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3.愉快なモンスターズ

 主人公やヒロイン達は、話が進むに連れて強い武器を手に入れていくが、こと主人公と桜の初期装備はその辺の量産型に過ぎない。

 俺は鉄製の両刃剣。桜は綺麗に整ったオークの長杖で、先には魔鉱石が埋め込まれていて少し膨らんでいる。

 相対するモンスターは一階層(フェーズ・ワン)に多く生息する小型モンスター。四足歩行で赤い目玉が四つある黒毛の大型犬みたいな奴だ。

 公式名称はイヌッチ。適当か。


「よし、基本に忠実に行こう」


 桜の職業属性は魔法使い(ウィザード)

 体力はないが魔力値はかなり高く、今はまだ弱いが、とある覚醒イベントをへて、鍛え方次第では最終的には即死級の魔法を後ろからバンバン放つようになったりもする。

 そもそも五人のメインヒロインと主人公の職業属性は、合わせて六人グループとしたパーティメンバーに準えてある。

 主人公は勇者。桜は魔法使い。椿は剣士。他にも司教(ビショップ)軍師(タクト)、弓者がいる。

 今回は二人なので、俺が前衛で桜が後衛。これが基本戦術だ。

 俺は剣を構え腰を低くして、一歩前に出る。

 するとその瞬間、イヌッチが牙を剥き出しにして飛びかかってきた。


「…………ッ!」


 速い。いや、見えるッ!

 咄嗟に剣で受け止めて、空いた腹に蹴りを喰らわせる。

 我ながら見事な攻防。


「お、おお……!」

「なに自分で感心してんの。その程度で」

「う、うるさいわい! こちとら丸々二年引きこもり生活だぞ!」

「は?」


 椿の竹刀を避けたときもそうだが、やはりこの体だとかなり動ける。かなり速く感じるが、敵の動きも意外と見えるもんだ。意外と目押しで鍛えた動体視力が一因になってたりして。


「グルル……!」


 イヌッチは素早く起き上がると、威嚇するように毛を逆立てる。

 それと同時に桜は一歩前に出て、杖をイヌッチに向ける。


「任せて。……バースト!」


 火炎属性爆発系の初級魔法。炸裂せよ(バースト)をイヌッチ向けて放つ。

 顎下あたりにヒットして、「キャン!」と甲高い鳴き声を上げながら、イヌッチはひっくり返った。

 俺はその隙に一気に距離を詰め、一閃!

 血飛沫を上げて真っ二つになった。


「お、おお……!」


 本日二回目の感嘆。

 仮にも生き物をこの手で殺すというのはどうにもグロさが残るが、この際気にしたら負けだろう。

 そもそも勝手に侵入されて勝手に殺されるモンスター達は被害者でしかないのでは、と一部ファンの中ではモンスター愛護団体なるものが結成されたこともあったが、それはあっちも同じで、急に地下から現れては人を襲う奴らもいるので仕方ないと割り切るべきだろう。

 ちなみにブーケではモンスターを倒してもゲーム的な経験値は手に入ったりはしない。この辺は意外とシビアで、筋肉と同じように時間をかけて鍛えるしかないのだ。

 モンスターと対峙し得られる物と言えばいわゆる技術(プレイヤースキル)だけである。

 それだけ聞くと「じゃあダンジョンに潜る意味あんまりなくね?」って感じだろうが、ダンジョン内にはレア装備やアイテムがあったりもするので、強くなりたいなら結構大事な行動なのだ。


「もういいから、早く行くよ」

「いやちょっと待てよ。もうちょっと勝利の余韻を……!」


 ぐずる俺を引っ張って桜はどんどん先へ進む。


 それから二時間ほど、ダンジョン探索はかなり順調に進んだ。

 イヌッチが現れては倒し、倒しては進み。確かな戦闘経験を積みながら奥へ奥へ。そしてついに、最終地点へと到着した。


「ここから先は二階層(フェーズ・ツー)だ。引き返すぞ」


 二階層以下へは、最低一人は冒険職についていなければ侵入してはならない。

 これは身の安全なためであり、さっきあったちょっと大きめのイヌッチ以上の敵がゴロゴロいるからだ。


「んー、もうちょっと行ってみたいけど……」

「バカ。お姉さんに怒られるぞ(俺が)」

「はいはい。わかってるわかってるって。ザコのアキラに免じて帰ってあげるから。そろそろお腹も空いたしね」


 渡された連絡機器は歩いた道筋を記録する機能も持っていて、これがあれば帰り道に迷うこともない。と、踵を返そうとしたそのとき。


「きゃっ!」


 桜が後ろ──二階層から伸びてきた白い糸によって、中へ一瞬で引きずり込まれた。


「桜ぁ!」


 急いで後を追って中へ入る。

 犯人はおそらくナワクモ。縄のような糸で獲物を捕縛し、巣へ持ち帰り、そこで待つ大量の仲間と共に捕食する。

 一匹一匹の戦闘能力はイヌッチと大して変わらない……いや、むしろ弱い可能性まであるが、頑丈な糸と圧倒的な数がとにかく厄介だ。

 しかし、おかしい。

 奴らは二階層の中でも飛び抜けて厄介なラスボス枠。本来奴らの巣はもっと奥にあるはずで、こんな入り口まで獲物を探しにきたりはしないはずだ。

 こんな展開はゲームでもなかった。

 やはり俺が介入したことでシナリオが変わったのか? いやでも、ダンジョンに入ってからの俺は特にブーケ本来のシナリオから逸脱するような言動はしていないはずだ。

 一体何が……。

 そのとき。俺の考えを遮るように、横から黒い影が伸び、血に染まったボロボロの剣が素早く振り下ろされる。

 こちらも剣を抜いて咄嗟に受け止める。ギンッ! と鈍い金属音がダンジョン内に響き渡った。


「こいつは……オチムシャ!」


 オチムシャ。武士の格好をした下級ゾンビで見たままの名前だ。

 その隙に数メートル先を行くナワクモは左へ曲がった。俺も後を追おうとするが、そうはさせないとばかりにオチムシャが剣を振る。

 完全に後手に回ってしまっている。このままじゃやられると判断し、仕方なくバックステップで距離を取る。

 相手の体格は190cmほど。リーチが長くパワーもそこそこあるのだが、ゾンビらしくスピードはない。

 こいつを相手にするときのセオリーはこうだ。


「素早く近づき!」


 オチムシャが剣を振る。俺はそれをあえて受けず、最小限の動きでかわしきる。


「一撃目を避けて!」


 そして、懐に入った俺は下から上へ跳ね飛ばすように胴を切る。


「──真っ二つに切る!」


 正直大して強い敵ではないが、怪我を恐れて一撃目を受けてしまうと、相手のペースにハマってしまう。

 ゲーム初心者が陥りがちなポイントだ。


「……まずいな」


 ナワクモの姿を見失ってしまった。

 外部へ連絡を入れたいところだが、あいにく桜が二つとも持っている。

 うる覚えではあるが、ナワクモの巣の場所は知っている。とにかくそこへ急ぐしかない。

 と、剣を仕舞おうとして手を止めた。

 ここはダンジョンの中で、モンスターはナワクモ以外にも多くいる。すぐ対応できるよう、剣は持っていた方がいいだろうと判断して、俺は走った。


 奥へ進むほど、様々なモンスターと会敵する。

 小型の熊ほどの大きさを持ったイヌッチ。

 赤く大きな拳を持ち、軽快なステップと共に弾丸のようなパンチを放つボクシングカンガルー。

 丈夫な鱗を持ち、ピチピチ跳ねて敵を攻撃するカワハギサン。

 巨大なシンバルで轟音を鳴らし敵を催眠するシンバルモンキー。

 葉巻を咥えヤクザ言葉で鳴くジンギダチョウ。

 その中でも足の指が一本ない変異種、ジンギナキダチョウ。

 普段は温厚で美人モンスターTOP10に入るほど綺麗な見た目をしているが、気に入らないことをあると一気に老け込みギャーギャー暴れ回り敵を翻弄する。その上少しでも傷をつけると涙を流しながら巣へ帰り、男の仲間を連れてくるオンナキョウシ。


 …………どれもこれも、ふざけた奴らばっかりだなあ。下級モンスターは適当でいいからいっぱいちょうだいとプロデューサーに言われ、スタッフやデザイナーが好き放題にアイデアを出しまくった結果だ。

 ちなみにオンナキョウシは製作陣の実話が元になっているらしい。


 とまあ、そんな相手にするのもバカバカしくなるようなモンスター達を倒し、俺はとうとうナワクモの巣へたどり着いた。


………………。


 百はいるであろうナワクモの群れの真ん中で、桜は体と腕を縛られていた。

 それぞれが一メートル近い体格を持ち、今か今かと歯をカチカチ鳴らす。

 その体はブルブルと震え、絶望しきっている。

 そりゃそうだ。過去のとある一件で、クモに対して強いトラウマを持っている。


「桜ぁ!」

「あ,アキラ……っ!」


 震えながら、助けを求めるかのような目で俺を見つめる。

 しかし、その一言は出ない。

 助けを求める一方で、諦めのような感情も読み取れる瞳。

 やはりそうだ。普段は(主人公)をザコだなんだと馬鹿にしているが、こういう本当に困ったときは声をかけられない。

 まだ、本当に心を開いているわけじゃないんだ。

 「どうせ見捨てて逃げるんでしょ」と顔が言っているようだった。

 だから俺は、力強く一歩前に出て言った。


「待ってろ! お兄ちゃんが助けてやるからな」


 ナワクモ達は俺が食事を邪魔する不届物と感じ取ったようで、いっせいにこちらを向いて歯を剥き出しにする。

 黄色の目が鋭く光り、その威圧に体が震える。

 それを見て、桜は絶望感をあらわにする。


 たしかに怖い。死ぬは辛い。帰りたい。

 だが……。

 ここで桜を見捨てたりしたら。

 俺は主人公として。兄貴として。なにより一ブーケファンとして。


「お天道様に二度と顔向けできねェだろうが!!」


 ひたすらに、強く桜を見つめる。

 大丈夫だからと。逃げないと。必ず助けると。

 その思いが伝わったのかはわからないが、桜はわずかに逡巡した後、ゆっくりと頷いた。

 恐怖を吹き飛ばすように俺は笑う。


「ハッ、面白くなってきたな! おい、いつまでも震えてる場合じゃねェぞ、俺の体!」


 フーッと息を吐いて、剣を構え、突撃する。


「かかってこいやああああああ!」


 ギィィィーー! と、幾重にも重なった叫び声を上げ、ナワクモ達も一斉に襲いかかってくる。

 俺はとにかくがむしゃらに剣を振り、敵を掻き分け、桜の元へ進む。糸に足を拘束され、勢いよく倒れた俺にナワクモ達は一気に歯を立てる。体中を食いちぎられ、燃えるような痛みが走る。

 俺は悲鳴をグッと堪え、敵を振り解き糸を切って立ち上がった。

 まだまだ。まだまだ負けねーぞ。

 そうしてまた一歩踏み込んだとき、桜がとうとう叫んだ。


「──もういいよ!」

「桜……?」


 潤んだ瞳が揺れ動く。


「ザコのくせになんでそんな頑張るの!? このままじゃほんとに死んじゃうよ! 私はいいから早く逃げてよ!」

「…………へへっ。ばーか」


 俺は顔に飛びかかってきたナワクモを斬る。


「妹おいて逃げ出す兄貴なんかいるか」


 そりゃあ痛い。痛い、痛い、痛い痛い痛い!

 だが、もしここで逃げたら、桜の心には比にならないほどの傷がつくだろう。

 だから。


──走るッ! 斬るッ!

 廻る廻る廻る。斬撃と血の雨。糸を、体を、とにかく斬って斬って斬りまくる。

 奴らは奴らで、死など怖くないとばかりに、一才の躊躇もなく果敢に俺に攻め立てる。糸を巻きつけ爪で引っ掻き歯で喰らう。

 だがむしろありがたい。気絶しそうなほどキツいが、絶え間なく浴びせられる痛みで意識がかえって保てる。


「こんな傷、なんぼのもんじゃああああい!!」


 俺は右も左もわからなくなるほど、ただただ叫び声をあげて、敵を斬り続けた。

 そして──


 血と死体の山で、俺は気絶した桜を抱いた。

 頬には涙が伝った跡が残っている。

 それをそっと拭ってやる。


「お、お兄ちゃん……」


 すると、そんな可愛らしい寝言を呟いてわずかに微笑んだ。


「とにかく、帰ろう。とりあえず外に連絡を入れて……」


 グラッと。床が揺れた。

 ゴゴゴゴ……ッ! と音を立てて、地が崩壊していく。


「おいおい、嘘だろ……」


 一瞬の出来事だ。

 床は一気に崩れ、俺達は下に真っ逆さまに落ちていく。

 三階層、四階層を抜け、とうとう上級クラスの五階層に到達する。

 俺はすぐに、ここまでダンジョンが崩れた原因がわかった。

 そこには天井を突き破り、四階層半ばほどまで伸びる巨体を持ったモンスター。

 オーガが目の前に立っていた。


「まじかよ……」


 ここまでデカい個体は、六階層レベルだ。

 それがなぜ、この五階層に?

 オーガは巨大な目をギョロッと動かして、俺と桜を捕捉する。

 やばい。現時点で勝てる相手じゃない。しかもこっちは手負い。なんとかして逃げないと。本当に死ぬ。


 そのとき。俺の胸をキュッと桜が掴んだ。


「…………逃げられるわけ、ねェよな」


 やるしかない。

 この子を救うには戦って勝つしかない。

 俺はフラフラの体に鞭を打って立ち上がり、奴の体めがけて飛び上がった!


 しかし、それは無惨にも腕を払っただけで弾き飛ばされた。

 俺は壁に鈍い音を立ててぶち当たる。


「がぁ……っ!」


 意識が、一瞬飛ぶ。

 起き上がろうとなんとかもがくが、体が言うことをきかない。

 ちくしょう。

 こんなところで、本当に死んじまうのか?

 いやだ。いやだ!

 剣を杖代わりにして支え、再び立ち上がる。血を吐きながら、それでも俺はオーガを睨みつける。

 しかしオーガは、面白い玩具でも見つけたとでも言うように、下品な涎を垂らしながら、ニチャアと不気味に笑う。

 そして一歩、踏み出したと同時。


───斬。


 オーガの体が一直線に斬れる。

 紫色の奴の血が雨のように降る。

 その先で。


「君、面白いね。男なのに」


 四階層に座り、こちらを見下げる一人の少女。

 紫色の髪と瞳。俺を見てクールに笑う、その綺麗な顔。そして何より、オーガを一撃で仕留める戦闘力。

 なぜここにいるのか。彼女と出会うイベントは少なくとも五人のメインヒロイン全てと顔合わせた後のはず。

 疑問はつきないが、そんなもの関係ないとばかりに、胸が高鳴る。

 そのくせ、頭の中は妙に冷静で。


「助けてあげようか? 君達のこと」

「あ、あんたは……」


 彼女はスッとこちらに飛び降りて、桜を抱える。


「私はアスター。よろしく」


 後の魔王、アスター。

 あらゆるヒロインとのフラグをへし折り、ひたすらにダンジョンやクエストを攻略した者だけが到達できる幻の魔王ルートのヒロイン。

 俺の最推しのヒロインが、ここにいた。


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