4章 天秤の星20―天秤を白い皿に傾けるには―
そして、エスカマリさんは巨大な天秤の上に軽々と移動してしまう。
「あ、レグルスの力を借りるのは好きにしていいですよ~。お仲間、なんでしょう?」
その言葉を残して。
俺はレグルスとマルフィクを見た。どうするべきか、ほとほと困っていたからだ。
「デネボラのヤツ、言いたいだけ言いやがって……あの天秤をどうにかしねぇとだな」
「天秤を白い方に傾けられればいいんだけど……」
そのためには、天秤の星に有利なことをしなきゃいけない。それはたぶん、エスカマリさんの味方になるってことだ。
「んなこと言って、どうすンだ? 天秤の星のために力を使いますとでも言うのか?」
「エスカマリさんのためになんて使わないよ」
「じゃあ、どんどん黒い方に傾くな」
わかっている。しかも、黒い方に傾けば傾くほど、俺の力は奪われていく。ジレンマが激しい。
「デネボラのために使う必要はないだろ? 天秤の星――つまり天秤の神のために使えばいいんだろ?」
意味がわからないとでも言うように、レグルス眉を顰めた。ここで何かがひっかかった。
「あいつが天秤の神に成り代わッて、神の力使ッちまッてンだよ。そのせいで、あいつの思い通りだ」
俺の代わりにマルフィクが答えた。マルフィクが言うことは正しい。でも、やっぱりひっかっかった。天秤の神についてだ。天秤の神は、本当はどう思っているんだろう? だって、天秤の神はまだ生きている。
瘦せこけて衰えた、あの天秤の神は、本当にもう何も考えていないのだろうか。ただエスカマリさんに操られるだけなんだろうか? 違うような気がする。そう”確信”する。
だったら、どうしたらいいんだろう? 俺には天秤の神の考えてることなんかわからない。だって、彼のことを何も知らないから。
「天秤の神は、どう思ってるんだろう?」
急にどうした。と、マルフィクが顔をしかめる。
「俺も知らねぇけど、知らないなら知ればいいんじゃないか?」
逆に、さも当然のようにレグルスは応えてくれた。それができれば苦労しない。今は話せもしない天秤の神相手に、どうやって知ることができるというのか。牡羊の星のように、天秤の星の記録を見に行く? でも、神の考え方なんて乗ってなかった。誰か他の神に聞いても、天秤の神の考え方がわかるとは思えない。それに、そんな余裕は今ここにない。
「俺の恩賞を貸しひとつで譲ってやるよ」
さっきまで真剣な表情だったのに、レグルスはいつものような自由気ままな笑顔をにかっと浮かべる。俺は目を瞬いた。恩賞――山羊の神の恩賞の話だ。過去か未来に一度だけ飛べる。マルフィクの方はすでに双子の星の過去を視るのに、使い終わってしまった。レグルスはそれを譲るというのだ。
たしかに、天秤の星の過去をその目で見れるなら、天秤の神を知るきっかけになるかもしれない。
「え、いいの?」
「おう。どうせ見たい過去も未来もないしな」
真剣な話なのに、その後、「賭け事の未来はちょっと惜しいけどな」と笑う様子に、俺の焦りが解けて行く。なんだか、気分が明るくなったような気がして、俺は笑ってしまった。
デネボラと対峙していた時の緊迫感はなくて、少しおどけている口調はいつものレグルスだ。
「仲間の窮地を救う方がおいしいだろ?」
「ふふ。ありがとう、レグルス。うん、俺。天秤の星の過去を視たい」
「ああ、じゃあ。すぐに視ようぜ」
促されて俺は、レグルスの手を取った。
「目を閉じて、時期と場所を頭に思い浮かべてほしい。今回は、天秤の神についてだから場所は天秤の星でいいけど……」
時期をどうしようか。天秤の神の考えが一番わかる時期がいい。
「だッたら、六千年前の双子の神殺し会議をしてる辺りがいいンじゃねェか」
「たしかに、星の方向性とか決めてるかも」
マルフィクの提案に乗った。時期は六千年前にしよう。
「場所は天秤の星、時期は六千年前。レグルス、目を閉じて……時間逆行」
俺も目を閉じて、力を発動させる言葉を唱えた。ぐっと引っ張られる感覚。ぐるぐるとする。目の前にいろいろな映像が飛び交っては消えていく。
ある瞬間、ぐっと強い力に引っ張られて放りだされた。