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君が一番護るもの

 

 魔界へと続く大河。

 魔王封印以外の目的で、そこを人間が渡ることは無かった。


 その先は恐ろしい魔族達の世界。人間が生きられる場所ではないと思われていたから。


 だが今どうだろう。


 神官長ネーヴェは、大河を渡る人々を見ていた。大きな荷物を抱えた者、或いは身一つの者もいる。子供を抱えて、或いは年寄りを背負い、ネーヴェの結界で水の勢いを削いだ浅瀬を歩いて渡っている。


 彼を助ける形で、何人かの聖女や神官とそれらの候補者達が人々の旅路を先導し、怪我を癒し、結界を張る。


 世界各所に点在していた転送魔法陣は無効化された為、長い距離を徒歩で進んだにも関わらず、魔族の襲撃に遭わなかったのは、やはり魔王がそれを管理しているせいだろう。

 しかし今、人々を真に恐怖させているものは魔族ではない。同じ人間なのだ。


 あれを人と呼べばの話だが。


 大河を渡り終えると、すぐに森がある。かつてネーヴェは、18年前勇者パーティーの一人としてここを訪れた。パーティーの最年長者として、二人の勇者と一人の聖女と旅をして辿り着いた場所。

 あの時はここに足を踏み込んで、悪の最たる魔王を封じるのが正義だと微塵も疑わなかった。


 だが実際はどうだ。

 何が正しくて何が悪なのか?

 自分の神官としての存在意義さえぐらついている。


 人々が森に足を踏み入れる直前に、ネーヴェは制止を呼び掛けた。


「待ちなさい、ここからは魔力の気に当てられる。普通の人間には耐えられない」


 パーティーの時も、勇者達は魔力の気を中和する剣を所持することで、ようやく魔界に入ることができたのだ。聖女や神官なら体内にて浄化できるが、一般の人間には苦しいはずだ。


 ネーヴェは、ここで待機させようと思って神官達に指示を出そうとした。


 だが制止が聞こえなかったのか、森へ走って行こうとした若者が二人、足を踏み入れた途端苦しそうに喘いで倒れた。

 助けようと、近くにいた聖女候補が駆け寄る。


「大丈夫?!」


 彼女よりも先に森の中から突如、赤い髪を靡かせた娘が飛び出して来て、ネーヴェは目を見張った。

 倒れた若者の傍に膝をつき、聖女の術を唱えて癒す娘を、アテナリアで数度見かけたことがあるのだ。


 立場上、聖女候補の学校にも顔を出したことがあるネーヴェは、白亜が密かに期待していた赤髪の娘を知っていた。


 彼女がネーデルファウストの封印を解かねば、こんなことには……


 恨みがましい気持ちが湧いたが、すぐにそれを否定する。


 違う。本当に責があるのは自分だ。

 護やエドウィンや白亜を止めることができなかった。彼らを傍で見守っていたはずだったのに。


 自分は彼らを知っていたのに、身を呈して止める勇気がなかったのだ。


「深紅………深紅ね?」


 赤い髪の娘を近くで見ていた聖女候補が、泣きそうな声で呼び掛けた。

 若者を癒した娘が彼女を見て、勢いよく抱き付いた。


「わああん、橙!」


 ひしっと抱き合う二人を羨むように見ながら、遅れて森から出て来てのは、黒い魔力のオーラを身に纏う美しい男だった。


 赤い髪の娘の肩をポンポンと軽く叩いてから、こちらに鋭い眼差しを向けた。


「ここから先は並の人間は入れない魔界の領域だ。知っていて訪れたのか?」

「ええ、知っています」


 ネーヴェは答えて、彼に向かった。


「………見覚えがある。お前神官長ネーヴェだな?俺が捕らわれていた時に、よく話しかけていただろう」

「ええ」


 思い返せば、自分の何と傲慢だったことか。

 当時彼が幼い姿で話せないのをいいことに、人間の正しさと魔族の非道さを持論を交えて、この男に語ったものだ。


 やはり彼は嫌悪の表情で、こちらを睨み付けてくる。


「レイ」


 赤い髪の娘が、そんな彼に気付いて、その腕に自分の両腕を絡めて胸に押し付けるようにすると(多分無意識)、ふにゃりと溶けて、尻尾がパタパタと揺れてしまったが。


「ネーデルファウスト、いや魔王陛下とレティシア妃殿下にお願いがあって参りました。どうか話だけでもお聞き下さい」


 ネーヴェが二人に膝を折ると、背後の人々もレティシアも息を呑んだ。だが、やがて神官や聖女達が後に続き膝を折ると、人々もそれに従った。


 いつの間にか魔王の部下らしき男が傍に立ち、彼と魔王は冷たい目で驚くこともなく彼らを見下ろしていた。


「……ムシのいい話だな。人間の世界を追われて、手のひらを返すのか?」

「え?」


 魔王の妃は何も知らないのか、彼を見上げて物言いたげだ。


「何のこと?何があって……」

「ん、後で話す」


 妃の額に宥めるようにキスをした魔王は、部下に頷く。


「魔界の気に耐性のある神官や聖女三人だけ代表で付いてきなさい」


 部下の言葉に、レティシアが親友の橙を呼ぶ。

 後の人々をここで待たせて、彼らを守るために結界を張り、ネーヴェと橙と先のパーティーの勇者だったデュークが魔界に入ることとなった。


「よお、この間は悪かったな」

「またあんたか」


 呆れ顔の魔王の横から、レティシアが喜びの表情で駆け出す。


「わあ、デュークさん!久し振りー!」

「おう、嬢ちゃん!」


 両手を上げて走ってくるレティシアに、つい娘のように受け止め態勢で両手を広げるデューク。


 抱き合う寸前で、瞬時に間に割り込み彼女を抱き上げる魔王。


「間一髪!」

「あ、あれ?レイ?」


 魔王の肩越しにデュークを見て、自分の状況にキョトンとするレティシアに魔王が文句を言っている。


「何俺以外の男に抱き付いてんだ?!レティは結婚している自覚あるのか?」

「あ、そうだった。ごめんね」

「そうだったって……レティが自覚するまで俺は頑張る!やっぱり孕むまで部屋で頑張るしかない!」


「エロ魔王」


 部下にボコッと頭を叩かれる魔王を、人々は固唾を呑んで見守った。





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