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聖女候補は、イヌ(悪魔)を飼う  作者: ゆいみら


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君がいるだけで3

 

 翡翠は、私の言葉とクロの呻きを無視して、唇を微かに動かしていた。


「翡翠?」

「彼の者の自由を取り去らん!縛れ!」


 クロがピシッと凍りついたように固まる。


「クロ!翡翠、何す…」


 翡翠はいつの間にか拘束の詠唱を唱えていて、その術でクロは身体が動かない。私が驚いて翡翠に抗議しようとしたら、同じように私にも術が掛けられた。


「……っ」

「グ……」


 私の目の前で、翡翠はクロの脇に後ろから両手を差し込んで、強引に引き摺り出した。


「人の目が有りすぎるわ。深紅、あんたここで待っていなさい」

「あ」


 動けない私の前から、翡翠に引き摺られたクロが遠くなっていく。


 どうする気なのか。さっき私だけでなく、クロも連れ帰るようなことを言っていたから、殺す気はないのかもしれない。

 でも、凄く不安だ。


 一気に機嫌の悪くなった顔をしたクロは、後ろ向きに遠ざかりながら、不安そうな私を見ていた。

 ふいに何かに気付いたように目を細めてから、今度は明らかに怒った顔になった。


 雑踏に消えて行ったクロに、私は頭の中で苦手な『他人に掛けられた術を解術する』詠唱を必死で思い出そうとしていた。

 まさか使うことがあるとは思わなかったから、ちゃんと覚えていなかった。

 先生も言っていた。後になって、どうして覚えなかったかと後悔しますよと。


 **********


 店が連なった通りを途中右に曲がると、細い路地裏に出た。翡翠はクロを引き摺りながら、更にその奥へと進み、たまたま見つけた一軒の空き家の庭に、崩れた塀の隙間から入り込んだ。


「ゼイゼイ…………ここなら」


 脇に差し込んでいた手を引くと、動けないクロは地面に座り込む形となった。


「あの子、何だってこんな厄介な魔族を」


 片膝を付いた翡翠は、クロに視線を投げた。


「お前のせいで、深紅の立場は今大変なのよ。内密のこととはいえ、聖女が魔族を連れてるなんて、いつ醜聞が流れてアテナリアや私達の評価が下がるかわからないわ、だからその前に事態を収束しなければいけない」


 無表情に、クロは下を向いている。


「それに、お前を魔界に帰すことは絶対に阻止しなければ」

「…………………」

「深紅にできて、私にできないはずはない」


 詠唱を唱え始めた翡翠が、クロの前髪を乱暴に掴み上向かせる。


「我に服従せよ!」


 クロの服従の術を上書きして、翡翠は立ち上がって見下ろした。


「お前の主人は今から私よ。これから深紅とお前はアテナリアに私と共に帰るの。そして身柄を白亜様に」


「たかだか聖女候補止まりの娘に、俺が従うとでも?」


 唐突な少年の声に、翡翠は言葉を切って驚いた。


「な?!」

「思い上がるな」


 声変わりしていない子供の声でクロは呟き、おもむろに立ち上がった。


「術が効いてないの?!」


 距離を取り、詠唱を唱えようとする翡翠の喉に、クロの指が食い込む。


「う、ぐっ!」

「ほら、唱えてみろ」


 翡翠の喉を片手で締め上げて、クロが冷たい笑みを浮かべる。


「……頬が赤かった」

「ぐ、ぐ…?」


 もがいて、締め上げる手を掴む翡翠がクロに疑問の目を向ける。


「叩いたんだろうが、俺の、深紅の、頬を!」


 翡翠を突飛ばすようにして手を離したクロは、魔力を漂わせて彼女を睨んだ。


「ごほっ、げほっ、お、おれの?!」


 混乱しながらも、何とか自分に結界を張ろうとしたら、クロはわざと詠唱が終わるのを待ってから、魔力の爪でそれを引き裂いた。


「ひっ!悪魔め!」

「『悪い魔族』ですが、何か?」


 後退する翡翠を、ゆっくりと追い詰めるクロは、普段見せることのない威圧感と冷たい笑みを浮かべていた。


 焦りで鈍くなった思考で、翡翠はようやく理解した。


「……まさか、深紅の服従の術に、お前は前から掛かっていなかった、の?服従したフリを……」


「……………………」


 答えずクロは小首を傾げた。


「アテナリアの連中は何を企んでやがる。こんな弱い娘を送ってくるとは」

「私が志願したのよ!」


 カッとなって翡翠が叫ぶのを、闇の魔力がその体を巻き締め上げる。


「きゃあ!」

「見くびったものだ。白亜や『12の聖女』ならまだしも、血の薄まった子孫に俺を捕らえることはできんぞ」


 締め付けられる苦しみの中、翡翠が薄く目を開けてクロを睨む。


「『13』でしょ!ううっ」

「………煩いな」


 わだかまる黒い魔力は、クロの苛立ちに比例して締め上げる力を強くしようとした。骨を砕き、身を引きちぎるつもりで。


「クロ!どこ!」


 ピクリとクロは反応し、深紅の呼ぶ声のした方をチラリと窺った。

 するりと翡翠の身体から闇がほどかれる。意識の遠くなりかけた彼女の耳に、悪魔の声が響いた。


「伝えるがいい。俺や深紅の邪魔立てをするなら、次はないと」



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