4章 天秤の星19―デネボラ―
「何番目でしたっけ? あまり興味がなかったので弟のことはそこまで覚えてないんですよ。ごめんなさいね」
なおもにこにこと話すエスカマリさん。
弟って何の話? レグルスのお姉さんがエスカマリさんってこと? でもレグルスは獅子の加護を持ってて、エスカマリさんは天秤の加護を持ってる。わけがわからない。
「思い当たるヤツがひとりだけいる。お前……デネボラか?」
レグルスは眉間に皺をよせながら、おそるおそるといった様子でエスカマリさんを指さし、知らない名前を呼ぶ。
「はい。獅子の星のデネボラですよ~」
軽い口調。エスカマリさんは、否定しなかった。獅子の星出身なのに、エスカマリさんはどうして天秤の加護を持っているんだ?
レグルスが知っているデネボラと同一人物だとわかったのに、レグルスの額の皴は消えない。
「お前が、あのデネボラだって? そんなはずないだろっ。姿形が違いすぎる!」
「ええ、お借りました。天秤の星ではエスカマリとして活動してます」
「お借りました? 笑わせるな。どうせ奪ったんだろ?」
珍しくレグルスは怒ったような威嚇するような棘のある声色をエスカマリさんにぶつけた。印象は良くないようだ。ぴりぴりとした雰囲気に、呑まれる。
「だったら? 何ですか?」
レグルスの様子をエスカマリさんは冷ややかな目で嘲笑った。それが悪いとは微塵も思っていないようだ。
「別のヤツが生きる人生だっただろっ! お前に奪う権利なんてない!」
レグルスも負けじと言い返す。しかしエスカマリさんの冷ややかな目はずっとレグルスを射抜いていた。
「奪わなければ、私が死んでいた。弟のくせに私に死ねと言うのですか? 薄情ですね」
ふっと鼻で笑われる。馬鹿にしていると俺でもわかった。お前たちにわかるわけないだろう。そんな圧を感じた。
「はっ! 思ってもないことを言うなよ、デネボラ」
レグルスが睨みつける。「あら、わかります?」と笑うエスカマリさんに、レグルスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「弟だとも思ってないだろ。話をズラすのをやめろ」
エスカマリさんは口元に手を当てると小首を傾げた。
「説明したところで、貴方にはわからないでしょう? 獅子の加護を失った私が、どう生きたのか。どれほどの苦渋を舐めてきたのか。理解もできない相手を説得しようなんて、さらさら思いませんよ」
明確に獅子の加護をエスカマリさんが持っていたことがわかる。やっぱり獅子の星と関係があるんだ。
獅子の星について、俺が知っていることを反芻する。獅子の星は熱帯のジャングルだ。獅子の星では王になる可能性がある人間に加護を渡して、他の星を周らせる。別の星をすべて回り、戻ってきた者が次の王になる。という風習があるってレグルスが言ってた。
加護を持ってる人間がいっぱいいるって思ってたけど、加護がなくなるってことは、獅子の星の加護は途中でなくなるってこと?
「別に? 加護があろうがなかろうが、生きるのに変わりなんかねぇだろ」
「はあ、やはり落ちこぼれですね。加護を使えるからこそ、そこに立っていられるということもわからないなんて」
エスカマリさんの顔が苦々し気な表情に変わる。
「お前の方なんて、最初に選ばれた割には苦労してるみたいだけどな?」
レグルスは鼻を鳴らして挑発する。一向に話がわからないまま進んでいく。予測しかできないことにいら立った。もうわけがわからなくなって、俺はレグルスの袖を引いて小さな声で問いかけた。
「レグルス、さっきから何の話をしてるの?」
けど、答えたのはレグルスじゃなかった。
「あらあら、アスクさんはレグルスのことも獅子の星のことも何もご存じではないんですね。私も彼も、獅子の王の子どもなんですよ。レグルスは兄弟の中で一番の落ちこぼれだったという話です」
また落ちこぼれって言った。レグルスは加護をもらっているし、それなりに頼りになる人間だ。落ちこぼれというイメージとあまり一致しない。ふと、アルディさんに尻に引かれているレグルスがよぎったけど、頭を振った。
「まあ、最後の最後に加護をもらったからな。こいつの言ってることは本当だ」
レグルスは肩を竦めてあっさりと肯定した。
「俺は別に獅子の王になりたくもなかったからな。興味もないことを放置してたら落ちこぼれと呼ばれていただけだ」
レグルスの説明に、たしかに誰かの言うことを聞くのは苦手そうだと思った。どちらかというと自由に生きたい感じがする。獅子の星とレグルスはあまり相性がよくなかったんだろうな。
「やはり兄弟の中で最後だったんですね。納得です」
エスカマリさんは、鼻で笑って見下してくる。レグルスははあと息を吐いてから、目を細めた。
「そういうお前は、一番優秀と言われた兄貴だったよな? 性別まで変えてくるなんて驚きを通り越したぜ」
エスカマリさんがレグルスのお兄さん……!? え、余計わけわかんなくなったんだけどっ。
あまりの衝撃な話に頭が殴られたように混乱する。
「お兄さんって、え……エスカマリさんの姿……え?」
「落ち着け。あいつはもう神の力をもう持ッてるッてことだ」
マルフィクが後ろから補填してくれる。
「神の姿は様々だッただろうが。姿を変えることができるヤツもいるらしい、好きな姿になれるらしいぞ」
「えぇ? そうなの?」
たしかにシャウラは子どもなのに、姿形は大人の女性だ。人型じゃない神もたくさん居た。
「ああ、獅子は加護で変身ができるからな。加護の力を昇華した結果なのかもしれない」
レグルスからも肯定された。そういえばレグルスは獅子に変身するんだったっけ。元々獅子の加護を持ってたエスカマリさんが変身するのは不思議じゃないのかもしれない。
「この姿が使いやすかったんですよ。天秤の星では。エスカマリ、彼女はたしかに存在しました。みなから愛され、信頼され、次期天秤の神にと支持されてました。だからこそ、私には都合が良かった」
存在したエスカマリという女性。彼女はどうなったんだろう? 胸が押しつぶされそうな苦しさを覚える。俺もレグルスと同様にデネボラのやり方は嫌いだ。けれど話はそこで急速に終わらされた。
「話も平行線――終わりにしましょう。さて、ヘレさんとスピカさんにも”選択”が迫られたようですし、私の天秤の加護がこの場を審判しましょう」
ヘレとスピカの言葉に、闘技場の真ん中を見た。檻が個々を囲み、その檻の前を二匹の獣がうろついている。ヘレがスピカと女の子の選択を迫られていた。
「ヘレ!」
声を出しても届かない。
闘技場の真ん中の上に、巨大な天秤が浮かび上がった。
「これは貴方に見せた天秤と連動しています。選択を”誰か”が誤れば、天秤はどんどん傾いて行きますよ。さあ、アスクさん。あがいてみせてください」
にっこりとエスカマリさんは笑った。




