き上がると、人間達が「馬鹿な」やら「バケモノか」やらと口々に叫んでいる。

 その声は【恐怖】に満ち充ちていて実に心地よかった。

 そうだよ、その声が聞きたかったんだよ!! もっと聞かせろよ。


「何だ、こんなもんか」


 今や【超越者】となったボクにとって、人間は脆い生き物

 だった。

 ボクは素手で易々と手足を千切り、引き裂いた。

 まるで、紙を破るみたいに簡単で拍子抜けする程だった。


「フ~~~~ン、面白みに欠けるな。

 素手で殺すのは止めよう」



 この地に【高貴なお方】を招く準備が整い、ご先祖はひそかに街の住人を殺し、また【御神木】を切り倒した。

 こうして互いに【猜疑心】に苛まれた人間と骸骨を殺し合わせ、【高貴なお方】の眠りを一刻も早めようとした。

 だが、この地に【神器】が降臨し、状況は一変した。

 復活するハズだった【高貴なお方】に供給するべき魔力その物が神器によって封印された。

 こうして、ご先祖はそれ以来、この地に根を張り、機会の来るのをじっと待つことにした。


 ボクがそれを手にした最初はまだ六歳の事だった。

 屋敷の地下にこっそりと奉られていたその石は赤く輝き、まるで生きている様に見えた。

 先祖代々、この石を守るのが僕らの役割だそうだ。

 何でも、【悪鬼の森】に封印された【神器】はやがて何者かにより封印を解かれる。

 その際、封印を解いた人間に魔石を与え、【器】とする――らしい。

 正直言って、子供騙しの物語だと半ばバカにしていた。

 ボクが冗談半分でそれを、【魔石】を手にするまでは。



 それはあっという間の出来事だった。

 様々な世界、様々な人が見え、ボクが知っていた世界なんてモノがいかに小さく――狭いのかを理解した。

 そして、知った。

 人間カスは何処の世界でも殺し合い、憎しみ合い、奪い合うのだと。

 だから、子供ながらに悟った。

 ボクがこの手で人間カス共を支配し、導かねばならないのだと、その為に【魔石】はここにずっと奉られていたのだと。


「もっと、もっとだよぉ!!」


 あの【魔石】には【魔王】と呼ばれたモノが封印されていた。

 いや、正確にはそう呼ばれた存在の【残骸】がだ。

 無数の世界の中では【魔王】と【勇者】の闘いが繰り広げられていた。

 その結末は様々で、お伽噺や神話のように必ずしも【勇者】が勝つ訳では無かった。

【魔王】が討たれる結末も存在れば、【勇者】が返り討ちに会う結末も存在った。

 どうやら、この【魔王】は眠りについているらしく、その目覚めに必要な事とは恐らく【神器】の封印を解くこと。

 ボクは別に【魔王】になりたいわけじゃない、だけど、全てを知りたい――その為には支配者にならなければいけない。

 そして、支配した後にやがてはこの世界の全てを知り尽くすんだ――――その為にも。


「…………とりあえず【アイツ】を呼び寄せないとね」


 ボクは両の手をかざす。

 もう、この街にも、一族にも何の未練も無い。

 あの【魔石に宿りし魔王】の影響でボクは様々な【知識】を得た。

 その中でも一番のお気に入りは【重さ】を変える魔法だ。

 炎などを具現化する魔法とは違って一見地味に見える魔法だけど、その威力は強力だ。

 現に、ボクの目の前では次々と建ち並ぶ家々が”メキメキ”と音を立てると文字どおり【潰れていく】、中にいた人間カスもペシャンコになったことだろう。


「いたぞ!! おのれ、一族の面汚しめが」

(面汚しだと?)

「裏切り者めッッッッッッ」

(誰が裏切り者なんだ?)


 ボクの魔力を感知したらしく、ようやく一族の人間達が姿を現す。

 元々は【高貴なお方】、つまり【魔王】の降臨が目的だったハズなのに、五百年という年月をこの地で過ごす内に本来の使命を忘れるが如く、街の名士としての生活を優先してきた面汚し共。

 お前らに生きる資格等無い。


「射殺せ!!」


 一族の代表たる祖父の号令で一斉に矢が放たれた。

 今まで見た事もない連中もいる。

 ざっと見でも百人はいるだろうか、全く無駄に人数だけは増えたもんだよ、ゴミ屑共。

 ボクは右足を思い切り踏み込む――すると、こちらへと向かっていた矢は”ミシッ”と音を立てそのまま地面に落ちた。

 祖父の声が聞こえる。「バケモノめ」と叫んでいるみたいだ。


「バケモノ? ボクは新たなる【魔王】となるべき存在だよ。

 お前らの様なゴミ屑とはかけ離れたのさ」

「魔王だと? 今の世にそんな存在モノは要らぬ。

 もう、五百年前とは違うのだ!」

「………腑抜けたとは思っていたけど、まさかここまでとはね。

 そんな事だから、【神器】の封印が解けたというのに気が付かないんだよ、【サクト】なんかに契約されてたまるか」


 祖父を始め、やはりコイツらは【神器】の封印が解けた事をボクが言うまで気が付かなかったらしい。

「サクト?」明らかに動揺し、「あの汚れた子供か」とざわつく。

 ボクは、ようやくコイツらが自分達の愚かさに気が付いたのだろう、そう思った。


「ならば、尚の事、お前のような一族の面汚しはここで止めねば」


 ガッカリした。心底ね。

 もういいや、全員死んでしまえ!!

 ボクは後ろにいたカス共を睨み付ける、そして「潰れろ」とだけ言うと開いた左手を軽く握り締めた。

 途端に”グチャ”と音を立て、何人かが潰れ死んだ。

 今度は、前にいる連中を睨み「死ね」と言いながら右手を同じく握り締めた。

 そうして、カス共は全員死んだ――次は、


「街の掃除をしよう」


 そして暇潰しに街の住人をひれ伏させた。

 勿論、全員が素直に従う事は残念ながら無い。

 だから、従わなかった奴等はその場で【潰れて】貰った。

 住人達からは【恐怖】と【不安】がありありと伝わってくる。


「アイツが自責の念に苛まれる位、殺してやるさ」


 ボクが手を掲げ、宣告しようとした瞬間だった。

 目の前に【穴】が開き、そこからはあのガキ――サクトが現れた。

 ボクはたまらず「待ってたよ、サクト!」と叫んだ。

 そして、今度こそ殺す。

 殺して、【魔石】を取り戻し、【魔王】になってみせる。




 ◆◆◆




「こ、これは?」


 僕はその光景に絶句した。

 動く絵が目の前に投影された。

 僕の暮らしていた街が、破壊されていく。

 破壊というよりは、ペシャンコに潰されていく。

 家も、人も、何もかもお構い無しだった。

 全てが潰れたその街並みを悠然と歩くのは、一人の少年。

 一瞬誰か分からなかったけど、【悪鬼の森】でボクを襲ってきたあの少年だった。

 ただし、あの時は輝く位の金髪が、今は黒髪。

 そのせいで見た瞬間には気付けなかった。

 だけど、あの【狂気】に満ちた表情は間違いなくそうだ。


 僕は「何て事を……」とそれ以上の言葉を無くす。

「愚か者め」魔王がそう吐き捨てる様に言った。

 その表情は明らかな怒りに満ちている。

 ルークスが「哀れな」と呟く。

 だが、その目には魔王と同様に怒りが浮かんでいた。

 そして、僕へと振り向くルークスと魔王。



「あれが魔王の力を得た者の末路だ」とルークスが言う。

「本来、あれは器では無い存在だった。

 にも拘わらず、我を欲した…………その強欲の成れの果てよ」と魔王が軽蔑するように言った。

 そうこうしている間にも街が潰されていき、さらには人も死んでいく。

 このままじゃ、皆が殺される。


「早く、早く皆を助けなくちゃ!!」


 僕が叫ぶと、父さんが右肩に手を置く。

 そして、「落ち着け」と言った。

 母さんも左肩に手を置くと「そうよ、あなたは冷静さを失っちゃ駄目」と言う。


「でも、あんなのを目の当たりにして冷静になんかいられないよ」


 僕は思わず怒鳴り声をあげる。

 ”パン”

 甲高い音が聞こえ、その直後に頬にジンジンした痛みが広がった。

 ルークスが僕の頬を平手打ちしていた。


「落ち着け、忘れたのか? 

 …………ここは、お前の心が造り出す世界だぞ、もしもお前の心に怒りや憎しみが拡がればどうなると思う?」

「どうなるんだ?」

「簡単、我等もまたお前の憤怒に呑み込まれ、消え失せるであろう

 よ」


 魔王は動く絵を見ながら大した事じゃ無いかのように平然と言う。

 その言葉が冗談では無いのは、父さん達の表情を見れば一目瞭然だった、誰一人として笑ってはいない。

 僕は深呼吸をして気分を落ち着かせる。

 母さんが静かに言う。


「そうよ、気を沈めるの………………あなたにはまだここでやるべき事がある」

「僕がやるべき事?」


 僕の返事に皆が大きく頷いた。




 ◆◆◆




「何だよ、サクト…………随分と待たせてくれたねぇ。

 そんなに勿体ぶるなよぉ、早く【魔石あれ】をボクに寄越せよ。じゃなきゃぁ、皆潰れるよッッッッッッ」

「分かった、これだよ」


 僕はもはや【バケモノ】と化した彼に、懐から魔石を取り出すと、そっと投げた。

 それを受け取ると、彼は魔石を触りながら、満足そうに歪んだ笑顔を浮かべると、


「お帰り魔王、ようやくボクの元に戻ったね。

 ボクならば、キミの望む通りにこの世界を滅ぼしてみせるからね」


 と楽しげに言った。

 もはやそこにいるのは、人間では無かった。

 魔石に、魔王に与えられた【邪気】に心を支配された魔物。

 だけど、僕は彼に僅かに残された人の心に懸けたかった。

 だから、


「魔石はあなたに渡した、皆を解放してくれ」


 と言った。

 魔石に魅入られた魔物はうっとりと魔石を手にしたまま、「分かった、自由にするよ」と言う。

 僕が街の住人みんなに近付いた瞬間だった。


「皆、自由にしてやるよ!! この世界からねぇぇぇぇぇッッッ」


 魔物はそう言うと振り上げた右手を一気に振り落とした。

 ”ミシミシ”

 音を立てて、僕とその周囲が沈み込む……いや、潰れていき崩落した。


「ようやく、ようやくボクの――ボクだけのモノになったね。

 今ので、【勇者】も死んだ。つまり、この世界にボクを倒せる者などいなくなったってわけだよ。

 さぁ、魔石に宿りし魔王の魂よ、ボクに更なる力を!!!!

 …………………………………………どうしたんだ? 何故何も起き無い? …………ん」


 何かを感じた魔物が振り返る。

 そこに見えるのは陥没した街 。

 そこには生者はいるはずも無い――はずだった。

 それは巨大な光の球。

 それは、全てを包み込んでいた、建物も人々も文字通りに全てを。

 そしてその中心には僕がいた。

 光の球はゆっくりと浮かび上がると、そのまま元々の場所に戻る。

 魔物はそれを唖然とした表情でみることしか出来なかった。


「ば、バカな!」


 魔物は絞り出すようにそう言うと右手を僕に向け、「潰れろっっ」と叫ぶ。

 それに対して僕は何もしない、ただその場で立つだけ。

 ”バアアアン”

 激しい炸裂音が辺りに轟き、もうもうとした土煙が周囲を覆い、視界を奪い去る。

 魔物は勝ち誇るように言った。


「アヒャヒャヒャヒャッッッッッッ、呆気ないもんだよね」

「何が呆気ないんだ?」

「…………え?」


 魔物は息を飲んだ。

 それも当然かも知れない、普通ならば、多分僕は死んでいるハズなのだろうから。

 でもそうはならない――僕はまだ死ねないのだから。





「え? 僕が魔王になるはずの人間」

「そう、私の一族もまた魔王の【眷族】としてこの世界に来た」

「でも、眷族にもそれぞれ役目があったそうなの。

 ある一派は魔王の魂を入れる為の【入れ物】を 。

 またある一派は、来るべき日の為に戦力を整える為に。

 そして……この人は魔王の化身となる【器】を造り出すのが先祖代々からの使命だった」


 父さんと母さんの話が僕を打ちのめした。

 酷い話だった。

 これじゃ、僕の人生はの為にあったのだろうか?

 始めから用意された人生だったとでも言うのだろうか?

 父さんは話を続ける。


「本来【器】には成るべきは私だったのだ。

 だが、私は疑念を抱いた、魔王になり世界を滅ぼしたいのかと?

 答えは否だった。だから、逃げた。

 住んでいた国を捨て、あちこちを流離さすらい、そして母さんに出会った」

「最初の印象は酷かったのよ、いきなりこう言うの。

 ――腹が空いた、何でもいいから喰わせろってね。

 だから、思わず…………」

「思わず? 何」

「持っていたホウキで追い払ったのよ。

 そしたら、気を失っちゃってね、この人は」

「あ、あれは空腹のあまりの失神だ、け、決してホウキではたかれて気絶したのでは無い、無いからな」


 父さんのあたふたした様子に僕は思わず笑った。

 ルークスと魔王もまた緊張感の無い会話に呆れ半分ながらも苦笑していた。父さんはコホンと咳払いをして話を続ける。


「まぁ、その後彼女に助けられて、そのまま居着く内に、その……まぁ何だ、あれだ、あれ」

「もう! ハッキリしなさいよ!

 自然とお互いに気になっていってね、やがて結婚してアナタが生まれたのよ、サクト」


 母さんがニッコリと微笑む。

 優しい笑顔だった、太陽みたいに明るくて底抜けに眩しかった。

 そして、僕が眷族の思惑で産まれたのじゃないと分かり、ホッとした。


「だが、私は追われる身。

 やがて三人で逃げたが、遂に追い詰められ、私と母さんは力尽きた」

「……ゴメンね、アナタを一人にして」

「追っ手は言った、予想外だが、この子供には【器】として強い素養があると。

 だから、この子供は殺さない、とな。

 悔しいが、それが生きていた私が最期に聞いた言葉だった。

 その後、お前は私の故郷の兄さん夫婦に預けられたんだ。

 二人は何も言わずにお前を育てた。感謝しているよ」


 僕の中で何とも言えない憤りが噴出しそうだった。

 理不尽過ぎる、父さんも母さんも、流行り病じゃなく、殺されたのだから 。

 でも、だからこそ気になった。


「じゃ、今ここにいるのは?」


 そう、二人が死んだなら、何故ここにいるのだろうか?

 それが疑問だった。

 ルークスや魔王は別格として、父さんは器になるはずだったのだから問題無いかも知れない。

 でも、母さんは何故ここにいるのだろうか? と。

 そして、その疑問にルークスが答えた。


「二人がここにいることが出来たのは、お前が文字通りの【器】だったからだ。

 魔力とはありとあらゆる生命の命の源の一つ。

 本来ならば、死んだ瞬間にその魔力はこの世界に還元される。

 だが、器であるお前は無意識にその魔力をその身に封じたのだ」


 魔王が続ける。


「お前は本来ならば、有り得ぬ【器】なのだ。

 恐らくその眷族の役目は一族内での器の育成だったのだろう。

 一族以外の者との交わったからこそ二人は死を以て償わされた。

 その上で、お前に器としての素養がある事にその者は気付いて生かしたのだろう。

 だが、お前は本来の我が【器】とは異質な存在である事までは看破出来なかったのだ」

「僕が異質? どういう事なんだ」


 ルークスが言う「私の【契約者】の器には私の武技などを修める為に底の深い器が必要なのだ」と。

 魔王が続けて「我が【契約者】の器は、巨大。王と成るべき者に過度の武技は不必要、故に器の形状に深さは無用。

 代わりに周囲を扱えるだけの大きさが有れば良いのだ」と。


「――――つまり、僕は何なんだ?」





「ば、そんなバカな! ボクの魔法が効かないのか?」


 魔物は驚愕しながら、立ち尽くす。

 僕はゆっくりと魔物に近付く。

 そして、右手からは禍々しい魔力を。

 左手からは神々しく輝く魔力を発露させた。


「何なんだ、何なんだよお前はッッッッッッ?

 そ、そんな事はあり得ない、魔王の魔力と勇者の魔力を同時に扱えるなんて!!!」




「お前は底が見えぬほど深く果てしなく広い器なのだ 。

 だからこそ、【神器わたし】の封印も解けた。

 勇者の器だと判断されたのだ――――だが」

「元々は我の器として育成された一族の末裔。

 その身にはある種の呪いがかけられたのだろう、勇者に選ばれぬ様にな」

「じゃぁ、僕は間違ってルークスと【契約】したから……」


 言いかけた言葉を遮るようにルークスが言う「お前とはまだ【契約】していない」と。

 困惑した僕は思わず「へっ」と間抜けな声を出す。

 魔王が呆れたような表情で僕を見て「契約に必要な言葉を聞いていないであろう」と言い、「契約には契約者の【真名まな】が必要だ」と補足した。


「じゃあ、つまり今の僕は勇者にも魔王にも契約していないってこと?」


 その問いかけに二人は大きく頷くと同時に「お前の真名を言え」と詰め寄った。





「お、お前は何なんだよッッッッッッ、バケモノめっ」


 魔物が叫びながら次々と魔法を繰り出してきた。

 炎が、氷の刃が、雷が、突風がと様々な事象が僕へと向けられ、その全てが雲散霧消、文字通りに消えていく。


 ――いいのか?


 ルークスの声が聞こえる。

 僕は「ああ」とだけ返す。


 ――これで、お前はもうここにはいられなくなる。


 魔王が最後の確認をしてきた。

 僕にはもう迷いは無い。

 その視線を目の前にいる心を喰われた魔物へと向ける。

 彼もまた犠牲者なんだ、【勇者】とか【魔王】という存在の為の。

 怒りも憎しみも無い。

 ただ、【全てを飲む込む】。






「オオマ・サクトが宣言する。

 我はこの身に受け入れよう。

 光の存在――勇者ルークス、そして、影の存在――魔王ウムブラを!!

 この、器にて【封印】する」


 僕のその宣言と共にルークスと魔王、ウムブラが宿っていた宝玉と魔石から各々に光が放たれた。

 その光は真っ直ぐにこちらの体を貫き、そして……同化していった。


「こ、これで【封印】出来たのか? 二人を?」


 あっさりと終わった儀式に僕は拍子抜けしつつも父さんと母さんを見た。

 二人は笑顔で微笑む。

 僕は、世界を救うとか支配するとかなんて話は正直言って興味が無い。

 世界は、そこに生きている人が自分達で選んで、進むべきだと思う。

 だから、この世界に【勇者も魔王】もいらない。

 それが僕の出した答えだった。




「な、バケモノがああああああァァァァッッッッ、

 ボ、ボクはただ、お前が羨ましかっっっ!!!」


 僕の両手が魔物となった彼の肩を掴んだ。

 途端、強烈な悪意に満ちた魔力の奔流が僕の中に――【器】に注がれていく。

 殆ど一瞬の後、そこに倒れたのはもうただの人間に戻った少年。




「いいのか?」

「もう決めたんだよ、父さん。

 僕はルークスと魔王の……………」

「ウムブラだ、これから儀式を執り行う前に名前も知らず、如何とするか」


 魔王が、ウムブラが名を名乗った。

 彼もルークスもまた犠牲者なんだ。

 終わりなく様々な世界を巡り、人の死に関わる。

 それは僕には考えられない過酷な無限の旅路。


「ウムブラの記憶を見たんだ。

 たくさんの人が死んでいった――ただ、ほんの少しの掛け違いとか偶然が始まりでさ」

「いいのよ、サクトが決めた事なんだから。私も、お父さんも止めたりしないわ」

「有難う、母さん」

 ――これで、お前は文字通り【器】になった。

 ――だがそれは他者からすればもはや人の姿をした【別なる存在】と見えよう。

「大丈夫だよ、僕は僕のままなんだからさ」




 一部始終を見た街の皆がざわつく。

 当然だろう、目の前にいた人の姿をした魔物に対して無傷なのだから。

 この街には【眷族】の末裔がたくさんいる。

 今、ここでやる必要があったんだ、もうこの世に【勇者も魔王】もいないのだと。

 覚悟は決めている、だから僕は言った。


「僕は、オオマ・サクト。

 勇者であり、魔王でもある存在だ!」










「ところでさ、僕のジョブってまだ町人Aなの、ルークス?」










































































ここまで読んで頂き感謝です。


ちなみに、忘れているかもですので補足(笑)

悪鬼の森を覆っていた魔王の邪気の残滓も少年、つまりサクトが受けとめました。


だから、【骸骨】も無事です。



この話は、あくまでサクトの物語の始まりです。

そういった意味で序章の括りをつけています。

続編は考え付きますが、今はこのまま休ませて置きます。

最後に改めまして、有難う御座いました。

また、別の物語で♪



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