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灰かぶり令嬢の推測は金の輝き  作者: 飛花落葉


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1/2

前編

今日は社交界なので、侯爵家令嬢であるコーネリアはいつものようにお化粧をして着替える。


 と言っても実際におこなうのは侍女の役目だ。


「コーネリアお嬢様、これでいいのでしょうか?」


「ええ、ありがとう」


 侍女の言葉にうなずき、コーネリアは礼を言う。

 鏡の前に映っているのは地味で華がない少女だった。


 着ていくドレスも流行を抑えているものの、ネイビーを選んでいる。

 侍女たちはいつものことだと、確認だけして何も言わなかった。


 

 コーネリアをエスコートするのは、婚約者である第二王子エドワードである。


 年頃の令嬢たちから大きな支持を集める美形で、仕立のいいスーツもオシャレに決まっていた。


 エドワードはコーネリアを見ると、つまらないという顔で鼻を鳴らす。

 王子でなければ無礼だと非難が集まっただろう。


「相変わらず地味だな。そんなのだから『灰かぶり』と言われるんじゃないのか?」


 エドワードは冷ややかな声を投げかける。

 『灰かぶり令嬢』というのは地味なコーネリアを嘲るための蔑称だった。


 コーネリアは感情のこもってない愛想笑いを浮かべて受け流す。

 エドワードは舌打ちして、


「では行こうか」


 と「義務」そのものという態度で言う。

 コーネリアは小さくうなずく。


 彼女だって「義務」と思っているので、その点で王子をとがめるつもりはない。

 彼女たちの婚約は王家と侯爵家の話し合いによって決定したもの。

 

 本人たちの意思は関係なく、冷え切ったものへとなっている。

 「早く終わればいいな」とコーネリアは思いながら、エドワードに従う。


 実際は難しいとはわかっている。

 今回の社交では国内の主要な貴族だけでなく、外国の招待客もいるからだ。


 第二王子エドワードの婚約者として、ホスト側に巻き込まれるポジションである。


 コーネリアは「誰か代わってくれないかな」という本音を押し殺し、社交スマイルで武装して対応していく。


「本日はお招きいただきありがとうございます」


 やがて一組の男女がコーネリアの前に立つ。


 エドワードに負けない美男子に、コーネリアを除いた列席の女性たちを目を奪われている。


「ようこそ、カルロス殿下」


 エドワードが親しげに話しかけた。


「やあ、エドワード殿下」


 カルロスは白い歯を見せて応える。

 その隣の美少女も優雅なカーテシーを見せた。


 カルロスとイザベルは王国と隣接する帝国の人間である。

 王国よりも豊かであり、軍事力でも勝っているのが帝国だ。


 その皇室ということもあり、エドワードも緊張していることを、コーネリアは見抜く。


「妹のイザベルだ。よろしく」


「婚約者のコーネリアだ。よろしく」


 カルロスとエドワードに紹介されたので、イザベルとコーネリアはあいさつをかわす。


 イザベルはカルロスと似ていて、非常に美しい。


 それだけではなく華やかなドレスと首飾りも着こなし、男性たちの視線を集めている。


 相手が帝国の皇女ということもあり、美貌自慢の王国側の女性たちは悔しさを押し殺していた。


 「私が出会った女性の中でも一番かも」とコーネリアは素直に感嘆する。

 オシャレに興味がないコーネリアだって、すばらしいものはすばらしいと思う。


「あなた、蜜蠟を使っているのかしら?」


 イザベルは探るような目でいきなり化粧に関することを訊いてくる。

 

「はい。肌が乾燥しやすいので、保湿効果の高い蜜蝋に頼っています」


 コーネリアは正直に答えた。


「あらそう。いい蜜蝋を知らない?」


 イザベルの質問には遠慮がない。


「イザベル様のお肌にあうかは存じませんが」


 コーネリアは真剣に答える。


「へえ。詳しいのね」


 相槌を打っていたイザベルはにこりと微笑む。

 どうやら乗り切れたらしいとコーネリアが安心すると、


「せっかくだからおしゃべりしましょう?」


 と言い出す。


 「えっ」とコーネリアは思ったが、イザベルは自分たちを見守っている兄に目を向けた。


「お兄様。よろしいでしょう?」


「お前がなつくなんて珍しいね」


 カルロスは妹をからかったあと、エドワードに尋ねる。


「どうだろう。ダンスまで時間はあるのだろうし、婚約者のコーネリア殿をお借りしてもいいだろうか?」


「どうぞ」


 エドワードは興味なさそうに即許可を出す。


 カルロスとイザベルが「おや」という顔になったが、エドワードは気づいていない。


 イザベルはどんどん質問してくる。

 「答えないとだめなの?」とコーネリアは疑問を持つ。


 だけど、相手は国賓だし、自分は第二王子の婚約者である。

 きちんと受け答えしなければ王国の恥になるし、あなどられることになってしまう。


 そう自分に言い聞かせたコーネリアは答えていく。


 真面目に対応するのであれば、国家機密を除いてコーネリアに答えられないことのほうが少ない。


「あなた物知りなのね」


 イザベルの評価が何だかあがってしまった気がする。

 さらに彼女たちを遠巻きにして令嬢たちが見ていた。


 帝国の皇女なんて大物があいさつ回りもそこそこに、侯爵令嬢と話し込んでいるのだから、注目されるのは当然である。


 コーネリアとしては不本意だったが、イザベルにきらわれたり怒られたりするわけにはいかない。

 

 やむを得ない状況だと自分自身を納得させた。

 イザベルは立ち上がってコーネリアにあいさつし、ほかの令嬢たちのもとへ行く。


 「ようやく解放された」とコーネリアはこっそり息を吐き出す。

 帝国の皇女という大物の相手なんて、平穏を望む彼女には迷惑に近い。


 もっとも、そうは思わない令嬢たちは多いらしく、コーネリアはすぐに令嬢たちに囲まれてしまった。


 「一人になりたい。無理だとわかっているけど」と思いながら、コーネリアは社交スマイルを作る。


 こういう場で令嬢たちはコーネリアを『灰かぶり』とは言わない。


「さすがコーネリア様。相手を引き立てるのがお上手ね」


「誰と組んでも支えるのがお得意なのね」


 遠回しに「誰が相手でも目立たない地味なモブ」と言っているのだ。

 コーネリアは気づかないふりをして、愛想笑いで受け流す。

 

 地味で鈍感な令嬢という周囲の思い込みが、自分の立場を守っていると彼女は考えているからだ。


 下手に言い返すと泥沼のはじまりだということは、今まで見てきて知っている。




 音楽が変わってダンスの時間の到来を知らせた。


 まずはエドワードとコーネリア、カルロスとイザベルが踊る手筈になっていると、立場上聞かされている。


 さすがに拒めないのでエドワードを探しに行く。


 いくら殿方はエスコートする立場だからと言って、王子に探してもらうだけだというのは、外聞が悪い。


 当のエドワードはと言うと、コーネリアのことを探してなかった。

 それだけならまだいい。


 コーネリアの感情が動いたのは同じ年頃のほかの女と談笑していたからだ。

 その女はコーネリアに気づくとにやりと悪意を感じる笑みを浮かべる。


 せっかくの美しさが台無しだと思うほどに。


 いつもならコーネリアは仮病を使って、この場を立ち去るところだ。

 しかし、国賓もいる場面ではさすがにエドワードに一言断るのが筋である。


「エドワード様」


 コーネリアがひかえめに呼びかけると、エドワードはわざとらしく彼女を見た。


「来たか。『灰かぶり』よ」


 エドワードははっきりと見下す視線をコーネリアに向けてくる。

 隣の女の悪意が深くなった。


「君との婚約は破棄させてもらう。そしてこちらのプレフォンス侯爵家のジャネット嬢と婚約させてもらおう」


 エドワードは粛々と宣告した。


 会場内のどよめきを、コーネリアは他人事のように聞いていた。

 

「お前は地味で陰気で……」


 エドワードはここぞとばかりにコーネリアを貶める。

 腕を組んでいるジャネットは勝ち誇った笑みをコーネリアに向けていた。


 「国王陛下の許可をとったのかしら?」という疑問がコーネリアの頭を占めている。


 ただ、エドワードの側近たちが明らかにあせっている顔だった。

 中には天井をあおいだり、真っ青になっている人たちもいる。


 つまり独断なのね、とコーネリアは予想した。


「承知いたしました。謹んで受け入れましょう」


 コーネリアは礼をする。

 婚約者に対して向けるものではなく、貴族が王家に対してとるものを。


 コーネリアからの別離のあいさつだと、会場にいる者ならみんな理解できた。


 ただし、エドワードとジャネットは勝者の権利だと思い込み、上から目線で受け入れる。


 ダンスタイムとなって最初に踊るのはエドワードとジャネットだった。


 二人は幸せそうに踊り、パートナーを失ったコーネリアは部屋の隅に追いやられてしまう。


 ぽつんと壁の華となってたたずむコーネリアに、ジャネットがちらちらと嘲笑を向けてくる。


 どうやらジャネットは完全勝利を信じてるらしい、とコーネリアは感じた。

 たしかに今のコーネリアは、令嬢なら誰もが最も避けたい境遇にいる。


 人によっては心を病むか、気絶して介抱される事態になっていただろう。


 騒ぎが大きくならなかったのは、コーネリアがユニークな心の在り方をしているからだった。

 

 同情的な視線を送ってくる女性たちもいるが数は多くない。


 そのうちの一人イザベルは、一曲目のダンスが終わるとすぐにコーネリアのもとへやってきた。


 美しい顔立ちには義憤と同情などが宿っている。


「コーネリア様、落ち着いていらっしゃるのね?」


 イザベルの美しい瞳には純粋な心配が映っていた。


「ええ。もともと政略的なものだったので、そこまでショックではないです」


 コーネリアは落ち着いて正直に答える。

 愛する婚約者に捨てられたのであれば、さすがにもっと動揺しただろう。


 だが、王命による婚約であり、義務感で占められたものが消えただけであれば、大した痛みはない。


 コーネリアは自分のことを客観的に分析していた。


「えっと。女性に恥をかかせて平然としている男への怒りは?」


 イザベルは驚いて小声で問いかけてくる。


「ああ」


 そこまではない、とコーネリアは答えた。

 なぜならエドワードが王命を独断で踏みにじったのは、明らかだったからだ。


「後日報いは受けるでしょう」


 そのことを想像できず、今勝ち誇っているのは哀れとさえ感じる。

 

「……冷静で頭がいいのね」


 イザベルはとても感心してくれたのが、コーネリアにはちょっと意外だった。

 イザベルは二曲目を踊らず、コーネリアに話しかけてくる。


 この帝国皇女と親しくなれたのだから、婚約破棄されたのも悪くないと思えてきた。


 イザベラがコーネリアに好意的な様子を見て、エドワードとジャネットから勝者の笑みが消えたことに気づく。


 仕方ない人たちだとコーネリアは笑いをかみ殺す。


 社交の場が終わり、イザベラは名残り惜しそうにコーネリアに別れを告げ、去っていく。


 いい出会いもあったとコーネリアは満足していると、怒りを押し殺したジャネットが近づいてくる。


「たまたまイザベラ殿下と気が合ったからって、調子に乗るんじゃないわよ。この『灰かぶり』」


 小声かつ早口で言い、さりげなくコーネリアの足を踏み、ジャネットは立ち去った。


 勝者気分を吹き飛ばされたのが気に入らなかったのか?

 痛みを感じながらコーネリアは首をかしげる。



 数日後、コーネリアは自宅で父に呼び出された。


 「いよいよ」とか「私は悪くないよね」と思いながら、それでも一応心構えはしておくのが、貴族令嬢のたしなみである。


「まずいことになった」


 あいさつをすっ飛ばした父の第一声。

 渋面を超えた深刻な表情にコーネリアは「おやっ」と思う。

 

 どうやら婚約破棄以外に何かあったなと直感する。


「どうかなさったのですか?」


 コーネリアは何食わぬ表情をつくって問いかけた。


「帝国からの親書が奪われたのだ」


 コーネリアの父は厳かな表情で言う。


「……は?」


 さすがのコーネリアも間が抜けた声が出てしまった。

 親書なんて国家機密そのものだろう。


 何がどうなったら奪われる事態になるのか、そしてどうして父の耳に入っているのか、コーネリアはさっぱり理解できない。


「お入りください」


 娘の表情を読み取った父が呼びかけると、イザベルとカルロスの二人が入ってくる。


「お騒がせして申し訳ない」


 カルロスもイザベルも神妙な表情だった。

 

「どうしておふたりが……なるほど。親書をお持ちだったのはあなたがたでしたか」

 

 コーネリアはすぐに気づく。

 カルロスが親善大使、イザベルが副大使という扱いだったはずだ。


「実権と親書をお持ちなのはてっきりカジャス侯と思っておりました」


 まだ若い皇子と皇女にそこまで委ねないだろうというのは、常識的な判断である。

 

「カジャス侯はたしかに頼りになる。しかし、だからこそ不埒者の視線も集まると考えて裏をかいたつもりだったのだが」


 カルロスは苦い顔で説明した。


 皇子と皇女はお飾りだという先入観を逆手にとったつもりが、裏目に出てしまったらしい。


「犯人を特定して問い詰めたのですが、本人は認めなかったし、奪われた親書は見つからないんです」


 イザベルは悔しそうに話す。


「どうやって特定したのですか?」


 コーネリアは好奇心には勝てず問いかける。


「実は大したことはしていない。親書を持ち出せたのは状況的に二人だけだったというだけだ」


 カルロスは苦笑しながら教えてくれた。

 「国へ送る親書ならあり得ない話じゃないかも」とコーネリアは思う。


 大切に保管され、入退室にもチェックされるはずだ。


「皇子、皇女、カジャス侯とそろっているので、アリの子一匹通さない状況を維持している。親書を建物の外に持ち出すのは何人たりとも不可能だ」


 コーネリアの父は自信満々に言い切る。


「そう言えば警備の責任者はお父さまでしたね」


 ようやく話がつながってきたとコーネリアは感じた。


 いくら帝国の人間ではないと言っても、さすがに親書が奪われるという状況なら、現地の警備責任者に話が行く。

 

「ただ、証拠もなく足止めし続けるのも限界が近い」


 コーネリアの父の顔に苦悩が浮かぶ。


「だからお前の知恵を借りたい」


 父はまっすぐにコーネリアを見つめてくる。


「親書を取り戻せたらそれでいいと思っている。奪われただけでもスキャンダルだからね」


 カルロスが弱弱しい笑みで言う。

 父が皇子と皇女を連れてきたとなると、逃げられないとコーネリアは判断する。


 「イザベル皇女には親切にしてもらったし」という理由もあった。


「建物の中は探したのですか?」


 彼女は父に尋ねる。


「うむ。天井裏とか暖炉の中とか。柱とか。思いつくところはすべて探した」


 父の顔に悔しさが宿った。

 

「私も立ち会いました。それでも見つからないって、いったいどんなマジックが使われたのでしょう?」


 首をかしげるイザベルの顔には純粋な好奇心で満ちている。

 

「思いつきでも何でもいい。お前の考えを聞かせてくれ」


 父に頼まれてコーネリアは考えた。


「外に持ち出せなかったのですね?」


「ああ」


 コーネリアの確認に父はうなずく。


「建物の中をすべて探したのですね?」


 もう一度父はうなずいた。


「私が聞かされた情報に過ちがないなら、わかった気がします」


 コーネリアはにこりと微笑む。


「本当か!?」


 父は前のめりになり、カルロスとイザベルはぽかんとする。

 コーネリアは微笑んで、


「ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 と言った。


 

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