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3章 山羊の星14―加護の制御、牡羊の神の意図―

 ヘレと喧嘩してからどれくらい経っただろう。

 何十回目かの”夜”が過ぎて、ヘレとは会えないまま時間が過ぎていく。

 会いに行こうとしたけど、カプリコルヌス様はなんでか連れてってくれないし。ヘレからも時間が欲しいって言われてしまって、ヘレについては八方ふさがりだった。

 だから、修行を進めるしかなかった。

 もう身体を動かすのは日課になっていて、起きれば走り込み、朝食、マルフィクとの組手、昼食、休憩、走り込み、夜食、寝る。を繰り返していた。”夜”はその繰り返しを三日行ってからくるので、三日目はマルフィクとの組手でぼこぼこにされるけど。

 今は昼食が終わった後の休憩中だった。

「だーかーらー、次の組手は僕がマルフィクさんとやりたいんだってば!」

「意味ないやざ。うらの修行を優先するべきやざ」

 いつも通り休憩や食事時は一緒にいるようになったサダルとタルフが言い合いをしている。

 仲が良いのか悪いのか、二人はしょっちゅう喧嘩をしてる。でも、すぐ何事もなかったようにけろりと仲良さげに話しているのが不思議だ。

「たまにはいいじゃん! 僕だって、教えるだけじゃなくて強くなりたいんだよ」

「力は十分やのに、心が狭いやざ」

「なにをー!」

「心が狭いやざ」

「二回言うな!」

 自分の気持ちを素直に言い合えるから、喧嘩になるんだろうな。でも、二人が喧嘩するたびに、俺の頭にはヘレがよぎって、胸が締め付けられる。

「はぁ……」

 俺は日常になってしまった、ため息を吐いた。

「アスクさんまたため息ですか~?」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

 俺は誤魔化してヘレのことを頭の片隅においやった。

「また加護が使えねェッて嘆いてンのか?」

 俺の二つ目の悩み事をマルフィクが口にする。

 そう、体力はついた。組手をして加護のコントロールもマルフィクに教えてもらっているのに、一向に加護を使える気配はない。

「お前、牡羊の神の話まだ信じてンのか」

「だって、加護をコントロールできれば自分でプロテクターを外せるって言われてるし」

 アリエス様はそう言ってた。なのに、全然、どの加護を引き出そうとしても何も起こらない。

「……そろそろ頃合いだ。無理やりぶっ壊すぞ」

「うーん……」

 マルフィクは体力をつけて、内側から圧力をかけるとかなんとか。ようするに無理やりアリエス様が施した封印を解こうっていう考えだった。

 前はどうせ体力もないし、選択することもできずに流してたけど、今はもう選択できるくらいになったということで。

 アリエス様を裏切るようで気持ちは重いけど、でもそれ以上に俺は加護が使えないことに焦っていたから、正直だいぶ傾いている。

「え、牡羊の神様の力を破壊できるんですか?」

「加護であれば俺でもいける」

「けど、そんなことしたらアスクさんが危ないんけ?」

「そりゃあな、無理やりやンだから危険に決まッてんだろ」

 危険……そうだよな。やっぱり危険だよな。

「いいじゃないですかー、僕も協力します。それに、いざとなればカプリコルヌス様がどうにかしてくれますよ!」

「サダルは無責任やざ」

「そんなことないよ。だって、このまま行ったらアスクさんはずっと加護を使えないかもしれないんだよ?」

 サダルの言葉が胸に刺さる。

 いつ加護を使えるかわからない。いつこの修行が終わってしまうかもわからない。

 カプリコルヌス様に聞いてみたけど、まだ全然大丈夫って明確な時間は教えてくれなかったからよけいに。

 マルフィクと俺の目的――この修行で一番成長したら二人に与えられる褒美。未来か過去を一度覗くことができる。こと。

 その競争に俺はスタート地点にも立てずにいる。だから、いますぐに加護を使えるようになれるなら。

「ほやでも、万が一があるかもしれんやざ」

「万が一ばかり気にしてた大きいもの逃しちゃうし」

「商売と同じに考えんなやざ!」

「はぁ? 何かを得たいなら何かを犠牲にすべきに決まってんじゃん!」

 二人は本格的につかみ合いになりそうなくらい声を荒げだした。一つ目の悩みがちらつくのを、頭を振って追い払い、俺は喧嘩を仲裁するために口を開いた。

「サダル、タルフ、二人ともありがとう。心配してくれるのうれしいよ」

「…………」

「…………」

 言い合いしている二人の言葉は、俺のことを考えてのことだったから、素直にお礼を言った。

 二人は黙った後にお互いを見合ってふんっと鼻を鳴らし、威嚇しあう。

 マルフィク、サダル、タルフを見てから、口を開く。俺は結局傾いた心を止めることはできなかった。

「タルフの言いたいこともわかるけど、俺は……方法があるなら試してみたいと思う」

 そうだ。早く。早く加護を使えるようになって皆に追いつかなきゃいけないんだ。

「さすが、アスクさん! 挑戦してこそですよね~!」

「……アスクさんがいいならいいやざ」

「フン。なら、カプリコルヌス様に乙女の騎士を呼ンでもらえ」

「え、なんでスピカ?」

「加護が暴走して、身体が限界に達しても治してもらえれば生存確率はあがッからな」

 今、不穏なこと言わなかったか?

 リスクがあるのはわかってるけど、俺の頬は引きつった。

「方法があるなら試してみてェんだろ?」

 俺の様子ににやにやと口端をあげて、どう見ても煽ってくるマルフィクに俺は目を細めた。

「はいはい、マルフィクも心配してくれてありがとね」

「……してねェよ」

 流すように言えば、マルフィクは眉をひそめて苦虫を潰したみたいな顔をした。思ってた反応じゃなかったらしい。ざまあみろ。

 はっと鼻を鳴らせば、マルフィクは同じように鼻を鳴らして返してきた。

「じゃあ、カプリコルヌス様にお話ししてみましょう!」

 話がまとまり、次の”夜”にカプリコルヌス様に話をすることになった。


 カプリコルヌス様まではよかった。面白そうとか言って、普通にスピカを連れてきてくれたからだ。

 けど、スピカに事情を話してからスピカはひどく怒って話を聞いてくれはしなかった。

「そんな危険なこと、私は反対だ」

「でも、このままだといつまでも加護が使えないし……」

「アリエス様はアスクがしっかりと加護のコントロールができるようになれば使えると言ったのだろう? アリエス様のご意向とは異なることをして、身を危険にさらす必要はなかろう?」

 もっともな意見。でも、俺はいつになるかわからないこの状態に不安しかなかった。

「でも、それじゃあいつになるかわからないし……」

「そのために修行しているのであろう?」

「うぐっ……」

 あいまいな返答ではスピカを納得することはできそうにない。

 俺はマルフィクに助けを求めるように視線を向けた。マルフィクは、はぁっとわざとらしくため息を吐いてから、カプリコルヌス様に視線を向ける。

「俺は、アスクの封印はおそらく長い期間解けないと思うが、カプリコルヌス様はどう思うンだ?」

「一生解けないであろうなのである」

「どういうことですか?」

 カプリコルヌス様の返答にスピカは眉をひそめて、カプリコルヌス様に問いかける。

「正確に言うのであれば、蛇使いの加護はこのままいけば一生牡羊の加護に抑え込まれるのである。双子の加護や蠍の加護は必要条件によっては使えるようにはなるであろうが、一度蛇使いの加護に吸収されそうになったであろう? その際に結びつきが強くなったのであろうな、蛇使いの加護の影響を受けているようなのである」

「……うん? それなんで最初に言ってくれなかったの?」

 俺は思わずカプリコルヌス様に突っ込んだ。初めて出てきた話にスピカよりも俺が驚いてる。

「聞かれなかったからであるが?」

 きょとんとして言ったカプリコルヌス様に俺の頬がぴくぴくと引きつった。

 俺の今までの時間返せー! って叫びたくなったけど、当然というようなカプリコルヌス様の表情に俺は何も言えなかった。

「どうせ、体力がなきゃ牡羊の加護の制御を無理やり引ッぺがすのは無理だッたからな?」

 俺の表情から読み取ったのか、マルフィクに釘を刺される。

「なるほど……いずれ双子の加護や蠍の加護は使えるようになるはずだったと」

「そうなのである。その二つの加護のいずれかをアスクの体になじませ、最終的には加護を統合させようと思っていたのであろうな……。もしその二つのいずれかを選べたのなら、蛇使いの加護との結びつきが弱まり、使えるようになるであろう。しかし、アスクは別の選択――すべての加護を使うことを選択したのであるからして、何かしらしなければ一生封印は解けない確率が高いのである」

「……そうですか」

 改めて、カプリコルヌス様に一生加護が使えないと言われて俺は俯く。

 アリエス様は、なぜそこまでして蛇使いの加護――オフィウクスの加護を封印したのだろうか?

 アリエス様は、俺を信じてはくれないのだろうか?

 不信感。そう言ってしまえるほど、俺はアリエス様に疑問を覚えてしまっていた。

 でも、アリエス様のことをどうこう考えている暇はない。俺は、自分の目標を達成するために、その封印を解かないといけない。

 それには、多大な代償がついてまわる。

「スピカ、お願いだよ。俺に力を貸して!」

「だが……」

「スピカがオフィウクスの力をよく思っていないのは知ってる。でも、俺は……全部の加護を使いたいんだ」

 俺は、スピカの青い瞳をしっかりと見つめた。

「加護の力、どれもみんなと旅して得た力だから、大切にしたいんだ……お願いだよ、スピカ」

 俺の言葉にスピカの瞳が揺らいだように見えた。

 すぐに、スピカは柔らかい笑みを浮かべてくれる。

「……アスク、わかった。私にできることなら力になろう。ただし、本当に危なくなったら……その時は止めさせてもらうぞ」

「うん、頼りにしてる!」

 俺はアリエス様のことをどうこう言えない。だって、俺だってスピカに本当のことは言えてないから。

 失敗すれば――確実に命はないなんて。

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