第1話 海を見に行こう 1
8月21日、高校最後の夏休み。
俺は机に向かっていた。
机と言っても部屋の真ん中にあるテーブル机。
勉強机もあるのにいつの間にかここで勉強するようになった。
今は受験勉強真っ最中。
勉強は毎日の積み重ね。ゲームと一緒だ。
急に強くはなれない。
ただやりたいことがあるわけでもなかった。
世の中の流れに沿って動いているだけ。
ただ勉強していくうちに偏差値が上がっていくのは楽しい。強くなれば選択肢は増える。
ちょっと疲れて背伸びをした。埃を被ったゲーム機やパソコンが目に映る。
受験期間はゲームをしないことにした。やり始めると止まらないから。
休みのたびあおいとゲームした日々が懐かしく感じる。
そのあおいからメッセージが来た。
おそるおそる画面を開く。
「受験勉強どう?」
...なんだ。
あおいにしては普通だ。
「ボチボチだな」と返信したら
「明日朝9時に河北南駅前集合!!」と送られてきた。
明日!?
朝9時!?
俺はスケジュールを確認する。
明日は特に予定はない。が、ここで反論しておかないと現実になってしまう。
ちょっと待てと送る前に
「よろしく!!」と送られてきてしまった。
あぁいかん...
肩を落とす。
ダメだ...
これは確定事項になってしまった...
こうなるとあおいの意見が通ってしまう。
俺は諦めて時計を見た。21時。早々に寝よう。
...あおいの勉強はどうなんだろう。
...いらぬ心配か。
部屋を出て脱衣所まで向かう。
俺は風呂に入る準備をした。
翌日、8時45分。
河北南駅前。
予定よりも15分早く到着。
8月が終わりかけていても暑い。
何を着てこようか迷ったが、
無地の黒Tシャツ。
デニム。
サンダル。
いつもと変わらず超ラフな格好になってしまった。
女子と出かけるのに地味すぎるかなとも思ったがあおいだからいいのだ。
蝉の鳴き声がしない。
さすがの暑さに蝉も出てこないのかもしれない。
駅前をなんとなく眺めているとあおいが来た。
小さな横断歩道であおいが止まる。
車が止まったのを確認してあおいはお辞儀をして歩き出す。
向かい側から来ていた男子高校生2人組とすれ違った。
その2人が「あの子可愛くね」と話していた。
あおいの耳にも聞こえているであろう。
フル無視である。
あおいにとっては慣れっこなんだろう。
俺を見つけるなり話しかけてきた。
「あら、大地早いわね」
俺は知っている。ここでちょっと待ったとか言おうものならそんなんだからあんたはモテないのよと毒を吐かれる。
だから決まって、
「俺も今来たとこ」と答えるようになった。
なにやら辺りを見渡している。どうやら知ってる人物がいないか確認しているようだ。
ひと通り見渡して知人がいないことがわかったのか、
「あっつい。喉乾いたからコンビニで飲み物買ってこ」
「ちょっと待て。あおい。先に用件を」と言ってる間にあおいは駅に併設されているコンビニに入っていった。
はぁー。大きくため息をつく。
仕方なく続いてコンビニに入る。
あおいはドリンクコーナーに行くと即決で麦茶を選んだ。
「大地、何飲む?おごるよ?」
え!!!?あおいが俺に何かを奢る!?
そんなこと小学校1年生からこれまで1回もなかったぞ!?!?
衝撃で俺は固まってしまった。
...待て!何か策略があるに違いない。
俺が訝しむ視線をあおいに送ると
「なに?その顔?大地もどうせ麦茶でしょ」
と言って麦茶をもう一本取ってレジに向かう。
待て待て待て待て待て待て待て。
いや無下に止めて不機嫌になられてもこまる。
どうする!?
心の中でなんとか阻止できないかと必死に念ずる。
しかし想い届かず。
あおいはお会計を終えてしまった。
なんだ?
俺何かやらかしたか?
頭をフル回転させていると、
「はい、これ大地の分」
麦茶を差し出された。
これは受け取ってもいいのか!?
いや受け取らなかったら逆にどうなる!?
コンマ数秒。
脳内で必死に計算した。
特にやらかした覚えもないしここは受け取る選択をしておこう。
怪しみながらも麦茶を受け取った。
「...ありがとう」
コンビニから出るとあおいは仰々しく振り向いた。
何が行われるんだろう。
緊張からか喉が渇く。
一口麦茶を飲む。
飲み終えるとあおいは手を伸ばしてきた。
「大地のもあたしのリュックに入れちゃうから」
「...ありがとう」
あおいに麦茶を渡すとそのままリュックに入れた。
服装からわかることはないかと見てみる。
青い無地のTシャツ。
ベージュのパンツ。
サンダル。
あとは黒いリュックを背負っているだけでこれといった特徴はない。
服装がいつもより地味だな?
髪型も変化ないな?
いや先週よりも短くなってる?
俺の頭の中の疑問を遮るようにあおいは言った。
「...これから海に行きます。」
「...はぁ?」
唐突すぎてわけがわからなかった。
「...海?」
「そう。海」
「何しに?」
「海を見に行きに」
「...春人たちは?」
「誘ってない」
「...はぁ?俺たちだけ?」
「そう。私たちだけ」
...えぇー...正直めんどくさーいと心の中で呟く。
8月も終わりに近いとはいえあおいはナンパのターゲットになりやすいだろう。
あおいが声かけられないように気をつけないと。
いつものグループメンバーで行った方が楽なのに。
俺は文句を表情に出したがそんなことはおかまいなしにあおいは続ける。
「上総一ノ宮まで行くから」
「上総一ノ宮ってどのぐらいかかる?」
「片道2時間ぐらい」
「...もっと近い海じゃだめなの?」
せめてもの抵抗。
「綺麗な海見たいもん。それにあんた麦茶受け取ったから拒否権なし。」
なるほど。そのための奢りだったわけか。
受け取る選択。失敗。
がっかりしているなかあおいは先に歩き出す。
遅れないように隣を歩く。
そういえばあおいと2人で出かけるの久しぶりだっけ。
駅の切符売り場で交通系ICカードにチャージした。
どうでもいいけど運賃たっか。
階段を上がって2人で駅のホームに向かう。
そこまで待たずに電車が来た。
土曜日と言えど電車内は空いていた。
夏休みも影響しているのだろうか。
運良く2席分空いていたのであおいと2人で座る。
あおいは車窓から景色を眺めていた。
車窓から公園が目に入る。
あおいと会うのが久しぶりだからか増田公園を思い出した。
思えばあの日があおいとの出会いだった。




