オマケ.ミマモリオトメ
由羽の親友であり、言葉を繰る鬼という特殊な種族でもある尊。
彼女が由羽と出会ったのは、小学三年の頃だった。
大学院までエスカレーター方式でいけるようになっている学校の、幼稚舎である。
当時から尊は、周りから忌避されていた。その雰囲気からか、はたまたその見目からか。
小学生とは無慈悲なもので、そういう者を排除しようとする者が一定数いる。尊はそれに絡まれ、イジメを受けていた。
尊がそんなものに頓着したことはなかったが。
しかしそれでもやはり、友人はいなくなる。
そんな尊が独り本を読んでいたところで話しかけてきたのが、転校してきた由羽だった。
彼女はとても不思議な存在であった。
尊のような扱いを受けそうな見た目と中身をしているのにもかかわらず、気づいたら周りに溶け込んでいる。
持ち前のその力を駆使しクラスに馴染んだ由羽に引っ張られるようにして、尊もクラスに馴染んでいった。
彼女とはそのときからの仲だ。
それから付属の中学、高校とエスカレーター方式で進み、今に至る。
当時から由羽はレイナードとともにおり、レイナードとの関係とレイナードのしていることを知ったのは、中学辺りからだった。
そんな大切な友人が今、とても幸せそうな顔をして笑っている。
それだけで、尊の心は救われた。
なんだかんだ言って、かなり気にかけていたのである。
「異種族恋愛は、障害が大きいからね……」
自身の両親も異種族恋愛の末に結ばれたのだが、その頃はもっとひどかったという。なんせ、人よりも人外のほうが多かったのだから。
今こうして共生できているのは、ひとえにその頃の者たちの努力の賜物である。
日暮れの学校の廊下を歩きつつ、尊はほう、とため息をもらした。
「わたしの役目も終わりか」
そう思う。今までのように、由羽のフォローに回る必要もないだろう。
あの憎らしい吸血鬼の破壊行為、その修正に回ることもなくなる。
それが悲しくもあるのは、それだけ染み付いてしまったからであろう。
燃えるような夕日を見つめつつ、尊はつぶやく。
「これからはもう、平和ね」
***
ガッシャーン! と。
窓ガラスが割れる音が響いた。
昼間から繰り広げられるアホらしい抗争に、尊は半目になりながら由羽を庇う。
おかしい。平和になると思っていたのに。
そして普段ならば、昼間から抗争なんて起きなかったのに。
そうは思えど、これは現実である。尊はため息を吐き出した。
どうやら、今年の一年が色々とやらかしているらしい。
魔力が強い者たちを引っ掛けては迷惑をかけており、今回その相手があの生徒会長だったということで、このような抗争に発展したらしい。
現在抗争は校庭で行われており、多くの生徒がそれを窓から観戦していた。
そら恐ろしい高校だ。これも、人と人外が共生しているためである。
久々に大きな抗争とあってか、観客側はかなり楽しんでいた。これを修正するのが尊のような術者だということを、忘れている感じである。
尊は飛び散るガラス片を消しつつ、後ろを見た。肝心の由羽はというと、生徒会長を応援している。「頑張ってくださいアンジェリカ先輩ー!」と声を張り上げてすらいる。
実に呑気である。
いや、そういった下地が出来ているこの学校に、問題があるのかもしれない。
アンジェリカを応援しまくる周りの生徒たちを見て、尊はそう思った。
彼女は胡乱げな眼差しを外に向けたまま、由羽に向かって言葉を紡ぐ。
「由羽。こんな学校で楽しい?」
「え? 楽しいよ? アンジェリカ先輩も素敵だし、それに……あ、レイだ!!」
由羽がそう言うや否、一年生組の左側が大きく吹き飛んだ。どうやらあまりのうるささに、レイナードが介入したようだ。
あのアホの頭には、由羽のことしかないんでしょうけど。
つまり、そろそろ由羽に被害が行きそうだったから、行動に移したに過ぎない。
校舎が派手に壊れるのを見つつ、そして校舎に結界を張る教師陣を見つつ、尊は肩をすくめた。
「レイかっこいいねー!」
「あーはいはい、そうね。かっこいいかっこいい」
「むう。尊ちゃん心こもってないー」
「親友の彼氏を褒めて何が楽しいのよ」
「じゃあ尊ちゃんも、彼氏作る?」
なぜそう言う話になるのだ。
尊は真顔で由羽を見た。しかし彼女は至って真面目な顔をして、頷く。
「尊ちゃんも、彼氏作ろう? 楽しいよ?」
「……残念だけど、今はいらないわ。両親見てるだけでお腹いっぱいだし」
「えー。もっと高校生らしくしようよー。尊ちゃんかわいいんだから」
そう言われ、尊は自身の隣りに伴侶となる人がいるということを想像した。
由羽は良く理解していないが、尊にとって彼氏というのは、生涯を共にする伴侶と同義である。
そしてそれは、今の尊には想像できないものだった。
「……ないわ。良さそうな人もいないし」
「えー……」
「それに、結婚するならお父様よりも強い人じゃないと」
「……わたしの記憶が正しければ、尊ちゃんのお父さんかなり強かったよね? たいていの相手なら秒殺しちゃうくらい強かったよね?」
「そうね。お母様に手を出させないためにやってるみたいだけど」
「それなんて無茶ぶり」
そんな会話を交わしながら、尊はふと笑った。
なんだ。由羽が人外になったとしても、何も変わらないのね。
全部が全部、変わると思っていた。しかし何も変わらないどころか、色々と派手になってきている。
そして由羽は変わらずのほほーんとしており、応援に熱中するあまり窓から落ちそうだった。
わたしが由羽の面倒を見続けるのも、変わらないっと。
少しばかり虚しかった昨日が嘘のようだ。尊も、なんだかんだ言ってちゃんと人外らしい。彼女たちはこう言ったイベントを、とても楽しむ面が強かった。
それは、長く生きるから。長く生き続けるからこその、性格。
それに昔から順応していた由羽はもしかしなくとも、そういう運命にあったのかもしれない。
そんなことを思う。
「……わたしはしばらくは、あんたにつきっきりでいいかな」
その言葉は、由羽には届かない。今まさに落ちそうになっていたからだ。
それを片腕で支え元に戻しつつ、尊は笑う。
「……由羽?」
「ごめん、ごめん! つい、ね!?」
「ついで落ちるアホがいてたまるか。ほら、中に入る!」
「ううう……はーい……」
まだしばらくは、由羽の面倒を見るのが尊の日課になりそうだ。
親友を見守る乙女は、これからも続くであろう非日常に思いを馳せ、心を躍らせる。
これからも、退屈しなさそうだ。
遠くのほうから、抗争終了を告げる声が聞こえた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




