幕間 射手の星1―射手の神―
目の前が急に変わった。森の中だ。周りは木々に囲まれ、そして目の前には巨大な影が立ち塞がっていた。
下半身は馬で、上半身が人。ケンタウロスという射手の神の姿だ。なんで、ここに?
「来たか……」
白い髪にふさふさの眉毛と髭を蓄えた射手の神は、俺を見てからのそっと歩き出した。まるでついて来いと言っているようだった。
「アスク、あれは……」
一緒に飛ばされたのか、声がした方に振り返れば、ヘレとスピカ、レグルスが立っていた。
「射手の神……だと思う」
「じゃあ、俺たちは射手の星に飛ばされて来たってことか?」
レグルスの問いにアスクは頷いた。天秤の星でないことはたしかだ。射手の神がいるというなら、ここは射手の星なんだろう。
「ついて行こう」
スピカは、射手の神の後ろを歩く。俺たちは顔を見合わせてから射手の神についていった。
射手の神がやってきたのは大きな石の洞窟だった。洞窟の中には家財道具一式が置いてあって、ここで暮らしているのだと見てとれた。
射手の神はテーブルのところに藁を敷き詰めて俺たちに座るよう促した。
「水ぼらしいところだが、ゆっくりしていってくれ」
そして、お茶と茶菓子をテーブルに置き、自分も腰を降ろす。神様にこんなことさせていいのだろうか。今更緊張してきた。背筋が伸びる。
「貴方は射手の神でいっらしゃるのですか?」
スピカが射手の神に問いかける。射手の神は大きく頷き、その野太く落ち着いた声で応えてくれる。
「いかにも。ここは射手の国で、私は射手の神だ。そして、君たちを待っていた」
「待ってた?」
俺は思わず聞き返していた。どういう意味なのだろう。
「ああ、待っていた。十一星座の加護をすべて持つ者たちを」
そう言って、ふさふさの眉毛から、藍色の瞳を覗かせた。その目はキラキラと光っていて、見る者を圧倒させた。喉がことりと鳴る。
「じゃあ、アスクは加護を取り戻せたってことだな!」
レグルスが嬉しそうに俺の背中を叩く。無事、天秤の神が呼応してくれたんだ。胸の奥から熱いものが込み上がる。嬉しい、良かった。でも、あの後どうなったんだろう? そればかりは気がかりだ。
「あれ? でも天秤の加護は誰も……」
「お前さんが持っておる。まだ新しいがな」
射手の神が俺を指さしてくる。俺が持ってる? ってことは、呼応してくれた時にくれたんだろうか。
「牡羊、牡牛、双子、蟹、獅子、乙女、天秤、蠍、山羊、水瓶、魚……すべてひとりの身体で持ってくるとは思わなかったが、な」
ほっほと笑ってから、射手の神は顎髭を撫でる。
そうか、俺の中に十一の加護があるんだ。実感して、胸元に手のひらを当てる。みんなから貰った大切な力だ。
「して、そんなお前たちに話がある」
藍色の光る瞳が真剣さを物語っていた。背筋が伸びれば、射手の神はうんうんと頷いて話し出す。
「蛇使いの星へ行ってほしい」
俺たちの目的と同じだったことに、驚いた。でも、驚いたのは俺とヘレだけだった。他のみんなはじっと射手の神を見ている。
「やはり、最近の神殺しに蛇使いの神が関わっているとお思いですか?」
スピカが最初に質問した。神殺しの真相を知るために、スピカは蛇使いの星に行こうとしている。同じ理由だと、思っているんだろうか。
けど、射手の神は首を横に振った。
「……治安が乱れておるが、その原因が蛇使いの星だと誰が言えよう」
俺が予想していた言葉ではなかった。てっきり、蛇使いの星に行って原因を止めてほしいと言われるかと思ったのに。
「驚いておるか……私は、彼がやるとはどうしても思えないんだよ」
射手の神は悲しそうに眉を下げた。優しい、そして寂しい声色だった。それだけで、射手の神が”彼”について思いがあるのだとわかる。
「彼とは?」
スピカが話を促した。
「彼――蛇使いの神、オフィウクスのことだよ。彼はね、私の弟子だった」
遠くを見つめて、懐かし気に思いにふけっている。仲が良かったのだろうか。
俺が知っている射手の神は、医療の達人で人々を助けてくれる優しい神だということくらいだ。その彼が弟子をとっていたなんて知らなかった。
「弟子ってことは、医療の弟子ですか?」
俺が聞けば、射手の髪は大きく頷いた。
「そうだ。私の医学のすべてを彼に託した。そして、彼もまた癒しのなり手だった。乙女の神と二神がな」
乙女の神が癒しの力を持っているのはスピカの加護の力だからわかるけど、文献には載ってなかったことだ。そもそも神同士の関係というのはあまり載ってなくて、個別の神の特徴が記されているくらいなのだ。
俺には射手の神の言ってることがわからなくて、乙女の星のスピカへと視線を向ける。スピカは思いだすように口元に手を当てて黙っている。しばらくしてから口を開いた。
「だいぶ昔の話とお見受けしますが……」
「もちろんだよ。私たちがこの地にやってきた時の話だからね。君たちからしたら、遠く、気の長くなるほど昔の昔話さ」
ゆったりとした口調で諭されるように言われた。射手の神も最初の頃からいる神なのだろう。世代交代をしている乙女の神の最初の頃を話しているのかもしれない。
「そんな大昔のことでも、私には忘れられない思い出なのだよ。あの子が、同胞を殺めるとは到底思えないのだ」
「それを、確かめに行ってほしいということですね?」
スピカは問いただすようにゆっくりと言った。射手の神はスピカを見つめ、深く頷いた。
「そうだ。その目で、真相を確かめてきてほしい」
「俺は、行きます」
俺はすぐに返答した。自分だけの決意表明だ。他のみんながどう考えてるかはわからない。でも、俺は自分の中のオフィウクスの加護がそんなに悪いヤツじゃない。って確かめたい。ずっと蔑まれて来たオフィウクスの星が、本当はどんなところか知りたい。だから、俺はオフィウクスの星に行きたいんだ。
「私も、行きます」
続いたのはスピカだった。スピカの目はしっかりと射手の神を見つめていた。
「お前たちが行くなら、オレだって行くさ」
レグルスはついて行くというスタイルみたいだ。たしかに、レグルスには行く理由がない。それでもついてきてくれるのは嬉しさがあった。最後になったヘレもきっと「うん」と言ってくれる。そう思った。
「私……ここで待ってようかな」
なのに、ヘレは顔を落として、正反対の言葉を放つ。




