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十色の追想  作者: 詩庵
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あの日は花の香りの強い春の夕暮れだった。

あの日の夕暮れは、夕焼けと炎が混ざり、恐ろしいほど紅かった。

木の焦げる匂い、崩れる音、炎は思い出すらも焼き尽くした。

ただ、はっきり覚えているのは、強い花の香りの中で妹と逃げなくてはいけないと思ったことだった。


薬剤師をしていた母が消える前に残した手紙には、事情と結末が記されていた。

最後には、「見つかってしまった。遠くに逃げて、生き延びて。もう時間がない」と書かれていた。

それからは、ただ忙しい日々が続いた。


家の治療院にいた人々を帰し、妹の心配そうな表情を横目に、淡々と準備を進めた。

ただここにいてはいけない。それだけしかわからなかった。


二日後、私は家に火をつけた。

激しく燃え上がる我が家を背に、泣く妹を連れ走った。


夜が明け、日が登り、一週間が経った。

足は鉛のように重く、心も身体も傷だらけだった。

そんな中、妹が熱を出してしまった。それでも止まるわけにはいかない。

妹を治癒し続けながら、私は歩いた。

もう戻れない。私がしっかりしなくては……


それも限界だったのだろうか。

目の前がぼやけてきた。

もうダメなのだろうか……

眠くなってきた。

「寝てはいけない」そう思っても、瞼は重く、自由が利かなかった。

目の前がだんだん暗くなっていく。


意識がなくなる直前、私は金色の狐を見た。

狐はじっとこちらを見つめていた。

その瞳は、金色に輝いていた。


私はちゃんとできている。

一人でも守れる。

そう思っていたのは私だけだった。


目を開けると、そこは天国ではなく、洞穴の中だった。

物音に飛び起きると、一人の少年が水を持って入ってきたところだった。

「具合はどう?」少年はそう聞いてきた。


答えずにいると、

「君の妹さんは、さっき目覚めて外に薬草を取りに行ったよ」と言われた。


一瞬で目が覚めた。

紫音を一人にしてはだめ。無事でいて。

急いで外に出ると、紫音が石で草をすり潰していた。

「姉様、大丈夫?」


家を、思い出を壊した私に、紫音は少し心配そうに、でも優しい笑顔を向けてくれた。

その笑顔が何より嬉しく、張り詰めていた私の緊張がほぐれていくのを感じた。


久々に、私はちゃんと笑ったのだろうか。

私が「ありがとう」と言うと、瞳に涙を浮かべた紫音が飛び込んできた。

その身体は、温かかった。


紫音の身体は、小さく震えていた。

泣く妹の姿を見ていたら、目の前がぼやけてきた。

手を目にあてると、濡れていた。

涙だ。

ずっと出なかったのに、そう思うと止まらなくなってしまった。


私達は肩を寄せ合い、声をあげて泣き続けた。


しばらくして落ち着くと、少年が話しかけてきた。

「これからどうするの?」


誰に追われているかもわからない。

どうしたらいいのかも……

影の揺れさえも怖かった。

「分からない」と答えると、少年は静かに頷いた。


しばらくして、

「それなら、私と一緒に旅をするかい?」と聞いてきた。

私達は顔を見合わせ、同時に頷いた。


少年は優しく笑い、冷たい水をくれた。

乾ききった喉を潤すその水は、とても清らかだった。


少年と旅をすることを決めて一週間。

身体はもう大丈夫なはず。

なのに、私達はまだ同じ洞穴にいた。


怜燈は夜になると、必ず外で見張りをしてくれた。

それでも私は不安でいっぱいだった。

私達は追われている。

何かが迫ってくる感覚が抜けず、どうしても遠くに行きたくなった。


そんな私に、怜燈は自分も追われていることを教えてくれた。

そして、「必ず守る」と約束してくれた。

そう言った怜燈は、どこか懐かしそうな目をしていた。


たとえ嘘でも、いい。

信じる根拠なんて一つもなかった。

でも、ただ信じたかった。

そう思うほど、怜燈の言葉は、包み込むかのように温かかった。


その三日後、私達は歩き出した。

色褪せた桜の花びらが、河を薄く鮮やかに染め上げていた。

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