第42話 正しく使われた事故
事故は、静かに始まった。
報告は簡潔だった。
『都市ヴァルムにて、魔力供給網の不安定化』
『基準に基づき、優先順位を再設定』
『初動対応は適切』
“適切”。
その言葉が、やけに軽い。
ミレイの執務室で、書類を読む。
「手順は、完全に基準通りです」
「例外処理も、規定内」
俺は、ページをめくる。
供給量。
負荷分散。
停止区域。
(……間違ってない)
本当に、間違っていない。
「被害は?」
「現時点では、軽微」
だが、次の報告が続く。
『周辺都市の地下蓄積魔力に、異常振動』
『連鎖的な位相干渉の兆候』
俺は、指を止めた。
「……地盤は?」
「古い結界層が残っています」
「撤去は?」
「未完了」
そこだ。
基準は、供給網だけを見ている。
地下の蓄積層は、前提に入っていない。
「止めてください」
「どこを?」
「全体です」
ミレイの目が、わずかに揺れた。
「基準では」
「段階的停止です」
「間に合いません」
短く言う。
「連鎖が始まったら」
「都市三つ分が巻き込まれます」
沈黙。
彼女は、即座に命令を出した。
「ヴァルム、即時全域停止」
「地下封鎖優先」
「責任は、こちらで取る」
通信が飛ぶ。
数時間後。
爆発は、起きなかった。
だが。
地下結界の一部が崩れ、
旧市街が沈下した。
死者は出なかった。
だが、数百人が住居を失った。
報告書には、こう書かれる。
『基準適用後の想定外要因』
想定外。
便利な言葉だ。
執務室は、重い沈黙に包まれる。
ミレイが、初めて言葉を選んだ。
「見落としました」
「基準に、地下層は含まれていませんでした」
俺は、首を振る。
「基準は、悪くありません」
「ですが」
「条件が違いました」
彼女は、机に手を置く。
「成功例が続いた」
「疑いが、減った」
その通りだ。
正しく使われた。
手順も守られた。
それでも。
状況が一つ違えば、
連鎖は起きる。
夜。
都市ヴァルムの灯りは、
一部が消えている。
完全な崩壊ではない。
だが、傷は深い。
ミレイが、静かに言った。
「あなたは」
「止めました」
「ええ」
「ですが」
「間に合わなかった部分がある」
俺は、窓の外を見た。
「基準は」
「状況を選びません」
「人が、選ぶんです」
それを忘れた瞬間、
制度は硬直する。
そして、硬直は――
静かに亀裂を生む。
──第42話・完
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




