君が一番護るもの3
皆は魔王の次の言葉を待った。
私に頬を擦り寄せたまま、目だけを彼らに向けたレイは一拍置いた後、一言告げた。
「やだ」
え?という顔をするネーヴェ様達に、レイは冷めた目で嗤う。
「あんた達は馬鹿か?今まで俺や妹を誘拐監禁してきた人間達に、なぜ俺が協力すると思ってるんだ?」
「それは……」
「図々しいにも程がある、俺を甘く見るな」
「確かにあなたを長期間苦しめたことは謝ります。ですが、それは過去の人間達がやったことであり、あなたの妹を殺害したのは護です」
レイの表情を窺えば、金の瞳は怒りを湛えて彼らを見据えたままだ。
「ふざけるな、他人事のように言いやがって……」
ミシリ
床に亀裂が入り、彼等の背後の窓がパリンと割れた。
「止めようとせずに見ていただけだろうが!ネーヴェ、お前も同罪だ!」
顔を強張らせ、ネーヴェ様は言葉を詰まらせた。
私を抱くレイの腕の力が強くて、息苦しい。
回された腕で腰骨がミシミシ鳴りそう。目を瞑って黙って耐える。
レイの言葉は、私にも突き刺さる。
何も知らなかったとはいえ、このヒトが苦しんでいた時、私は安穏と暮らしていたのだから。私もネーヴェ様達と同罪だ。
「人間の世界のことなど俺の知ったこっちゃない。俺は魔界とレティシアが守れたら十分だ」
「クロ…お前さんの言うことは最もだ。でもよお、お前さんの可愛いお妃さんは辛いんじゃねえか?さっき見て思ったけど、嬢ちゃんは知らないふりできるほど冷酷じゃねえぜ、人間なんだから」
デュークさんの控えめな発言に、レイが今度は言葉を詰まらせた。
「深紅」
「……………」
橙が私を見て、レイを説得することを期待している。
私は、目を反らして黙っていた。
私はレイが好きだから、彼の気持ちを操作するつもりはない。私にはレイも人間も大事だけど、選べと言われたらレイを最優先で大事にする。
「………護は人間界だけでなく、いずれ魔界を含めた全世界を掌握するつもりです。それも遊びのように殺戮を楽しみながら……人々が恐怖し苦しむことに喜んでいる。あれはもう、人のすることじゃない」
ネーヴェ様が、絞り出すように言葉を重ねる。
「一部の神官や聖女、候補者達はあいつが怖くて従っているわ。中には、白亜様を慕って心配して付き従う者もいる……それが結果的に護の力になってしまっているの。人間を守るはずの聖女達がどうしてこんなことに……」
橙が悔しそうに涙ぐむ。
私は、どうしたらいいんだろう。
「話は終わりか?」
レイは私を抱き上げて、椅子から立ち上がった。
「ネーデルファウスト様」
ネーヴェ様達をレイは冷たく見下ろす。
「難民の受け入れは許可しよう。魔界の魔力の気の流れを調整して人間でも平気なようにしてやるから、森を抜けて街に入ればいい。公共施設に一時的な避難場所を設けてやる。世話役を付けるから、大人しくしていろ」
「あ、ありがとうございます」
「ただし、それだけだ」
レイは強く言い切る。
「魔王として俺はそこまでしかしない。人間にそれだけするだけでもありがたいと思え……分かったら行け」
彼らが何か言おうとする前に、レイは私を抱き上げたままその場を後にした。
**************
「何も言わないんだな」
「言って欲しいの?」
「………いや」
夜、自室でレイは言葉少なに言う。
私はあの後、魔界に入って避難場所に移動した橙達の様子を見に行った。
そこにはギル兄によって連れて来てもらった私の両親もいた。
「レティ!」
「お母さんお父さん、良かった!」
無事だったことに安心したが、両親の話ではディメテル国も長くはもたず護達に侵略されるだろうと聞いて不安が募る。
このままでいいわけない。何とか食い止めることはできないだろうか。
「深紅、私はネーヴェ様や他の神官や聖女候補達と三日後には、ここを出るわ。だから避難している人達をお願い」
橙は私を責めることもなくそう告げた。
「橙、もしかして戦う気なの?」
覚悟を決めた表情に、私は不安よりも恐怖を感じた。
「うん、私はこれでも聖女だから守りたいの、人間を」
「だ、橙」
「深紅、何の因果か知らないけど、あなたが魔王のお妃なんてね。でも幸せそうで良かった」
にっこりと、久しぶりに見る笑顔を橙は私に向けてくれた。
「これからも幸せにね」
そう言った橙の笑顔が頭に張り付いたままだ。
私は頭を振って、つい考えてしまうのを追いやり、自室に付いているお風呂に入ろうとしていた。
そんな時に、レイがぽつりと言ってきたのだ。
もしかしたら、私が頼めばレイは人間界を救おうとするのかもしれない。でも言えるはずがない。
レイの言うとおり、人間は彼に酷い仕打ちをしてきたんだ。
彼が何もしなくても当然のことだ。
「レティ!」
服を脱いでいたら、レイが驚いたように私の腰に手を触れた。
「ひゃ、いた」
「………ごめん」
手の形のアザができた私の腰を見て、レイは痛そうな顔をした。
「俺はお前だけは傷付けたくないのに」
そう呟き、彼はアザを撫でた。




