15粒目:好きです。ボクの『カノジョ』になってください
今日は朝からずっと視線を感じる。
振り向くと誰もいないのだけど。
あまりにカコさんを待ちすぎて、どこか病んじゃったのかな?
今はお昼時。
もそもそと栄養バーを野菜ジュースで流し込む。
何て味気ない食事。
でも何食べてもおいしくないんだし。
──さわさわと頭を撫でられる。
「太郎、やめろってば!」
「太郎って誰?」
えっ!?
この声!
全速で後ろを振り向く。
そこにはボクがずっと会いたかった女性がいた。
「一体何を慌ててるの」
「いきなり後ろから頭を撫でられたら、誰だってこうなります」
とっさに強がってみせる。
嬉しかったからなんて絶対言うものか。
「だって撫でたくなる髪型してるんだもの。でもかわいくしてないと太郎君に捨てられちゃうよ?」
「太郎はただのクラスメイトですから!」
久々の会話がこれですか。
相変わらずマイペースな人だ。
「お久しぶりね、とりあえずこれを開けてみなさい」
そして相変わらずえらそうな人だ。
カコさんはトートから包みを取りだして手渡してくる。
これは……弁当箱?
包みをほどき、弁当箱の蓋を開く。
そこには大きなおむすびがたくあんと一緒に詰められていた。
「食べてみなさい」
言われるままに食べてみる……。
「おいしい!」
「あの炊飯器様で『ややもちもち』に炊くと冷めても美味しいの。とことんまでマイコン式との違いをわかってもらわないと気が済まなかったからね」
ううん? もちろん炊飯器の差はあると思う。
歯を入れた瞬間は、しゃきっとして固めな食感。
しかし口に入れると、はらりと柔らかくほどけていく。
いかにもカコさんが握ったと感じられるおにぎり。
そして隣にはカコさん。
おいしい、それだけじゃなく、どこか安らげる。
ああ、やっぱりボクはカコさんが好きなんだ。
「御馳走様でした」
食べ終えて弁当箱を返すと、今度はプチプチにくるまれた何かを渡してきた。
「開けてみて」
今度は「みなさい」じゃなく「みて」なんだ。
言われるままに梱包を解く。
「これは……『探検家』!?」
「考えたんだけど、これは薫君が受け取った方がいいと思う」
「要りませんよ。隆一の使った時計なんて身につけたくありません」
「これって炊飯器サマ買った時のプチプチだから、清められてると思うよ」
それ、神通力というより活性炭だ。
「そういう問題じゃないですから」
「あたしだって手元に置くのはイヤだもの」
それもそうか。
「なら、こうしましょう。今からこれを質屋に持っていきます。そのお金でボクに炊飯器を選んで下さい」
「やだ」
即答されてしまった。
「どうしてですか。一番きれいに話がまとまると思うんですけど」
カコさんが消え入りそうな声で返事をする。
「……そ、そ、そんなことしたら、あたしの部屋で炊飯器サマの御飯を御馳走してあげられなくなっちゃうじゃない」
──えっ?
「今なんて言いました?」
「何度も言わせないで。あたしが薫君を部屋に呼ぶ理由がなくなっちゃうじゃない!」
「えっと、それって……」
カコさんが顔を真っ赤にして下を向く。
「……や、やっと気持ちの決心ついたんだから。嫌だと言っても拉致しちゃうんだから」
ボクまで真っ赤になりそう。
「そんなこと言うなら、もっと早く声掛けてくれてもよかったじゃないですか」
「そうしたかったけどクラス知らないし……嫌々ながら隆一に聞こうとしたらまったく連絡とれなくて……」
なんてこった。
そういえば、ボクはカコさんに個人情報を何一つ伝えていない。
これじゃ会いに来ようにも来られるわけがない。
カコさんが決まり悪そうに続ける。
「それで今日は絶対に捕まえようと始発から駅の改札で待ち伏せて……どうして一回もマンション訪ねてくれなかったの?」
「『待ってて』と言ったのはカコさんじゃないですか」
カコさんが顔をプイとそらした。
「『待ってて』って言うのは『追いかけてくれ』ってのと同じだもん!」
「じゃあ追いかけたらどうしたんですか」
「逃げたに決まってるじゃない」
めちゃめちゃ言ってる。
なるほど、マリの言った通り「どう動こうと、結論は同じ」だ。
さて、どうしようか。
「拉致されてもいいんですけど、その前にボクの願い事を一つだけ聞いてほしいな」
「何?」
「この時計はやっぱり質屋へ売り飛ばしましょう」
「うん」
カコさんが相づちを打つ。
「そしてそのお金でゴールデンウィークに旅行行きたいなあ」
「旅行?」
「新潟から東北回って炊飯器様と一緒にお米の食べ歩き」
「行く! 絶対行く! ついてくるなと言われても行く!」
「く、苦しい……」
カコさんはボクを羽交い締めにするがごとく抱きしめていた。
体格差があるんだから、それは勘弁して……。
「あ、ごめん」
「では決まりですね」
「い、い、言っておくけど、別に薫君の頼みを聞いたから旅行に行くんじゃないんだからね。あたしが行きたいから行くんだからね」
そりゃそういうコースを考えたんだから。
もうツンデレにすらなってない。
「あはは、カコさんって可愛いですよね」
「もうっ!」
カコさんがすっくと立ち上がった。
うん、この高さならできるな。
ボクも続いて立ち上がる。
座っていたベンチの座面に足を乗せる。
そしてカコさんの頭に手を置いてなでなでする。
「やめてええええええええええええええ」
しかし口とは裏腹に、カコさんはされるがまま。
顔は真っ赤だし体がこわばってるみたいだけどにやついている。
「嬉しそうじゃないですか」
「だって、こんなことされたことないもん」
「ホントに可愛いですよ」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
ここだ。
マリの教えてくれたおまじないを伝えるべき場面。
「カコさん」
「何よ!」
「好きです。ボクの『カノジョ』になってください」
『相方』でもない、『大事な存在』でもない。
曖昧じゃなく、明確に二人の関係を位置づける言葉。
今、キモチを込めてハッキリと伝える。
カコさんがさらに上気し、体をぷるぷる震わせる。
絞り出すような掠れた声。
しかし、ゆっくりと力強く返事をくれた。
「はい……あたしの大事な……『カレシ』さま」