2.ダンジョンへ行こう!
妹にしてメインヒロインの一人、日野桜。
ファンの間では『絵に描いたようなメスガキ』と呼ばれている彼女は、その肩書き恥じない目で俺を小馬鹿にしたように見つめる。
ウェーブのかかった黒髪。少し吊り目で大きな赤色の瞳。子供っぽい細さを残しながらも、健康的な肉のついた体。ノースリーブに短パンという格好で、豊麗な太ももを惜しげもなく露出している。これで小学五年生だと言うのだから驚きだ。
「とりあえず中入りなよ。……ていうか、何でそんな汗かいてるわけ?」
「いや……ちょっと……追いかけっこしてて……!」
「ふーん。どうでもいいけど、臭いからシャワー浴びてよね」
「あ、ああ」
俺は立ち上がって、テラスから家の中に入る。
主人公──日野家の家族構成は三人。俺と母親、そして妹だ。
母親は仕事が忙しく、家にいる時間は短いため、ほとんど妹との二人暮らしになる。
その妹も、一年前、この日野家に引き取られたばかりである。
俺のもう一人の母親は俺が生まれた後、すぐに家をでた。俺が男だったからだ。そして一年前、彼女は俺達親子に桜を預けた。
となると、よその女と出来た子供、ということなるわけだが、この家を出た後も母さんとの交流は続いていたらしい。つまり、やはりは正真正銘、実の妹となるわけだが、真相はついぞぼかされている。
流石に血の繋がりがあるのはマズい、という判断だろうか。
事実、桜ルートは攻略こそできるものの、最終的なゴールは家族か恋人か、どちらとして付き合っていくのかあやふやなままで終わる。
一度、ファンから製作陣に対して「主人公と桜に血の繋がりはあるのか?」という質問がなされたことがある。
それに対しての答えはこうだ。「お好きなようにどうぞ」。
つまり、どちらの解釈を取るかはプレイヤー次第ということで、俺も真実を知らない。
………………
シャワーを浴びて、髪を拭きながらリビングに戻る。
すると、桜はコーヒーを淹れてくれていたらしい。俺にそっと差し出していう。
「飲みなよ」
「あぁ、サンキュ」
と、俺はコーヒーを口含んで──
勢いよく吹き出した。
めちゃくちゃ辛い。
桜はクスクス笑っている。
「あはは、ばっかじゃない?」
どうやら中に辛子か何か仕込んでいたらしい。ひとしきり笑った後、テレビの前に戻っていった。
うーん、相変わらずの生意気な態度だ。
一年前、母親に捨てられたような形のため、人に対する警戒心が強い。そのうえ俺は男だ。桜は基本的に、俺を小馬鹿にして、その様子を楽しんでいる。それが、彼女なりの精一杯の人付き合いなのだ。
ゲームを進めていくと、途中で回想に入りこの家にきた当初の様子が見れるのだが、それはそれは深く心に傷をおった状態で、はじめはまともに話もできない。それをゆっくり、時間をかけてようやくここまで解すことができたのだが、心の中では俺を兄として認める気持ちと、所詮信頼したところで裏切られるのがオチだ、と強く拒絶する気持ちが混在している。
桜ルートでは、その心根にどれだけ深く入り込めるかがキーとなる。
仮にも兄ということで、男もとい主人公に対する嫌悪はかなり低いのだが、その攻略難易度は五人のメインヒロインの中で二番目を誇る。家族という大きな壁が最後の最後まで立ち塞がっているのだ。
これは基本的に男に対する嫌悪=攻略難易度の高さ、となるブーケに置いて、それが当てはまらない稀な存在である。
まあとにかく、彼女はそう簡単には椿のように怒って殴りかかってきたりはしない。というわけで、この家にさえいれば一先ずは安全というわけだ。
………………
俺は今、涙を流していた。
遡ること三十分前。とりあえず家を散策しようと歩き回ってみたのだが、当然だがプレイしていた通りの作りになっていた。
二階建ての一軒家。一階にはキッチン、リビング、書斎に和室等。二階は個人部屋が四つほど。庭は二十坪ほどで、花壇や物置、バーベキュー用のベンチやテーブルなどがある。
豪邸と言うほどではないが、一般家庭にしてはそこそこ大きい作りになっている。
ブーケファンにとっては、もはや聖地巡礼。先程椿や桜と会ったときにも思ったが、本当にブーケの世界に来たんだと実感する。
「何泣いてんの? きも」
感動で涙を流す俺を、桜が罵倒する。
うるせいやい。
自分の部屋に入り、ベッドに寝転ぶ。
「これからどうするかなあ……」
ゲーム通り、ヒロインを攻略する?
いやしかし……。やはり危険も多い。自分でも情けないとは思うが、死ぬか生きるかのやり取りをするなんて、考えただけでもゾッとする。
それに、本来椿と主人公が初めて会うのは、もっと後のイベントのはずだ。それがなぜ今日?
考えられる可能性は一つ。俺が介入したことで、本来ありえないはずのシナリオに突入した。つまり、この先何が起こるのか俺でさえわからないということだ。
その上ブーケには初見殺し的な展開も多くある。
死ぬ危険はただのゲームより倍増したと考えていいだろう。
と、そのとき。
部屋のドアが開いた。
「アキラー」
「うおっ、な、なに?」
と、桜が顔を覗かせ俺は慌てて飛び起きる。
それを見て、挑発するようにニヤニヤ笑う。
「なにキョドってんの〜? 変なことでもしてたぁ?」
「きょ、キョドってないわ! ……どうかしたのか?」
「ダンジョン探索付き合ってよ」
「ダンジョン探索? ……ああ、なるほど」
桜は四月から小学五年生になるわけだが、桜が通う小学校ではその年から授業の一環でダンジョン探索なる物が月に一回開催される。
ブーケでは魔力の扱いやその量はかなり大事な要素ではあり、それらを手っ取り早く鍛えるにはダンジョンを探索するのが一番だ。ということで、小学生のうちから教員や外部指導員の監視のもとダンジョンに潜り雑魚モンスターを狩るのだが、まあ実際は遠足みたいなものだ。
しかし桜は、元々負けず嫌いな性格と冒険職に強い関心を示していたため、予習として俺と共にダンジョンに出向きたいのだ。
……まあメタ的なことを言えば、プレイヤーに対してのダンジョン探索のチュートリアルだ。
それゆえこの桜の誘いは本来、絶対に断れない強制イベントみたいなものなのだが……。
「う、うーん……」
「なに? ビビってんのぉ?」
いやだって。
チュートリアルだって十分危険だし、桜は俺が経験者だから誘ったのだろうが、俺だって初心者みたいなもんだ。
それにほら、今出歩いたらまた椿に遭遇するかもしれない。
「いや別にビビってなんか」
「足震えたんだけど」
「は?」
俺はドスドスと両拳で足を叩いて、キメ顔をつくる。
「は?」
「無理があるでしょ。ザコにぃ」
「う、うううるせい!」
しかし……。ブーケの世界に来た以上、今後どう立ち回るにしても、魔力の行使やある程度の戦闘力は必須事項だ。怖いのは怖いが、今入っておくのはそう悪い手じゃない。
もし椿に会っても、そんときは全力で逃げればいいか……。
「初心者用のダンジョンしか行かないから大丈夫だって。ねえいいでしょ? 冒険職ついてないと、十五歳以上の人と一緒じゃなきゃ入れないんだって」
「……わかった。可愛い妹の頼みだ。行くか」
「そういうのいいから。早く行こっ」
うーん。相変わらずのクソ……いやメスガキっぷりだ。もはや感動すら覚える。
あっという間に部屋から消えた桜にならって、俺も準備を始める。
興奮と緊張で、俺の心臓はドクドクと高鳴っていた。
………………
ブーケの世界とは、主に五つの異次元世界によって構成されている。
五つの世界にはそれぞれ固有の種が存在しており、例えばここは、現在ホモ・サピエンスが支配している世界、海上界。
世界とは、魔力によって構成される時空そのもの。
そして魔力とは、その地に住むあらゆる生物が発するエネルギーである。
つまり海上界とは、俺達人間やその他の動物の持つ魔力によって作られている。当然、その世界の住人が増えれば魔力も増え、世界は拡大する。そうして五つの世界は、ゆっくりだが着実に大きく成長していった。
通常、それぞれの世界が自然と繋がることはなく、複雑な魔法を要するのだが、例外も存在する。
何らかの要因により、魔力が爆発的に増大し、世界の膨張がそれに追いつかない場合、パンクするかのように空間に裂け目が生じ、それを通じて別の世界へと繋がる。
この裂け目を亜時空穴と言われ、これが生じるのは基本的には数十、いや百年に一度起こるか否かの超常現象だが、地底界と呼ばれる世界では数年一度生じる。
これは地底界を支配する種、モンスターが原因だ。
奴らは一般的に生まれつき魔力と繁殖力が圧倒的に高く、知能が低い。
急激な個体数の増加や突然変異により通常より更に高い魔力を持った個体が生まれやすいのだ。
俺達人間や他の世界の生物等、知能ある種族なら時空を裂くほどの高い魔力を持っていても、それをきちんと制御し放出量を抑えることができるが、モンスターにはそれができない。
よって頻繁に亜時空穴が生じてしまう。
この地底界から生じる亜時空穴はどの世界に繋がるかはほとんどランダムであるが、世界のどこにそれができるかはほとんど決まっている。地下だ。
つまりダンジョンとは、地下に生じた亜時空穴により繋がれた地底界に過ぎない。
小さな穴ならものの数分程度で自然に閉じるが、大きな穴は数十年単位で残り続ける。
穴の大きさは魔力の増大量依存するわけだから、何十年と残っているダンジョンにはそれだけ強い個体のモンスターが多く蔓延っており危険は多い。
そんなところに小学生が行くのか? という疑問が生まれるが心配はない。
ほぼ遠足と化する学生のダンジョン探索は小さな穴を魔法で開きっぱなしにしただけのなんちゃってなのだ。そのため初心者にとっては絶好のレベルアップポイントなのだが……。
「いざ見てみると、やっぱ怖いなあ……」
桜に連れられた俺はこの辺で一番危険度の小さいと言われているダンジョンの出入り口、すなわち亜時空穴の前に立っているわけだが……穴の向こう側が薄暗く、嫌な瘴気が吹き出している。
俺は横で髪を弄っている桜に言う。
「なあ、やっぱり帰らない?」
「もう隠そうともしないじゃん。情けないなあ。ほんとザコだね」
余裕とばかりにニヤニヤ笑う。
「言ってみただけだっつーの。OKOK、大丈夫。覚悟は決まってるから」
二、三度深呼吸してから、穴の横に立つ美人なお姉さんに声をかける。
「二人です。ダンジョンに入りたいんですが」
お姉さんは俺を見て一瞬顔をしかめる。
「男……冒険職の方ですか?」
「いや、ただの一般人。初心者です。妹の付き添いで」
俺の後ろで桜がピースする。
「十歳以上十五歳未満は十五歳以上の付き添いが必要でしょ?」
「ああ、そうことですか……」
桜から俺に目線を移し、訝しげに見つめた後。めんどくさい物と遭遇したかのようにため息をこぼし、桜に向かって微笑む。
「それではこちらを」
非常用の外部への連絡機器と、ダンジョン侵入へのゲスト用登録カードを二人分渡す。……桜に。
「カード裏にお名前と、こちらの記入用紙にプラスで住所と連絡先を書いてから中に入ってください」
「はーい」
元気よく返事する桜に続いて、俺も必要事項を記入し、ダンジョンの中へ一歩を踏み入れた。
………………
「なに落ち込んでんの?」
桜は陽気に歩きながら、俺の顔を覗き見る。
「いや、この世界じゃ男はどこに行っても一緒だなあと」
ルート次第じゃ最終的に、ヒロイン以外の女からも認められキャーキャー言われたりもするわけだが、最初はこの通り。公務員のお姉さんすら俺を虫のような目で見つめ、最終的にまるで存在してかのように桜にだけ話かけていた。
「仕方ないじゃん。男なんだし」
やはり、ここはまるで倫理観の違う世界なのだなあ、と。
ちなみにダンジョン内では普通のスマホなんかは圏外で使えないため、さっき渡された連絡機器が何かあったときのための命綱なのだが、男一人では状況次第では割と簡単に千切れるボロボロの縄だ。
実際、ノープランでダンジョンに潜り強モンスターに出会して助けを求めるが、今忙しいからと見捨てられた挙句ゲームオーバーという展開も何度かあった。
今回は桜もいるし、そもそも強モンスターなどいないので大丈夫だと思うが……。
そうこうしているうちに俺達はいくつかの分かれ道を曲がりどんどん先へ進んでいった。
あたりもかなり暗くなってきたそのとき。
「グロオオオオ」
と、先の方でモンスターの呻き声が聞こえた。
足を止め、顔を見合わせる。
「ついにエンカウントだな。覚悟はできてるか? 怖いなら帰るか?」
「それはアキラの方でしょ。いいから行く」
仕方ない。俺は剣を鞘から抜いて、前へ慎重に進む。




