星降る夜のおとぎ話
とあるおとぎ話――あるいは詩が、氷降り注ぐその土地には伝わっていた。
星降る夜
氷の丘の天辺で
少女は星と話してた
去りゆく星に心を寄せて
少女は星と話してた
少女が星に求めて言うは
疾く疾く共に旅立とう
星が少女に答えて宣るは
泣く泣く君を置き去らん
君は我らの世に生きられぬ
代わりに星はその身を欠いた
欠いたその身を少女に遣った
これぞ我が身我が魂なれば
肌身離さずこれを持て
これがそなたを我が下へ
我が名の下へ導かん
これが全編である。
私は、この話に隠された真実――秘密を求めて、この地へやってきた。
氷の上に立つ霜柱。ザクザクと踏みしめて進む。
透明な氷の奥には、底抜けの闇。目をすがめつつそれを見る。
私の求めるものが、そこにあるはず。
そのためならば、なんだって、それこそ自分の命すらも投げ出そう。
「おーい!!」
先から聞こえてくる声。何かを見つけたらしい。
「あそこ」
指の先には、キラリと光るナニカ。
「道具ちょうだい!!」
氷を穿ち、光の下へと急ぐ。
ガッガッガッ
ガッガッガッ
一心不乱に掘り進める。
辿り着いてみれば、そこにあるのは一振りの剣。
「あ、また」
光が、見える。今度は四方八方に。
とりあえず下に向けて、また掘り下げてゆく。
するとそこには……。
「やっぱり剣か」
鉄剣が氷に埋まっている。
まだまだ下へと光は続く。
ここまで来たら意地だった。
氷の中であるというのに、汗まで垂らして周囲を削る。
ガッガッガッ
ガッガッガッ
光以外の何かが、ぼんやりとその輪郭を顕わにし始めた。
そこにいるのは、一人の少女。
星にも見えるナニカを首にかけ、祈るような姿勢で氷に浸かっている。
いよいよ腕に力がこもる。
……しかし。
ガチンッ
無情にも氷は、最後の最後で私を阻んだ。
どれだけ爪を立てても、どれだけ力いっぱい振り下ろしても、最後の氷は砕けない。
せめて、せめてその首飾りだけでも、私のもとにくれないか。
道具を変えて、氷に突き立てる。
無理矢理に氷をこじ開ける。
先ほどよりも細い爪を、氷に突き立てる。
ガキン
今までの苦労が嘘であるかのように、すんなり氷は道をあけた。
氷の隙間に手を伸ばす。
首飾りは、私の手に収まった。
それには、手を取り合う人影が、素朴なタッチで描かれている。
その図形が示す意味は――友。
おとぎ話の他に、様々な歴史的知識が脳内を飛び交う。
あたりを見渡せば、当然たくさんの鉄剣が浮かんでいる。
その剣と手元の鉄片を見比べる。幸い氷に鎖されていたおかげで保存状態はいい。
……ほんの少しだが、首飾りと剣で色が異なっていた。
おそらくこの鉄片は――隕鉄。
パチリパチリと、頭の中でピースが嵌まっていく。
民間伝承に、とある国の姫が馬を統べる悪魔に誑かされ、それを直すために国は万策を尽くしたものの悪魔の影響は強く、泣く泣く氷に沈めたとある。
そしておよそ同時期、隕鉄をその身に帯び、“星”と呼ばれた騎馬民族の王がいたはず。
さらにその“星”には、一度謀殺されかけたことがある、という旨の文献が残っていた。その“星”を逃がしたのは、その謀殺を企んだ国の姫だとも。
それを踏まえたうえで詩の内容に立ち返れば……。
それに加えて、この隕鉄に刻まれた、友という意味の図形。
ふと天を仰げば、深海を泳いでいるかのように、あるいは宇宙に立っているかのごとく、この身に暗闇が覆い被さっていた。
その中で、剣を元にした無数の光点のみが、いきいきと輝いている。
「少女は星の下に辿り着けたんだね」
「なんのことだ?」
「今から話す。とりあえず戻るよ」
もう一度、心に詩を思い浮かべる。
星降る夜
氷の丘の天辺で
少女は星と話してた
去りゆく星に心を寄せて
少女は星と話してた
少女が星に求めて言うは
疾く疾く共に旅立とう
星が少女に答えて宣るは
泣く泣く君を置き去らん
君は我らの世に生きられぬ
代わりに星はその身を欠いた
欠いたその身を少女に遣った
これぞ我が身我が魂なれば
肌身離さずこれを持て
これがそなたを我が下へ
我が名の下へ導かん