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君がいるだけで4


 解術するのに時間が掛かって、その間にどんどん不安が募った。


「クロ!クロ!」


 連れ去られた方向へ走りながら、ひたすら呼び続けた。道行く人が振り返るが、構っていられなかった。


「クロっ、どこぉ!?」


 泣きそうになった時、路地から出てくるクロを見つけた。


「ワンワン!」

「クロぉ……っ」


 走り寄ろうとして、目の前で転んだ。


「うう、くろぉぉ」

「うわっ、わ、ワン」


 ずりずりと這いながらクロに手を伸ばすと、微妙な顔で後退りしかけたクロだったが、思い直したように私の手をそっと掴んだ。


「良かった、クロ、連れて行かれたかと思ったよお」


 膝を立てた状態でクロを抱き締め、その胸に顔をすりすりすると、クロは私の肩を抱いて赤い髪に顔を埋めて、スンスンと匂いを嗅いだ。


「そうだ、翡翠は?翡翠はどうしたの?」


 身体を離して問うが、クロは首を振るばかり。


「アテナリアに帰ったのかな?」


 あんなに息巻いていた翡翠が、私達を放って戻るようには見えなかった。


「…………………クロ」

「ワン!」


 興味無さそうに、私の手を引っ張って大通りに戻ろうとするクロ。


「翡翠に……何かした?」


 よくわからないふうに小首を傾げるクロを、じっと見つめる。


「………………クロ」

「………………………」

「……取り合えず、ここから離れようか」


 クロの手を握ると、次の街へ乗せてくれる乗り合い馬車の停留所へ急ぐ。徒歩よりは速いけれど、逆に私達がどこに行くか足が付きやすいので今まで避けていた。


 でも今は、とにかくここから離れなければ。


 クロが何か言いたげに私を見上げているのに気付いて、ちょっぴり笑う。私を見る時のクロの表情は豊かで、話さなくても伝わる。


「クロは、私の怪我を心配してくれる優しい子だもの。そんな子が、翡翠に何かするはずないでしょ。きっと翡翠は考えがあって、アテナリアに帰ったんだよ」


 クロは、私から視線を外して、前をうつむき加減に歩いている。


「私、クロを信じてる」


 握った手を一旦離して、その手でクロの黒髪をくしゃりと撫でた。

 ほんの少し私の手から避けようと頭を傾けたクロは、結局は撫で撫でされるがままになっていた。


「ペットのすることは、飼い主の責任だから気を付けないとね」


 そう言いながらも、私の気持ちは上の空だった。


 乗り合い馬車の中、クロを膝に乗せて私はずっと抱き締めていた。


 不安と焦りでいっぱいだった。いつか近い内に、クロと離れ離れになる予感。翡翠に会って更にそれが増大した。


 次の街に着いて、目立たないよう小さな宿を取る。

 食欲が出なくて夕食を残し、お風呂に入ってもぼんやりしている私を、クロは眉を潜めて見つめていた。


 その不安が抑えきれなくなったのは布団に入った時だった。


「クロ、早く来て」


 手を広げて呼ぶと、また固まったようになっていたクロは、いきなりカッと目を見開き、走り込むようにして布団に潜り込んできた。


 私に被さるようにして、そのまま治癒の術をかけたはずの、翡翠にぶたれた頬を舐めてから、首を舐め始めたところを両手を背に回して、強めに抱き締める。


「ワン…グウウ」


 不満げな声を出してもがくクロが、顔を上げて私と目を合わせた時には、もう涙が止まらなかった。


「クロ……クロ…」

「……ワ、ン」

「私、クロとずっといたい…………けど、う、無理かもしれない、また誰かが追いかけてきたら、どうしよお」


 グシャグシャの顔を見せたくなくて、横を向く。


「不安で、ぐすっ」

「ワウ」

「わたし、クロ好きだから、離れたくないよおお」


 翡翠に連れ去られるクロを見送るしかできなかった。あの時感じた気持ちは、とても辛かった。

 またあんな気持ちを感じる時があると思うと、不安で寂しくて辛い。


「うっ、クロ。ずっと一緒は、や、やっぱり無理なのかな」

「………………」


 クロといると、楽しい。初めは無理やり一緒にいてもらっていた。今も術で強制して一緒にいる。でも本当は、クロの意志でいて欲しい。


 それを確かめないのは、やっぱり不安だから。


 抱き締めていた手を緩め、横を向きボロボロ泣いた。

 今日の私はダメだ。泣いてしまおう。不安を涙と共に流しつくせば、気持ちも楽になる。


 そう思ったのに。


 無言でクロが私の肩を引くものだから、また仰向けになってしまった。

 目を瞑って泣き声を口に手を当て堪えていたのに、クロがその手を掴んで、強引に引き剥がした。


「うええん、今は、ほっとい…」


 開きかけた唇に蓋をするように、柔らかい感触が泣き声を阻む。

 驚いて目を開けると、目を閉じたクロの顔が近い。

 触れるだけの唇が、離れる直前に、私の唇を軽く啄んだ。


「…あ…」


 驚いて泣くのを忘れた私を、少しだけ顔を離したクロが見つめる。金色の宝石が私を映して、炎のように揺らめくのを見て、心臓が跳ねる。


「……ク、ロ」


 私の瞳に溜まったままの涙を、クロが指で払い落とした。それから、なぜか悔しそうな表情を浮かべた。




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