第44話 英雄にされる
事故の報告は、すぐに修正された。
『迅速な判断により、被害は最小限に抑えられた』
事実だ。
旧市街の一部は沈下したが、
都市三つ分の崩壊は防がれた。
議会は、揺れたが崩れなかった。
そして――
ロウが、動いた。
「我々は恐れず選択した」
「基準があったからこそ、最悪を防げた」
壇上で、声を張る。
「一部の被害は、痛ましい」
「だが全体は守られた」
拍手が起きる。
ミレイが、静かに言った。
「流れが、できています」
「ええ」
止められない流れだ。
ロウは続ける。
「この基準を磨き上げる」
「より多くを守るために」
正しい。
間違っていない。
だからこそ、危険だ。
数日後。
新聞に、記事が載る。
『都市を救った判断体系』
名前は出ない。
だが、内部では分かっている。
「あの人物」がいる、と。
廊下で、若い職員が囁く。
「噂は本当らしい」
「匿名の判断者」
「都市を何度も救った」
勝手に、物語が作られる。
ミレイが、執務室で言った。
「止めますか」
「何を」
「神話化を」
俺は、首を振る。
「止まりません」
「放置しますか」
「ええ」
止めようとすれば、
名前が出る。
それが一番まずい。
「あなたは」
「評価されるべきです」
「評価は、制度に向けてください」
俺は、短く答える。
「個人が象徴になると」
「制度は思考を止めます」
ミレイは、静かに頷いた。
「正しさが固定されたら」
「もう考えなくなる」
それが、最悪だ。
夜。
街を歩く。
酒場の中から、声が聞こえる。
「聞いたか?」
「また基準で救ったらしい」
笑い声。
英雄譚は、簡単だ。
複雑な判断も、
一言でまとめられる。
“正しかった”。
俺は、立ち止まらない。
英雄は、期待を背負う。
期待は、判断を歪める。
そしていつか、
期待を裏切った瞬間に、
全てが反転する。
それが見えている。
だから。
ミレイに、告げる。
「次の会議で」
「辞退します」
彼女は、驚かなかった。
「予想していました」
「理由は?」
「固定されたくない」
それだけだ。
制度に残るのは構わない。
だが、個人が残れば、
そこに依存が生まれる。
俺は、静かに言った。
「呼ばなくていい」
神話は、止められない。
ならば――
距離を取る。
それが、最後の判断だ。
──第44話・完
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